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アルマデル・ヒースクリフ


 世界と自分を構成する存在の名前は、歴史だ。

 どんな人間にも、どんな街にも、川にも、風にも、山にも、地面にも。

 ありとあらゆる有象無象、森羅万象。

 例外はない、その全てには重ねて来た歴史がある。


 アルマデル・ヒースクリフは魔力の法典に初めて触れた時から、その全ての歴史と、人類の叡智に惹かれた。

 ヒースクリフ家というのは、魔法使いとしての名門一家だ、ここに生まれた時から、魔法使いを目指すには充分な理由になるだろう。


 彼女は、違った。


 法典は、絵画だ。

 描かれた魔法陣をひとつの絵として飾った画廊だ。

 途方もなく続く廊下、際限なく飾られた絵。

 私には資産もあるヒースクリフだから。

 私には慧眼が備わっている、ヒースクリフだから。


 アルマデルさんって、なんでそんな魔法を覚えたの?


 ヒースクリフなのに、くだらない魔法を身につけるよね


 いつか言われた、学舎の友人の一言。

 幼いアルマデルにとっては、人生を曲げる事になるぐらい、無邪気な一言だった。

 父と母は、魔法協会で過去の魔法を解読する仕事をしていた。

 誇りのある仕事だ、ヒースクリフ家を貴族たらしめる理由だ。

 アルマデルが、アルマデルとして生きるのに縛りつけるには充分な理由だ。

 意味を排して学ぶ魔法は、あまりにも分かりやすくて、あまりにも退屈だった。


 ──あ、もうこんなに覚えれたのか。


 記憶した三百項、バラバラに輝く自分の法典。

 人というのは、簡単には変わらなかった。


 イディアルという名前を持つ生徒に出会った。

 魔法使いの理想であり、極地であるその名前。

 法典の授業中は窓の外を見て、魔法式の組み立て方、演算の授業には、真剣だった。

 そんな子が、私の法典を覗き込んだ。

 慌てて隠した、悪い事をしている子供が罪から逃れるために、世界にバレないように醜く隠した。


 笑われた。


「アルマデルさん、魔法が好きなんだね」


 その一言は、無邪気だった。

 ヒースクリフではなく、アルマデルを見ている女の子の名前は、セナ・イディアル。

 

 お世辞にも、魔法使いとしては未熟も良いところだった、こんな人間が、由緒ある貴族学園によく来れたなと思ったのに、誰よりも魔法への憧れを持つ、魔法使いだった。

 剣術科にも通い続けるらしい。

 なんて中途半端な人間なんだ、才能はあるというのに正に棒を振るように、ふたつの道を歩まんとしている。

 なんて欲張りな人間だ。


 私みたいだ。


 その子は、魔法が好きなのに。

 好きなものを、平気で人に渡して嬉しそうに笑っている子だった。

 完成した魔法を、他の人が改良して、他人のものになったとしても、笑っている様な子だった。


 どうしてそんな簡単に、笑う事が出来るんだ。


 セナの夢が描かれた一枚の紙を見つめて、頭を捻るクラスメイトがいた、だから言った。

 ──人の魔法を改良するだけでは、魔法使いを名乗れませんよ。

 そして、言われた。

 ──ヒースクリフの貴女には、わからないよ。


 クラスメイトの言葉はあまりにも冷酷だった、そしてそれ以前に、自分の名前を盾にされる事が衝撃だった。

 魔法の改良というのは大いに評価される、それがたとえ稚拙でくだらない魔法であっても。


 ──アルマデルさんみたいに、私達には才能がないの。


 水中の中でしか生きれない魚みたいに。

 人というのは、弱者を踏んで前へ進む生き物でしかなかった。


 ──貴女だって、あの子を利用してるじゃない


 きっと、他の人から見た自分は弱者を救って善意に酔う偽善者に見えていたのだろう、あるいは模範生として点数を稼いでいる意地汚い人間として映っていたろう。


「アルマデルさんが好きな物を、私も知りたかったの」


 画廊に初めて訪れた子は、並び立つ絵画達に目を輝かせていた。


「こういうのもあるんだね。知らなかった」


 ひとつひとつ丁寧に魔法達を見つめている。

 そして、ひとつの魔法を見て、楽しそうに笑って来た。


「法典って、こんなに面白いんだね」


 生き物図鑑を見る様に笑うセナは、一切の邪気が無かった、完全に周りとは考え方が違う女の子だった。

 周りは法典を聖書のように扱い、敬っているのに。

 思わず、笑ってしまった。


「貴女の魔法がここに載るといいわね」


 私達は、違う道を進んでいる。

 けど、それでいいんだと思う。


 見つめる頂は、同じなのだから、私達はくだらない魔法を積み重ね続けて。


 ──互いに笑い合えると、信じている。


 

 

 

 

 

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