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番外編 〜力の持ち方〜


 この世界に生誕する生き物は、何を持って産まれたと世界から認識されるのだろうか。

 鳴き声を上げた時、母親から感謝されながら泣かれた時、父親から抱き抱えられた時。

 多分、違うと思う。

 世界を、意思を持ってその瞳で見た時だろう。


「・・・?」

 少女は、違和感を感じながらその瞳を開いた。

 そしてまず感じたのは、光の眩しさだった、窓から差し込んだ一筋の光が少女の目を貫いていた。

「・・・?・・・??」

 困惑している、周りを見渡して、初めて見る世界に少女は疑問を残してばかりだった。

 何も見えず、何も聞こえず。

 ただ、鉄臭い何かだけは少女の脳に刻まれていた。


 不自由でしかない、檻の中。

 灰色と黄金の少女にとって、世界と初めて触れ合えた瞬間だった。

 聞こえる、誕生の祝福では無い、それは少女が度々感じていた日常の循環のひとつである。

 近づいてくる、石床を踏み鳴らす誰かの足音。


「おーい、飯の時間だぞ」

「・・・?」

 ゆっくりと入口の方を振り向く、差し込む光を見つめていた少女の黄金の瞳が、男に向けられる。

 金縛りにでもあったのか、男の動作が固まった、それしか見えないと言うふうに、男の瞳が少女の黄金と触れ合う。


「お、前・・・。目が」

「?」

 慌てて持っていた食器を落としそうになったが、男はなんとか気を取り戻して、慎重に少女へと歩んでいく。

「見えるのか?」

 ブンブン、と手を振り回してみる、けれど少女は手ではなく男の黒色の瞳をジーッと見つめる。

 そして、もう片方の手に持っていた食器に目を向けて、くんくんと匂いを嗅ぎ始めた。

「あ、あぁ、悪い。ほら、飯だぞ」

 それを渡しても、少女は反応しない、ぼーっと見つめているだけ、ではなく、お腹の音を鳴らしている。

 腹の虫を空かせているのだ、なのに、食器を持たず、ただ見つめる。


 食べ方がわからないのだ。

 いつもは、顔に近づいた物を、ただ口を開ければ放り込まれていた。

 男は納得する、鳥の餌付けか?なんて考えながらシチューを掬って近づける。

「ほら、熱いからな」

「・・・あむ」

 いつもの味だった、クリーミーな舌触りと優しい味付け、身体が温まる熱。

 こんな見た目だったのかと、少女は静かに感動していた。


 食事は終わって、男は少女に話しかける。

「調子はどうだ?具合は?」

「ぁ・・・うぁ〜」

「──、参ったな」

 少女は言語能力を有していなかった。

 男の言葉を真似ようとしているのか、呻き声の様な声しか上げれていない、男は頭を抱えた。

 4歳の子供としての知能を持っているはずがない、意思疎通を測るのも難しいときた。

 今更ながら、この子供を預かった事に若干の後悔を滲ませたその時。

「なん──」

「あ〜」

 その黄金の瞳と、視線が合わさる。

 言葉を失ってしまった、目の前の少女の様に、単一な言葉しか吐き出せない。

 息を飲む、男の後悔はすぐに無かった事になる。


 見つめられる、星よりも輝くその瞳、陽の光を浴びながら、こちらを見上げる落ちた天使。

 生誕した、際限なく純粋なその在り方。

「あー、ぁあ〜」

 キラキラと輝いている、少女は生まれて初めて見た世界にどう思うのだろうか。

「・・・金貨1万枚、ね」

「うー?」

 また違う後悔が、男を襲っていた。


 それからも、男と少女は共に時間を過ごした。

 少女の世界は依然変わらず、小さい檻の中。

「──。」

 にも関わらず、少女は泣く事も、喚く事も、不満を吐き出す事もなかった。

 世界を知らない生命体は、自分が何者であるかも、生き方も分からない、知っているのは呼吸と食事の仕方のみ。

 窮屈だとは思わない、無知故に吐き出せる不満も何も無い。

 窓に差し込む僅かな光を眺める事、それですら少女にとっては新鮮な呼吸の仕方だった。


 何年経っただろうか。

 男は少女とは極力関わろうとしない、唯一関わりがあるとすれば、食事を持っていく時、食べさせてやる時。

 少女は別の檻で管理されていたため、他の奴隷を見る機会はなかった。

 外との関わりは、いつだってこの男にしか与えられなかった。



「こちらです」

「・・・へぇ」

 ある日、ゴシックなドレスを纏った女性が少女の前に訪れた。

 黒を基調としたその女性の眼の色は赤く染まっている。

「灰色の髪。・・・この子の親は?」

「さぁ、そこら辺で拾ったので」

「面白い事言うね」

 女性は少女の瞳を見つめている。

 黄金に輝くその眼と、真紅に染まった瞳が交錯し合う。

 紅玉と黄玉の様な瞳が重なり続けて数分、女性は男に告げた。

「ワタシがこの子を買うよ」

「・・・そうですか」


 知っていた、知っている筈だった。

 この少女は奴隷で、いつか買われる存在だと知っていたのに。

 男は伏し目になりながら、少女を見てみる。

「──、あ〜」

 ご飯をくれるとでも思ったのか、男と視線が合うと動物の様に声を漏らした。

 少女の檻にだけ差す、月光の一筋。

 分かっていたとも、それぐらい。


「いくら?」

「・・・金貨、一万枚です」

「へぇ」

 真紅が男を射抜く。

 心のうちを読むみたいに、イタズラに笑いながら鋭い犬の様な歯がチラリと見えた。

「貴方は、この子にどれくらいの価値があると思うの?」

「え」

「まるでその値段に不満がありそうな態度だったよ。面白いよね、価格は貴方が提示してるのに」

「──いや、それは」

 金貨一万枚、それがあの母親が決めた、この少女の価値だった、自分勝手に、この子を残して崖から落ちていった母親の最後の愛情。


 ──この子にはそれ以上の価値があった。

 男は理解した。

 あぁ、自分はもう壊れてしまったと。


 少女と過ごした・・・いや、管理したこの数年を振り返ってみれば、自分はどうも、最初から壊れていた。

 どうして他の囚人達とは隔離したのか、何故4年という歳月をきっちり守ったのか、言葉がわからないこの子と会話をし続けたのか。

「何で、でしょうかね」

「うー、ご、はん〜?」

 少女のいたいけな声が静かに響く。

 どうやら、この女性に買われることをわかってはいないらしい。

 男は苦笑する。


 せめて、この子に何かを残せれば良かったな。


「それで?速く本当の値段を提示してよ。顧客を待たせてるんだよ?」

「・・・本当は」

 父の言葉を男は思い出した、あれはそういう事だったのか。

 今思えば父はいつも、やるせなそうに酒を呑みながらこう語っていた。


「お前は奴隷商には向いてねぇ」

「急になんだよ」

「──いや、他にやりてぇ事はないのか?」

 父が父としての発言するのはこれが初めてだった。

 今まで自分勝手にあれやこれやと教えてきたくせに、今更他の道を提示してくる事に、苛立った。

「あるわけないだろ、今更。昔からこの家業を告げって言ったのはそっちだ」

「そうだったな・・・」

 どうして、そんな事を言うのか、

 もしかしたら自分は、父の期待には答えれていなかったのか、そう思うと何故か悔しかったから、男は聞く。

「なんで、俺はこの商売に向いてないんだよ」

「・・・俺の息子だからな」



「──本当は、譲りたくない」

 言ってしまった、これを言えば、男はもう戻れないだろう。

 今までの生活に、これからの今に。

 持ってしまった、こいつらを人として見てしまった。

 やられた、こんな事になるなら最初からこの親子と関わらなければ良かった。

「あはは、へぇそう。じゃあ、売るのをやめる?」

 笑っているのに、女性の声は一切変わらず、試す様に男を見つめている。

「やめねぇ、言った通り金貨一万枚であんたに売るよ」

「いいの?譲りたくないって言ったのに」

「いいんだよ、それで?そんなに言うあんたは金貨一万枚なんて支払えるのかよ」

「じゃなきゃ、ここまで吹っ掛けないよ」

 目線だけあっていた女性は、男に身体を向けた。

「この子は、ワタシが責任持って管理するよ」

 商人としてなら1番聞きたい言葉の筈なのに、男にとっては、1番聞きたくない言葉だった。

「紙とペンを頂戴」

「──ほら」

 近くにあった棚から、交渉用の書類を差し出す。

 少女の運命を簡単に決めてしまう、残酷でもあり誠実な紙切れだ。

「はい、あとでうちのメイドがお金を渡しにいくよ」

「どうも」

「それと、もう一枚紙を頂戴?何でもいいから」

「は?あー、じゃあこれで」

 お礼を言うと、女性は相変わらず不気味な笑顔を浮かべながら、サラサラと何かを描き始めた。

 自分の名前だった。

「あの、名前ならもう書いて貰ったぞ?」

「この子には金貨一万枚以上の価値があるからね」

 渡される紙きれ、そこには女性の名前が書かれている。

「困った事があれば、ワタシが力になるよ。安くこの子を売ってくれて、ありがとう」

「・・・俺に言われてもな」

 この値段にしたのは、自分ではない。

 男は素直にその言葉を受け取れなかった。

 

 とはいえ、交渉は終わった。

 男は鍵束を持って、少女の檻へと近づいていく。

「あぁー」

「悪いな、今日は飯じゃないんだ」

「──?」

 純粋なその顔に、男の顔が歪む。

 これでいいんだと思いながら、自分の心を押し殺しながら。

 

「あの人が、お前の主人だ」

「あー、あー」

 少女は、男の頬に触れる。


 男は何も言えなかった。



 少女を立ち上がらせて、女性に近づける。

 男以外の人間を初めて見た少女は、不思議そうにその女性を見つめている。

「ほら、買ったんならとっとと行ってくれ。商売の邪魔なんだ」

「分かったよ、ほら。行こうか」

「・・・?」

 チラリと少女は男の方を見る。

 何も知らない、これでお別れだとも理解していないのだろう。

 言葉ひとつでも理解してれば、さようならの言葉くらい貰えたかもしれないと、男はそう思ってしまった。


「なぁ」

「ん?まだなにか?」

「・・・なんでもねぇ」

「そう、じゃあね」


 ──幸せにしてやってくんねぇか?


 そう言えるわけなかった。

 そう言う資格など、男にはなかった。



 外の世界は、想像以上に冷たかった。

 少女は流れていく風を一身に浴びて、身を震わせている。

 どこか懐かしい感覚に浸りながら、女性の後ろをついて行く、遠ざかって行く自分のいた居場所に後ろ髪を引かれながら。

「貴女、名前は?」

 頭を撫でられながら、少女はその言葉に首を傾げた。

 その仕草を見て、女性は困った様に微笑む、目だけは笑っていないが。

「困ったね、やっぱ言葉がわからないのかな」

「あー」

「・・・ま、いいや」

 これ以上何を言っても無駄だと思った女性は、家に着くまで何も告げる事はなかった。


 ──シャル・ツアンサ。


 少女と同じ髪の色、けれどその身に流れるのは純粋なレヴァーティアの血脈、少女とは違って、それしか知らない人間。


「言葉が分からなくても、力があれば貴女はここで生きていけるよ」

 家に着くなり女性は、ナイフを少女に突きつけてそう言った。



 シャルに、ひとつの通達が入った。


 悪魔が取り憑いた女性がこの国にいる。

 最近よく聞く様になった、心蝕(しんしょく)というものだろう。

 シャルの仕事の都合上、接触は免れない、何せ、命令されてしまえばこの世から消すのが彼女の役割だからだ。

 面倒くさいと思いながら、次の一言で重かった腰が軽くなった。

「レヴァーティア領の村を焼き払った悪魔が、その女性に取り憑いた」

 おかしいと思った。

 普通なら悪魔なら、しばらく眠りについて人の魂に取り憑く筈なのに、いや、そもそも、何故その女性に取り憑いたと知っている?

「悪魔の名前は、カーネーション」

 知っている、悪魔とやらに興味がないシャルでも知っている。

 弱すぎて、何度も殺されている悪魔の名前だ。

 どうして殺せるのに、封印が出来ないのかとも思った。

 理由は単純で、重ね続けた死から学習して封印魔法への対抗策を思いついた悪魔だったから。

 ──頭のいい奴だと思う。

 レヴァーティアは魔法を侮蔑している、それも仇の様に蔑んでいる。

 なれば、封印出来ないのも無理はない。

 問題なのは、悪魔が魂を選べるという点だった。

「この国でカーネーションを殺しても、意味がないのでは?」

「復活をさせなければそれでいい。それに、取り憑いた先は、ソルガラックの女だ」

「ああ、バディス様の奥様方」

 なるほど、これを理由にソルガラックの人間を殺したいのかと納得した。

 元々、ソルガラックとレヴァーティアは互いに忌み嫌いあっていった、価値観の違いというものだ。

 ソルガラックは魔法と魔物を崇拝している、それに対してレヴァーティアは力と人間の可能性を信じている。

 故に、何度も反発しあっていたが、最近ではそれもなりを顰めていた、その証拠がバディスとソルガラックの女。

「名前は確か・・・ユナラ?」

「ユナラ・クレイサス」

「あぁ、そうでしたね。よく覚えていますね」

「ソルガラックの者だが、彼女もまた人だ」

 覚えているのに、躊躇なく殺せと命ずるのかとシャルは笑った。


 そして、村や街を巡ってたどり着いたのが、奴隷商の元だった。


「ソルガラックの女?知らないですねぇ」

 なんてバレバレな嘘をつくのか。

「緑色の髪が特徴的なんだよね、レヴァーティアでは見ない髪色だ」

「へぇ」

「知らないなら良いよ」

 シャルは右手に装着されていた己の仕事道具を起動する。

 カチャ、という音は男に届いた。

「・・・怖くないの?」

「何が?」

「これでも、殺意を出すのには慣れてるんだよね」

「でしょうね」

 あぁ、そういうことか。

 どうやら、この男には。


 死んでも守りたいという意志があるらしい。


「そう。なら、そういう事にしておくよ」

「──、なんでその、ソルガラックの女を探してるんです?」

「悪魔が憑いてるから」

 男は怯まない、やはり、そこまでは知っている様だった。

「封印魔法もないレヴァーティアで殺しても、意味はないでしょう」

「何でだと思う?」

「──良い国ですね、ここは」

 利用するなら何でも利用する。

 例えそれが、悪魔であっても利用してしまう。

 悪魔が憑いてるのを良い事に、ソルガラックの血をレヴァーティアに広げないため、女は殺される。

「皮肉は良しなよ、苦手でしょ。そういうの」

「・・・」

「ねぇ、その扉の奥には何があるの?」

「──っ」

 ここで、男の表情が変わった。

「貴方が無実だっていうなら、その扉の先に行かせて」

「ま、待ってください」

 男は思考を回す事に必死だった、声を荒げる事は無かったが、それでも止めに入った言葉の力は弱々しい。

「そんな言葉で、ワタシが止まると思う?」

「・・・あ、あんたは」

 またこれか。

 何度も言われてきた、それは死に際であったり、身内からの言葉だったり。

 シャルに何度も吐き捨てられた、言葉。


「きゃ、客だよな」

「え?」

 けれど、シャルの思いに反して男は弱々しくも女に倫理を問いかけた。

 いや、商人としての吟醸というべきか。

「冷やかしは帰ってくれ」

「・・・面白いね、ワタシにそう言えるなんて」

 クスリと笑う。

 わかった、良いだろう、その勇気に免じて、シャルは客としてこの男と接する事に決めた。

「この扉の先、どんな奴隷がいるのかな?」

「・・・開けるからには、買ってもらいます」

「どうだろうね。場合によって、ワタシが貴方に要求する形になるよ」

「商人相手に交渉してる事を、お忘れ無く」

「はは、本当に面白いね。いいよ、ワタシは客、だから商品を見せなよ」

 そう言えば、男は呼吸を繰り返した後、鍵のかかった扉を開けた。

 少しだけ長い廊下を歩く、その間互いに言葉は無かった。


「こちらです」

 その男の言葉を聞いて、シャルは檻の中にいた少女を見た。

 あちらもこちらに気づいたのか、光だけを見つめていた瞳と目が合う。

 見つめていた光でも吸収していたのか、その瞳の色は黄金に輝いている、燃え滓の様な灰色の髪。

 へぇ、という言葉をワンクッション挟んで、シャルは微笑む。


 ──この子は生かしておくべきだ、と直感が働いた。


 


 

 

 



 

 

 

 

 

 

 


 


 


 

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