番外編 〜血、力の所在〜
灰色の少女は、洗い呼吸を繰り返しながら、目の前の同じ存在を見やる。
「終わり?」
「はぁ・・・はぁ、ま、まだ・・・」
あれから3ヶ月が経った。
少女の知識の吸収速度はかなりのもので、シャルの殺しの技術を満遍なく吸い取っていった。
それでもなお、シャルに傷ひとつさえ、つける事は出来なかったが。
「じゃあ、続けようか」
「はい・・・。──っ!!」
そして何よりも驚いたのは、言語能力の発達だった。
言語発達はあまり期待していないため、シャルは一切言葉を教えなかったが。
隙間の時間、シフォンともう1人、老執事のモノリスのおかげで、喋れるようになっていた。
「集中しなよ」
「は、──ぁぐっ!?」
顎目掛けた蹴り上げは見事クリーンヒット、そのままナイフを構えて少女の身体を切り裂く。
「う、はぁ・・・ッ!」
「呼吸が荒い。それ癖なの?集中すると息を止めるの」
「わ、わかりません」
「ひとつの行動をする度に息を入れる事を覚えないと、すぐにバテるよ」
「は、い・・・」
血を出しすぎたのか、少女は膝をついたまま立ち上がれない、力が上手く入らないのだ。
「ここまでだね。今日のご飯は無し」
「──、ごめん、なさい」
「気にしないでいいよ。明日も頑張ろうね」
パタン、と扉は無慈悲に閉められた。
「お疲れ様です、シャル様」
「うん、ありがとう。なに、ずっと待ってたの?」
「もちろんです、私は貴女のメイドですから」
「本音を言いなよ」
シフォンとシャルは、長い渡り廊下を歩く。
シャル的にはもっと小さい家が欲しかったのだが、致し方なかった、貰い物だし、文句を言うのは無粋だ。
それはそうと、自分の従者が不満そうだったので、シャルは問いかけた。
「・・・あの子の事です」
「うん」
「──、その、今のやり方では、あの子が先に壊れて、しまうのでは・・・?」
シフォンは3ヶ月、奴隷少女を見てきた。
檻の中に入れられて、訓練をして、傷ついて、良い動きをすればご飯を貰えて、悪ければ空腹に耐えさせる。
あの子は、ご飯を美味しそうに食べる、その美点をシフォンは何度も見た。
「・・・こんな話を知ってるかな」
「はい?」
外は明るい。
空に浮かんで、光を放つ太陽に照らされるシャルの灰色は、光を吸収して銀色にさえ見える。
「獅子は、子供を崖に落として育成するよね」
「あぁ、ありますね」
「その度に私は思うんだよね」
歩き出す、照らされていた灰色は影の力によって、輝きを失った。
シフォンに振り返り、不適な笑みを浮かべてシャルは自分の価値観を語った。
「なんで、親が子供に狩りの仕方を教えないのかなって」
「──ッ、そ、その話は・・・」
「知っているよ、所詮は人間の考えた作り話だよ」
狼狽えながらも、シフォンはシャルの後をついて行く。
「じゃあ、ワタシも人間だから。ワタシの考えた理論を提唱するね」
「いい加減にしてくださいっ!!あの子はまだ子供ですよ!?」
「人は、死によりかかって呼吸が出来るんだよ」
「・・・」
「生を背にして、人は何を学べるの?」
シフォンは言葉に詰まった。
シャルという主人と関わって、幾度もの年を重ねたからか、レヴァーティアの思想に染まっていたからかは、判断出来ない。
何故だか、否定が出来ない。
「言葉は便利だ、けれど、生きる上で必ず持たなければいけないのは、いつだって力なんだよね」
クスリと笑われる。
「シフォン、君の背後には。何があるのかな」
シャル・ツアンサは王室処刑人だ。
命令されれば、あらゆる異端者、反逆者、権力者をこの世から排する存在。
誇りなどない、名誉でもない、そして、別に国王に忠誠を誓った訳でもない。
これが、自分に合っているだけ。
「シャルよ、件の話はどうなった」
「報告書は提出した筈ですが」
ナサス・ウルブァ・レヴァーティア。
シャルが仕える君主は、以前話していたユナラの件を話していた。
王宮の食卓は堅苦しいなぁ、なんて思いながらシャルは王の言葉に返答する。
「もうこの世にいません」
「・・・俺が聞いているのは、生死ではない」
フォークとナイフを綺麗に扱いながら、皿のローストビーフを切り分けて、王は尋ねた。
「どのように殺した」
「殺してはいません、投身自殺です」
「死体は見たのか?」
「泳ぐのは苦手でして」
その解答に、側近の英傑である1人が声高々に怒鳴った。
「シャル!!貴様、王を侮辱しているのか!?」
「いいえ」
「よい、サティヌ。剣を下ろせ」
「しかし!!」
「下ろせと言っている」
場を凍らせるほどの圧力、英傑サティヌ・シュナイダーは剣を鞘に収めて、頭を垂らした。
「ユナラは悪魔に取り憑かれた身、ただで死ぬと思うのか?崖から飛び降りたぐらいで」
「人ですから、息絶えてるでしょう。ただ、取り憑いた悪魔はどこかにまた流れてるとは思いますが」
「・・・何が言いたい?」
王の圧力は増すばかりだった、苛立ちではなく、目の前のシャル・ツアンサを試すような、眼力。
そんな圧力にシャルは怯まない、絶対の自信を持つ彼女は、圧倒的な力を前にしても恐れない。
「いえ、ただ。ワタシは人の可能性を信じている、というだけですよ」
「言え」
「魔法も、人の可能性のひとつでは無いでしょうか?」
再び、剣を向けられる。
サティヌでは無い、国王自ら、フォークとナイフを置いて、目にも止まらぬ速度で、腰に携えた直剣を向けていた。
「レヴァーティアの血を否定しているのか?」
「信じていますよ。ただそれは、レヴァーティアの血ではなく、人間という強者の血を──」
互いの瞳が重なり合う。
両者、一歩も引かず、張り詰め続ける互いの空気、一触触発、先に触れたのは王だった。
「何を隠している?」
刃が、シャルの華奢な首筋に触れる。
それに応えるように、シャルは不気味に笑いながら、その剣に寄り添う。
「力」
確かな言の葉だった、王はニヤリと笑って目の前の腹心に応える。
「・・・良いだろう」
その返答に満足して、王は刃を納めた。
そして再び、フォークとナイフを持ちながら、肉を切り分け始める。
「少しでもこの国にとって不利益になる動きをしてみろシャルよ。・・・お前の命は無い」
「もちろんです、その時はワタシの目が節穴ということで、喜んで死んで見せますよ」
要件はそれだけだったらしいので、シャルはその場から去って行く。
首から垂れる血を拭きながら、今日はどのようにしてあの奴隷に世界を教えてあげようか、考えながら。




