第4話 イレギュラー発生
その日の放課後、俺は新宿大空洞ダンジョンにやってきた。
続けざまにやってくるモンスターを、装備した盾と剣で捌いていく。
『盾役』である以上、盾がなくては始まらない。
降り掛かる攻撃を防ぎ、負けないことに特化した手堅い戦闘。
そして、同接『0人』の表示。
いつもと変わらない、俺のダンジョンアタック。
「相変わらず、か」
俺は額の汗を拭いながら独りごちる。
すると、同接数が『1』に変わり、コメントが打たれる。
"《秋月ユキト》よっタクミ、今日も精が出るな!"
「ユキトか」
ユキトは、俺のダンジョンアタックの時は毎回のように顔を出してくれていた。
"《秋月ユキト》タクミ、今日の朝はごめんな……俺があんなこと言ったせいで"
更にユキトからコメントが打たれる。
鬼戸に嫌味を聞かれてた件だろう。
「気にするな、俺も思ってたことだし」
ただ、それが口に出たかどうかの違いだ。
それに、その件があろうがなかろうが、鬼戸の暴力は避けられなかっただろうしな。
"《秋月ユキト》にしても鬼戸のヤツ、やっぱ許せねぇよ。タクミ、こうなったら学校に相談しようぜ、俺も証言するよ"
「どうだろうな……相談したところでうやむやにされそうなんだよな」
ああやって鬼戸が好き勝手してる以上、学校側もそれを黙認してるってことだしな。
告発したところで『我々は何も知りません』で通されるだろう。
"《秋月ユキト》ならいっそのこと学校に行かないってのはどうだ? もうあんなヤツに会う必要なんてねぇよ"
「不登校か」
一度、その選択肢がよぎったこともあるが、あの高校には探索者をやっている生徒も多い。
つまり、鬼戸のイジメのターゲットが他の弱小探索者(俺ほどじゃないと思うが)に代わるだけ――第二の俺が誕生してしまう。
それは根本的な解決になってない。
「ターゲットにされてる分、他の連中が傷付かないなら、俺が学校に行く意味は充分ある」
"《秋月ユキト》だからって、お前が貧乏クジ引く必要はないだろ……"
呆れたようなコメントが返ってくる。
「それに、鬼戸の言ったことが全部間違ってるわけじゃないしな」
俺は近場の岩に座る。
少し落ち着くと、脳裏に思い出される鬼戸の台詞。
『――才能ねぇよ、お前』
頭にこびりついて消えない、呪いのような言葉。
ほんの少し、俺自身が感じていたことだ。
いくら実力を磨き続けても、それを多くの人間に認めてもらえなければ意味がないのが、今のダンジョン界隈。
それは、各々のチャンネル登録者数で示される。
だが、いつまで経っても俺のチャンネル登録者数は増えないまま。
才能がない、か……返す言葉もない。
"《秋月ユキト》タクミ、お前鬼戸に言われたこと気にしてんのかよ?"
「え?」
"《秋月ユキト》アイツ、タクミのこと底辺探索者なんて言ってたろ、どうせ昼休みにも何か言われたんだろ、あんなヤツの言うことなんて気にすんなよ"
続けて、コメントが打たれる。
"《秋月ユキト》もし鬼戸の言うことを真に受けるなら、お前のチャンネル登録者第1号である俺の言うことはもっと真に受けろよ"
そして、更なるコメント。
"《秋月ユキト》タクミ、お前は間違いなく探索者の歴史に残るぜ、俺が保証する!"
「ユキト……」
そうだったな。
何かを成そうとするなら、まず自分自身を信じないとダメだよな。
少なくとも、ここに俺を信じてくれる奴がいるんだ。
俺が、挫けるわけにはいかないよな。
「よくもまぁそんな恥ずかしいコメントが打てたもんだな」
"《秋月ユキト》お前、せっかく人が励ましてやってんのに……まぁいいや、そんなお前に朗報だ!"
「朗報?」
"《秋月ユキト》何と今、あのミクルンが絶賛ダンジョン配信中なんだぜ!"
ミクルン、その名前は聞いたことがある。
猫山ミクル、通称『ミクルン』。
彼女は『魔法剣士』を職とする現役女子高生のAランク探索者であり、そのチャンネル登録者はなんと500万人。
本人の愛くるしさ、そして実力を兼ね備えた人気ダンジョン配信者だという。
「で、それのどこが朗報なんだ?」
"《秋月ユキト》それがな、そのミクルンがいる場所が新宿大空洞ダンジョンなんだよ!"
新宿大空洞ダンジョン、俺が今いるダンジョンと同じだ。
"《秋月ユキト》ラッキーだなタクミ、あのミクルンと出会えるチャンスだぜ〜、サイン貰っちまえよ!"
そういやユキトって、極度のダンジョン配信者オタクだったな……。
猫山ミクルかぁ、探索者として大成したいと思ってはいるが、正直、他の探索者に興味があるわけじゃない。
「サインか……俺はいいや」
"《秋月ユキト》何だよツレねぇなぁ……そんなタクミくんには、ミクルンの素晴らしさを是非とも布教しないとな→URL"
俺は記載されたURLを開いてみる。
すると、すぐさま猫山ミクルの配信ページに辿り着く。
現在同接数は『15万人』、圧巻の数字だ。
「――は〜い! 猫山ミクル、ただいま新宿大空洞ダンジョン下層に到達しました!」
快活な笑顔を見せ、目元でピースをする少女。
銀髪から盛り上がる二つの癖毛は、猫の耳のように見える。
愛らしさと利便性を兼ね備えたコスチューム、まるでアニメのキャラが飛び出したみたいだ。
"ミクルン最高〜!!"
"今日も可愛いよミクルン!"
"やっぱミクルンしか勝たん!"
"俺の生きる意味キター!!"
"新宿大空洞ダンジョン下層とかマジすげぇ!"
コメントが怒涛の勢いで流れていく。
そのどれもが、猫山ミクルの素晴らしさを讃える物。
俺の配信とは雲泥の差、いや、比べるのも烏滸がましいぐらいだ。
「それじゃ、どんどん進んじゃいますよぉ〜!」
足を進めていく猫山ミクル。
その途中途中でモンスターに遭遇する。
「――せい、やあ!」
猫山ミクルは剣に炎や雷を纏わせるなど、『魔法剣士』さながらの戦法で、次々にモンスターを討伐していく。
ダンジョンの下層ともなると、出現するモンスターも一筋縄ではいかない。
それをもろともしない姿が、彼女の実力を物語っていた。
「倒せました、いぇい!」
そしてドローンに向かっての眩しい笑顔。
"《秋月ユキト》やっぱ可愛いなぁミクルンは、どうだよタクミ?"
「まぁ、確かにな」
正直、皆が猫山ミクルを推す理由が分かった気がする。
彼女の一つ一つの技、そのどれもが配信越しでも分かるぐらい綺麗で派手だった。
いや、それだけじゃない。
なんとも言えないが、観てると元気を貰える気がする。
こういう探索者に、人は集まるんだろうな。
そんな時だった。
配信中の猫山ミクルが、とあるモンスターと遭遇した。
「……あれは」
俺は画面を凝視する。
巨大な角を生やし、人間を有に超えるその体躯。
エンペラーオーガ、Sランクモンスターだ。
「な!?」
猫山ミクルは身構える。
それもそのはず、このエンペラーオーガ、通常は深層にしか出現しないはずのモンスターなのだ。
「イレギュラーか……!」
俺はつぶやく。
イレギュラー、その階層に出てくるはずのない上位のモンスターが現れること。
基本的にダンジョンは上層、中層、下層、深層の4つに分けられる。
上層、中層、下層までは、モンスターの強さが1段階ずつ上がっていくが、深層は俺の感覚では一気に強さが3段階上がっている。
つまり……今いるエンペラーオーガは、さっきまで猫山ミクルが倒したモンスターとは比較にならない強さを持つ。
「ふふふ、いつかは深層に踏み込むつもりでした、その予行練習には最適です……!」
猫山ミクルは自らを奮い立たせ、炎を付与した剣で斬りかかる。
だが……。
キィン!
エンペラーオーガの分厚い肉体は、いとも簡単に剣を弾き返す。
「そ、そんな!?」
ゴガアア!!
エンペラーオーガの金棒が襲いかかる。
直撃は避けたが、僅かに身体を擦っていた。
「――きゃあああ!!」
金棒の風圧もあり、猫山ミクルは吹っ飛ばされる。
そのあまりの衝撃に、手から剣が溢れ落ちてしまっていた。
強靭な体組織、筋肉量による暴力。
Sランクモンスターは、まるで生物としてのステージが違う。
危機的状況は言うまでもなかった。
"ミクルン逃げて!!"
"ヤバイヤバイヤバイ……!"
"誰か、助けられるヤツいないのかよ!"
"エンペラーオーガはマズイ、知り合いの探索者がソイツにやられたんだ……"
"お前らダンジョン連合に救助要請しろ!!"
"嘘だろ……ミクルン死んじまうのか"
"演技でもないこと言うな!"
コメントは阿鼻叫喚の図となっていた。
"《秋月ユキト》マジかよ、何かヤベェことになっちまってるよ……!"
「――俺が行く」
俺は立ち上がる。
状況は一刻を争う。
今からダンジョン連合が動いたとしても、入口から下層までは時間がかかる。
その間、彼女が無事かどうかの保証はない。
迷ってる時間すら無いようだ。
"《秋月ユキト》頼んだぞタクミ! 今ミクルンを救えるのはお前しかいない!"
「任せろ」
俺は一目散に駆け出した。
幸い、今俺は深層にいる。
上がればすぐに下層だ。
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