春が終わる
久しぶりに、人生は上手くいかないものだとセナは感じた。
残り少ない春の風を浴びながら、灰色の髪が攫われる。
慰める様に、頬を撫でられる。
自分の友人、アルマデル・ヒースクリフ、隣に居たはずなのに、仲良くなれたと思っていたのに、セナとアルマデルの距離はまた離れた。
いや、近づいてなんかいなかった、セナとアルマデルは根本的にソリが合わない、そもそも価値観が違った。
それでも、と思う。
私が、寄り添いたかった。
私と同様、クラスから浮いてひとりぼっちになった友人を。
終わる春風よりも、セナは無力なのだ。
ヒソヒソ、と悪意は容赦なく向けられる。
セナは慣れている、けれど人に好かれやすいアルマデルはその悪意をどう思うか。
セナの胸が痛む、何故、あんなにも優しくて聡い少女が迫害されるのか。
「セナよ、窓を閉めろ。風が鬱陶しい」
風に当てられて、ミラの魂は揺れている。
風に晒された炎の様に、横に靡いている。
前髪が鬱陶しい、という感覚だろうか。
「──やだ」
「何故だ」
念話ではなく、言葉が漏れてしまう、孤立する要因だと言われた事など、今はどうでも良かった。
「わかんない」
「めんどくさいな、貴様」
黒色の魂は、心底気怠げにしながら風に当たらない位置へと移動していった。
3時間目開始、となる前に勢いよく扉が開かれた。
「セナ、いるか?」
「──アーバン?」
クラスが一斉にざわついた。
「あれって、ロックス家の?」
「きゃぁぁぁ!!アーバン様!!」
「セナさんって、そっか。剣術科も受けてるから」
色めき立つ生徒達、その視線はアーバンとセナ、半々ずつで分けられた。
「入ってもいいかい?」
「どうぞどうぞ!あ、セナさんはあっちに!」
指を刺される、何故か、その行為が酷く嫌に思えた。
アルマデルさんに同じ事されても、別になんとも思わなかったのに。
アーバンは清涼で端正な顔立ちだ、おまけに性格も良い。
セナとの一件以降、イザベル共に学食を共にしたり、セナの剣術指南にも一役買って出るなど、色々とお世話になっていた。
まぁ、端的に言えば、競争率の高い性格良しのイケメンと仲が良い、それだけでマイナス側の人間はプラスになるのだ。
「セナさん、セナさん」
「・・・なに」
ミラが驚く、あまりにも不機嫌な声色だったからだ。
1ヶ月半という長い様な短い様な、よく分からない付き合いの長さだが、こんな声を放つセナは見た事ない。
よく分からない付き合いの長さだが、人にここまで怒る人間では無いと知っていた。
「アーバン様と仲良いんだ」
「ん」
頬杖をついて、セナは外を見る。
近づいてくるアーバンの気配が、より濃くなっていく。
それはお節介でセナの元へ案内する女生徒達も含んだ気配だった。
「セナ・・・。なんか機嫌が悪いね」
「そうかな、どうしたの?ここまで来るなんて」
「──本当は、口頭でも伝えるべきなんだけど」
アーバンは困った様に笑って、一枚の紙をセナに手渡した。
「今は、そうしない方が良さそうだ。イザベルじゃなくて悪いね」
「剣術科から?」
「ああ、それじゃあ。また後で」
妙な引っ掛かりを残して、アーバンは去っていく。
男子達の尊敬の眼差し、女子達の熱を帯びた視線を浴びて、とても居心地が悪そうだった。
「セナさん、あのアーバン様と仲良いなんて・・・!」
「ねね、剣術科ってどんな授業なの?」
「普通」
ミラは驚いた、あの友達を作りたがっていたセナがあまりにも無慈悲に広がりそうな交友関係を切り裂いたから。
そして、気づいた、アルマデルがセナを見ていた事を。
人間はとても、めんどくさい生き物だと再確認した。
それはそれとして、渡された紙を開いて、そこに綴られた文面に、セナの黄金の瞳が開かれた。
セナ・イディアル、成績上位者につき、午後の郊外学習に出席する様に。
以下、成績上位者。
1位 アーバン・ロックス
2位 イザベル・ステイン
3位 セナ・イディアル
4位 モノ・ユステフ
5位 アムリタ・コレット
どうやら、自分は剣術科の1組の成績上位者にはなれていたらしい。
「え!セナさん剣術科3位だ!」
1人が声を上げて、連鎖する様に周り、数は少ないが同調する。
「すごぉい!!魔法科も兼任してるのに」
「今度、剣を振ってるとこ見せて!!」
もう完全に、セナは無視を決め込んだ。
普通だったら、喜べていた筈の結果なのに、今は素直に喜べない。
色んな人に話しかけられて、友達が出来ると喜べたはずなのに。
どうしてか、セナの視線は、つまらなそうに法典を読み込んでいるアルマデルに向けられていた。
「・・・」
「セナ、それだけで足りるのか」
ミラは、驚いた。
もう今日で何度驚けばいいのか。
セナがあまりにも少食だった、いつもならゲロを吐きそうな程に胃袋へと詰めるセナだったが、今日は違った。
サンドイッチ一個と、りんごのみ。
配膳するおばさんも、
「今日は食べないのねぇ〜。どこか具合悪いの?」
なんて、言っていた、というか大食感と認知されている事に笑ってしまう。
「んー、あまりお腹空いてない」
「そうか」
念話も忘れて、セナは普通にミラと喋っている。
またいつぞやの、独り言をぶつぶつと言うセナが出来上がっていた。
ミラは分かっている、その起因がアルマデルにある事を
それと同時に、交友関係の繊細さも。
「・・・」
悪い事ばかりでは無い、今回はミラに聞いてこなかった。
モソモソとリスの様にサンドイッチを頬張りながら、赤いりんごを見つめている。
「郊外学習に行くのだろう、必要なものはないのか」
「んー、動ける服と剣があればいいって」
「そうか、では食べ終わったらさっさと取りに行くんだな」
「うん」
聞かれれば答えはする、けれど聞かれないなら答えない。
それがミラの距離感だ。
それもそうだ、ミラとセナは友人同士ではない、名前をつける事すらめんどくさい共生関係だからだ。
人同士の関わりで、相談をするなら。
「セナ、ここにいたか」
「アーバン・・・」
人間同士に限る。
「イザベルは、2時間目で帰ったよ。必要なものを買いに行くらしい」
「そっか」
「・・・悪い、イザベルじゃなくて」
アーバンはまた、申し訳無さそうに微笑んで、同じ事を言った。
「僕じゃ、あまり力にはなれないかもだけど。今の悩みを打ち明けてほしい」
「・・・悩んで見えた?」
「とてもね」
アーバンはそう言って、持ってきていたティーセットを静かに並べて、貰ってきていたお湯をティーポットに注ぎ、コージーを被せる。
互いに沈黙だった。
けど、悪いものではなかった。
この沈黙を使って、セナは色々な感情を言葉にしようと手探った。
「その、魔法科の友達と・・・喧嘩?をしちゃって」
「うん」
「私が、ダメって・・・。でも、何が良くなかったのかわからなくて」
アーバンは、蒸されているティーポットに目を向ける。
彼もまた、アルマデルと同様に、セナと一悶着あった人間だ、ならば力になれるかもと、思った。
「ダメ、とは?」
「もっと周りを疑えって、あんまり自分で自分を傷つけるなって」
「優しい人だね」
「うん」
そう、アルマデルはずっと優しかった。
聞けば答える、答えが違っても嫌な顔せずに色々と教えてくれた。
自分の考えた魔法を、否定せず、関心を示してくれた。
「私、別に傷ついてない。私の考えた魔法が、色んな人の目に留まって、より良くなるのは良い事だから」
セナの顔が少し歪む、カチューシャで顔がよく見える分、アーバンは戸惑う。
「私なんかが持ってでも、きっと意味が無いから」
赤いりんごを手に持って、くるくると回してみる。
光に照らされて、赤く煌々としていた、とても美味しそうなりんごだ。
「なるほど」
アーバンは、薄く微笑む。
そう吐き出した通り、ある程度は理解できた。
セナとの付き合いは1ヶ月と少しだけだが、その人となりは把握している。
セナは、優しいと同時に、残酷な人だと。
「君は──、人を無意識で傷つける存在だ」
「・・・ぇ」
「あ、悪い意味ではないよ。悲観しないでくれ」
無理な話だ、セナはこれでも根暗でネガティブな人間だ。
しまったと、思った、あまりにもストレート過ぎた。
イザベルだったら、もっと上手く励ましたのだろう。
「私、アルマデルさんを傷つけてた・・・?」
「というよりも、アルマデルさんが勝手に傷ついた・・・が正しいかな。ほら、前の僕と同じだ」
「で、でも、アルマデルさんは私に期待してたわけじゃないよ?」
そうだ、セナに期待していた訳ではない。
ただ、傷ついただけなのだ、きっと。
「セナ、君の優しさは美徳であると同時に、人によっては鋭利な刃物よりも鋭くて、傷がつく」
「・・・」
「君が傷ついて、君が何も感じない分にはいいだろう。だが、そうじゃないんだ、君が傷つけられて、胸を痛める人は必ずいるんだ」
犠牲的にも見える、セナの根幹にある自己否定。
過度な謙遜は人に疎まれると言う様に、過度な自己否定は見る人によって、どうしようもなく苦しくなる。
「自分を大切にしろ、なんて君に言っても。そう簡単には変わらないだろうね、だから・・・まぁ、そうだなぁ」
コージーを開けて、セナの前に置いたティーカップに紅茶を注ぐ。
「そのりんご、僕がくれって言ったら。どうする?」
「私の・・・、ぁ」
「そういう事だ、誰かに自分の物を渡すなら、せめて意思は持たないとね」
次いで、アーバンは自分の手元に紅茶を注ぐ。
そう、りんごの様に赤みの無い、透明な液体が湯気と共に注がれる。
まさかと思い、セナは自分のティーカップを見る。
「・・・アーバン、それ茶葉入れたの?」
「ん、あれ。入ってないな」
「なにしてるの」
まさかのただのお湯が、両者に注がれていた。
「──ぷっ、んくく・・・」
「しまった、どうしようか」
「あは、あははははっ!」
おかしくて、面白すぎる。
真面目な形相で慌てるアーバンは、とても間抜けだった。
セナも、耐えきれず笑っている。
「あぁ、はは・・・ふふ、あははは!!」
「そこまで笑うかな」
「あー、おかしい・・・。はぁ──」
息を整える、アーバンが相談に乗ってくれたからか、アーバンのポカが面白くてかは、わからないけど、頭の中は鮮明になった。
「ありがとう、アーバン。おかげで何をすればいいか、分かった!」
「そうか、力になれたなら良かったよ」
セナは立ち上がる、サンドイッチを無理矢理頬張って、りんごをポケットにしまって。
「そのお湯はあげる!」
バタバタと走り去っていく、向かう先は自分の寮だった。
「さて、このお湯はどうしたものか」
普通に捨てればいいのに、アーバンは律儀に飲み干した。
中庭に、生徒達は並んだ。
各学年、各クラスの成績上位者達。
魔法科が前列に並び、剣術科が後列に並んでいる。
各々、5名の選出なのに、並んでみれば圧巻の一言だった。
「よく集まった、時間通りだ。今より、郊外学習の説明を始める」
グィルの声はよく響いた、背筋が伸びる厳格な声だ。
そして、ここには沢山の教師達もいる、ホワイトデイやユリウスだっているし、セナがまだ顔も合わせた事がない教師もいる。
そんな十色の中、全色、ひとつの色に目が奪われた。
1年1組、魔法科。
いつから、成績上位者の数は6人になったのだ?
「前に、貴様。どういうつもりだ」
6人目、灰色の少女は声を上げた。
「私は、魔法使いなので」
グィルに負けない、堂々とした物言いだった。




