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番外編 〜灰と力〜


「シャル様」

「なに?」

 メイド、名前はシフォン。

 そんな彼女は、シャルの側に立っている少女を一瞥している。

 そこに含まれた感情は、ただひとつの疑問だった。

「帰ってきて早々、金貨一万を持って行けと言ったことには目を瞑ります。この子は?」

「買ったんだよ、一万で」

「──?」

 少女は首を傾げるのみ。

 

 側から見れば、姉妹に見える2人、けれど事実、共通点は灰色の髪という一点だけだった。

「奴隷、ですよね。珍しいです、シャル様が奴隷を買うなんて」

「ワタシからすれば、君達とそう大差はないけどね」

「それは違います、私達には明確な役割を与えられていますから」

「うん、それもそうだ。じゃあ、この子を風呂にでも入れてあげて」

 そう言って、シャルは一方的に少女をシフォンへと押し付けて自室へと行ってしまった。

「・・・あ〜」

「全く、私が面倒を見るんですか・・・?」

 自分で買ったのなら、自分でお世話して欲しいとは思いながら、シフォンは少女を風呂場へと案内した、それもメイドの仕事だと割り切って。


「・・・」

「熱くはありませんか?」

「〜?」

 どうやら、言葉の一切がわからないらしい。

 シフォンは項垂れながら、純血の象徴である灰色の髪にお湯をかける。

「貴女、お名前は?」

「?」

「──はぁ」

 面倒くさいものを持ってきたなと、シフォンは再び頭を抱えてしまった。


 お風呂から上がって早々、シャルは少女を連れて大広間へと訪れた。

 運動ができるくらいに広い、家具もひとつもない、ただ広いだけの空間。

「あの、シャル様?」

「なに?」

 シャルはクルクルと器用にナイフを回している。

 手遊びをしながら、シフォンの言葉を待つ。

「──、いえ。私はこれで」

 それだけ言って、シフォンは扉を開けて去っていく。

 お風呂に入れさせたばかりだというのに、また汚してしまったら意味ないではないか。

 そんな言葉なんてかける意味自体が無いけれど。



「さて、これが何かわかるかな?」

「──?」

「そっか、ナイフですら見た事ないんだね」

 器用にナイフで遊びながら、少女へと近づいてく。

 月の光を度々浴びるナイフは時々煌めいている。

 

「えい」

 

 遊び心のまま、シャルは少女を斬りつけた。

 不意打ちと言っていいだろう、一瞬の残光よりも速くそのナイフに軌道を与えた。

「・・・?」

 少女のお腹辺りから、血が垂れて、静かに床へと垂れていく。

「あ〜」

「・・・へぇ?」

 少女はその血を眺めて、声を上げるだけだった。

 人生で初めて見た、己の血を手で触って、舐めている。

「んー」

「こら、舐めちゃダメだよ」

 斬りつけた本人のくせに、シャルはその血をハンカチで拭き取った。

「しかし、参ったよ。君、痛みを痛みとして理解してないね」

「たーみ?」

「そう、痛み」

 傷つけた本人に対して、敵意すらみせず、シャルの言葉を反芻する様に、言葉の残滓をなぞる。

「・・・はい、これ」

 試しに、持っていたナイフを少女に渡してみる。

「──?」

 しばらく、その物体を吟味したあと、小さい口を開いて、それを放り込もうとし始めた。

「はい、止まって」

「あー」

「なに?お腹でも空いてるの?」


 これ以上やっても無駄とわかれば、シャルは少女を食卓へと連れてきた。

「あの、夕食にはまだ時間がかかりますよ」

 困りながら、紅茶を並べられる。

 対面に座っている少女にも同様に、紅茶が並べられた。

「・・・」

「あ、紅茶は苦手でしたか?」

 少女は、紅茶を見つめるだけだった。

 ユラユラと揺れている、()()()()をただ眺めている。

 面白そうに、シャルは笑った。

「それは、飲んでも良い赤だよ。ほら」

 シャルはお手本を見せる様に、紅茶を一口飲んでみる。

「──っ」

 それを確認した少女は、カップを掴んでチマチマと口に含む、どうやら少し熱いらしい。

「ふーん、熱には敏感か」

「・・・この子に何故、金貨一万枚を払ったのですか?」

 奴隷としての必要最低限ですら、目の前の少女には無かった。

 買ったところで、なんの役に立つのかシフォンには一切理解できない。

「前払いだよ」

「理由になってません」

「なってるよ、いずれ分かる」

「・・・よりによって、純血の子ですよ?」

 元々、自由人気質があるシャルだったけれど、奴隷を買ってきたのだ、それも、純血の象徴である灰色髪の少女。

 純血が尊ばれるこの国で、そんな行いは極刑に近しいだろう。

「この子は、ソルガラックとの混血だ」

「は?」

「以前、話したよね。ユナラ様の事」

「はい、抹殺対象と聞きましたが」

 シフォンは容易に想像できた、自分の主人が発するその先の言葉を。

「その子供だよ」

「何をしてるんですか!!」

 バンッと、大きな音を立ててテーブルを叩いてみせる。

 対面に座っている少女は意に介さない。

「悪魔から生まれたんですよ!?そんな子を、生かすだなんて・・・。バレでもしたら、シャル様ですら処罰が下ります!!」

「ワタシだって人間だからね、仕事のミスのひとつやふたつぐらいするよ」

「あ、貴女という人は!!」

 わなわなと震えて、シャルへ抗議の目を向けている。

 知っている、シフォンが心配をしている事ぐらい、シャルにもちゃんとわかっている。

「安心しなよ、言ったよね。前払いって」

「だから、それはどういう意味なんですか!」

 

「世界に支払わせるんだよ。この子は、それだけの価値があるんだから」

 

 クスリと笑って、紅茶を含む。

「楽しみにしときなよ。面白くなるから」

 自慢のメイドが淹れた紅茶は、出会った当初から変わらず、美味しいの一言だった。


 日を跨いだ。

 檻から少女を出して、シフォンはシャルが待っている大広間へと連れて行った。

「んー」

「・・・せめて、言葉が分かれば良かったのですが」

 意思表示をしているのだろうが、シフォンには微塵も伝わらない。

 長い渡り廊下、窓から差し込む光とその景色を見つめている少女は、感嘆な声を漏らし続けていた。


「来たね」

「お待たせしました、ではまた昼食の時間に」

 パタン、扉が閉められて、少女とシャルのふたりきりにになってしまった。

 

 昨日と同じ様にシャルはナイフで遊んでいた。

 昨日と違うところは──。


 傍のテーブルにパンが置かれていた。


「朝食はまだだよね」

 シャルが立ち上がると同時に、少女のお腹が鳴った。

 ぐぅーっと可愛らしい音が大広間に響いた。

「丁度いいね」

 シャルはパンをひとつ持って、口に運んだ。

「あー」

「食べたい?」

 食べかけのパンを見せびらかす様に、持ってくる。

 シャルは気づいていた。

 この少女の、食への異常なまでの執着と、その理由。


「君は・・・。食べる事で自分がこの世に存在していると証明している」

「?」

 それを無くせば、自分を定義出来ないから。

 空腹も架空の生理的欲求、身体が無意識に発する生命体としての産声。

「それしか。与えられなかった故の弊害」

 傷をつける。


 ──シャルの健康的な肌を。


「??」

「ここから先は、本能を剥き出しにしてきなよ」

 パンを一切れ手渡す。

 

「あむ」

 

 少女はそれを口に含んで、シャルの腕に流れ続ける赤色を眺めている。

「はい、これ」

 持っていたナイフを手渡す。

 少女はそれを握って、シャルの紅い瞳を見つめる。


 ──いいの?


「・・・アハッ」

 学習した。

 奴隷商の男から渡されていた書類には、少女の事が書かれていた。

 書かれていたのは、年齢と興味を示すものだけ。

 

 興味、食と光。


 年齢、4歳。


 生後2ヶ月から4歳になるまで、視覚と聴覚を遮断される魔法をかけられていた。

 けれど、嗅覚と味覚は機能としては問題ないと思われる。


 この空白の3年弱。

 ために貯めた学習能力を全て。


「ワタシは貴女を人として見ない、貴女もワタシを人として見ないでね」

 殺意を曝け出す、捕食者が獲物を捉えるために備えている本能。

 命を取り合い、喰らい合うために必須な才能。

 

「──っ!」

 少女は走り出す、ナイフを握りしめて。

 シャルに向けて、銀光を放つ獲物が獲物を捉える。


 ──力に変える。


 シャルは容赦なく、少女の顔面に蹴りを放った。

「っあ!!?」

「ただで喰われるわけにはいかないよ、ワタシだって生物だからね」

「──!!」

 

 苦しんでいる。

 この子は、痛みを感情として処理していない、いや出来ないと言った方がいい。

 ソレはただの反応の一端に過ぎず、この子にとっては通過点のひとつでしかない。

「来なよ」

「!!」

 駆け出す、あまりにも遅い。

 4年間、まともに運動できなかった弊害が生まれている。

 ナイフを握る、振り抜く。

「ー!」

 隠し持っていたもうひとつの獲物で、少女は斬りつけられた、鮮血が走る。

「──っ」

 構わず、反撃の一振りがシャルに振るわれる。

 

「短絡的」

 かわす。

「工夫がない」

 腹を蹴飛ばす。

「殺意が足りない」

 腹を刺す。

「──!!!」

 

 ボタッと、今までとは比較にならない血液が床に垂れた。

 少女は不思議そうに、その血を眺めている。

「浅く刺したとはいえ、声もあげないか」

 クルクルとナイフを回す。

 

 ナイフという刃渡り約7cm程の凶器は、他よりちっぽけでありながら、その存在証明は他の剣や槍、斧といった武器達と同じ──。


「殺す気でこないと・・・。ね?」

「──ぁ」

 人に刺せば頻死、それがより致命的であれば死。

 不思議で面白い事に、生物を殺すには充分な道具。

「〜〜っ」

「うん、良い目だね」

 

 弱者が持つべき、ナイフという名の隣人。


 息を吸うタイミング、少女は駆けた。

「速いな」

 先程とは変わって、姿勢を低くしたまま、突進する様な勢いで突っ込んできた。

 けれど変わらず、工夫が足りない。

 シャルは迎撃しようと、ナイフを逆手に持ち帰る。

 

「──違うね」

 ナイフから意識を逸らして、少女の左足を見る。

 今にも飛び上がりそうな程、綺麗な爪先立ちだった。

「──!?」

 シャルの顔面を捉えたハイキック、軸は綺麗だったが、それを読んでいたシャルはそれを防いで見せた。

「あぐっ!?」

 すかさず、膝下にあった顎にお望み通り、膝蹴りをかます。

 小さな身体は抵抗が少なく、何回転もしながらドアに打ち付けられた。

 蹲りながら、その瞳はまだ生きている。

 獣としての牙はまだ折れていない。

 

「う、けほ」

「良い判断だけど、まだ粗削りだね。予備動作でバレバレだよ」

 しかし、今のは良かった。

 何せ、ちゃんと学習する意欲があったからだ。

 

「うん、良かった。君を殺す事にはならなそうだね」

「はぁ・・・はぁ、はぁ」

 

 傍のテーブルに置いてあるパンを切って、少女に渡す。

「──?」

「明日も、頑張ろうね」


 頭を優しく撫でて、シャルはその場から去って行った。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

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