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価値観


「今から成績上位者、5名を発表する」

 グィルの厳格な声、聞くだけで背筋を伸ばしてしまう威厳のある声は、さらに尖っているような気がした。

 生徒達の名簿をパラパラとめくりながら、このクラスの王者を発表せんとする。

「1位、アルマデル・ヒースクリフ」

 その声が発せられた瞬間、大きな拍手が響いた。

 室内から感じる雨音のような、耳心地の良い音だった。

「当然、ですわね。ふふん」

「嬉しそう」

「単純な小娘だ、こんな箱庭で喜ぶようなタマでは無いだろうに」

 ミラの厳言を聞き流して、いつの間にか隣に座るようになったアルマデルを見てみれば、照れ臭そうにそっぽを向いた。

「だが、首位であるのは納得だな。思っていたよりも、思考が柔らかい貴族の娘だ、アルマデル、ふむ。覚えておこう」

 なんだかんだ言って、ミラはアルマデルを気に入っていた。

「次、2位、ザエル・ダストン」

「はい!」

 少年の様な、青年の様な声が響く。

 けれど確かに、そこには嬉々とした感情が滲み出ていた。

 周りから、祝福の声が溢れた、どうやらかなり慕われる人柄の様だった。

「3位、エーテル・ワグナー」

「は、はいっ!え、私ですか!!」

「ああ」

 呼ばれると思っていなかったのか、水色髪の少女は思わず立ち上がる。

 けれど、数秒後恥ずかしそうにして席に座った。

 それでも、小さなガッツポーズを出していた。

「4位、ジュダス・ガレシア」

「ちっ、ここかよ」

 悔しそうに、舌打ちをして怠そうに声を漏らした。

 もっと、上位を狙っていたのだろう。

 

 不意に、小さな足音、というより振動をセナは感じ取っていた。

 その震源は、分かりやすかった。

「──なにかしら」

「えと、どうしたの?」

「・・・別に」

 イライラ、というより落ち着かない印象だった。

 顎に手を置いて、口は不安そうに結んでいる。

 どうしたのだろうか、アルマデルはもう呼ばれているというのに、何がそんなに不安なのか。


「──5位、エレン・アズベル」

 パチパチ、と祝福と賞賛の拍手が響いて──。

 ガタッと、乱雑に椅子が動く音が聞こえた。

「待ってくださいまし!!」

 突如、隣のアルマデルが大声と共に立ち上がった。

 

「なんだ、ヒースクリフ」

「なんだじゃありません!!ど、どうして!?」

 クラスがどよめく、急にどうしたんだ?とか、何か不満なのかな?とか、様々な理由。

 理由、そう、セナも理由が知りたかった。

 アルマデルは1位だったのに、どうして声を荒げたのか、直情的で、すぐセナには怒るアルマデルだけど、急に理由もなく怒る人ではない。

 どうしたんだろう、とセナはただ光を反射する金色の髪を見つめた。


「なぜ、この人が順位に入っていないんですか!?」

 

 指を刺す、誰に?セナに。

「え?」

 急な指名に、セナは驚く。

「ふむ」

 ミラも、少し驚いている。


「確かに、法典への理解は薄いです。けれど!独自の魔法を発案して、点数は稼いでるはずです!!」

「承知している。今の時代、独自魔法を学ぶ生徒は希少で、点数は稼げている」

「なら!!」


「それを、他の奴らは改良している」

「──っ!!」


 アルマデルの顔は蒼白だった。

 なんて残酷な事を、と言いたげに口元も抑えている。

「当然だ、おざなりな工程と演算だからな。新しい解釈、改良、組み替えなんて容易いだろう」

「セ、セナさんは・・・、出来ないなりに自分の道を歩んでいるんです!!何故それを──」

 気づいた、アルマデルは、気づいてしまった。

 セナと出会って、春の始まりから終わりまで、なんとなしに側で見続けた。

 いつもアホな事ばかり、夢見てばかり、出来るわけないのに色んな魔法を考えていた。

 楽しそうに、嬉しそうに、それでいて必死に。


 ──あぁ、そうだ。


 セナ・イディアルが見せた魔法の数々。

 実現させようと、不慣れな演算をなんとか式にして、悪い頭で理解しようとした拡大解釈。

 グィルの言った通り、おざなりで、誰もが塗り替えれる稚拙な夢だ。

 馬鹿馬鹿しくて、笑ってしまう。


 ──そんな夢を、易々と踏み躙った、あの視線達が腹立たしくて仕方ない。


「結果だ。淘汰されて当然の魔法だ」

「グィル先生・・・。貴方ッ!!」

「ここは、結果を見る場所だ。過程を見せたいなら、他の学園に行け」

 歯軋りして、なんと言い返そうかとアルマデルは悩む。

 しかしそんな意思は、すぐに削がれることになった。


「アルマデルさん、なんで、そんなに怒ってるの?」

「は・・・」


 純粋な声色だった、凄惨な殺戮現場を見ても残虐さが分からない子供の様な、純粋な声色だった。


 

「──、もう、いいです・・・」

 声が震えている、震えたまま、何も分かってなさそうなセナを突き放した。


 透明でガラスの様なこの子を見たら、自分の今の顔を見てしまう気がしたから。

 グィルはひとつ沈黙を置いて、依然教育者として、アルディン技術学園の教師として、言葉を続けた。

 

「以上5名は、今日の4時間目から明日、明後日。二日と半日を費やして郊外学習に行ってもらう。荷物は3時間目終了時の休憩時間でまとめろ、必要なものがあれば、2時間目の授業を抜けていい」

 グィル先生の言葉はまだ続く、けれど、アルマデルは俯いたまま、ただ震えていた。


「──、以上だ。では、1時間目を開始する」

 授業開始、せめて法典は広げようと、アルマデルは人類の叡智に目を向ける。

 広げられた壮大な魔法達が、今は酷く汚れて見えた。

 

 自分の信じた魔法の道が、とても残酷な物だと痛感した。

 ぐちゃぐちゃなまま、治る事ないアルマデルの心は、先生の授業が頭に入らなかった。

 こんな事、普段の自分ならあり得ない事だったのに。



「アルマデルさん、大丈夫?」

 セナが肩を揺さぶって、いまだに法典を開きながらどこか呆けているアルマデルを呼びかける。

 すれば、力なく首を僅かに、瞳を確かに、セナに合わせた。

「なんで、貴女はそんなにも平気なんですか」

「・・・あ、えと」

 セナは覚えがあった、それはいつの日かの剣術科。

 アーバン・ロックスの期待を裏切って、失望された時と、どこか似ていた。

 だから、今回も自分が悪いのだろう、理由が分からないから、精一杯頭の中を整理する。


 

 分からない、やっぱり分からない。

「ご、ごめんなさい」

 必死に訳を探しても、それは空に浮かぶ雲を掴めと言われた様な、砂の中から星を探せと言われた様に、掴めないし、見つからない。

 だから、とりあえず謝った。

 そして、聞いた。

 

「私が、なんかやっちゃったんだよね。いつもアルマデルさんを怒らせてたし・・・えと、ごめん。色々と教えてもらったのに」

 そういう意味でなら、心当たりがありすぎた。

 変わらない表情、眉だけが垂れ下がっていた。

 

「そうやって・・・」

「アルマデルさ──」

「どうしてそう!!周りを疑わないの!?」

 

 怒号にも近い、アルマデルの魂の咆哮だった。

「どうして先に自分を傷つけるんですか!!そうすれば丸く収まると思ってるの!!?」

「ち、違う」

「違くない!!」

 くわっと、詰める様な眼差しだった。

 手が伸びる、いつものセナだったら、敵意を感じて振り払うのに、それが出来なかった。

 だって、向けられた感情が、優しかったから。

 胸倉を掴まれた。

「気持ち悪い!!あんたのそういう、人を疑わないところが!!」

 お嬢様然とした口調はどこへやら、そこにあったのは力強く叫ぶ、セナの1人の友人だった。

 

「あんたの魔法なのよ!!あんたが考えたの!!あんたが作って、あんたが生み出したの!!」

 分からなければ、セナはいつもアルマデルに聞いていた。


 

「アルマデルさん、この魔法、どうやって組まれてるの?」

「・・・それ、法典の魔法ですけど。貴女、法典は参考にしないのでは?」

「んー、そう思ってたんだけど」

「だけど?」

「アルマデルさんが好きな物を、私も知りたかったの」



 

 ムカつく。


 ムカつく。


 ムカついて、全てをぶっ壊したい衝動に駆られる。


「誰かに見つけて貰うのが──、誇り・・・?笑わせんな!!!」

 セナは何も言えない、けれど、その傍に浮かぶ黒い魂は、今にも大笑いしそうだった。


「自分の物ぐらい!!守んなさいよ!!!!」

 その言葉を皮切りに、黒色の魂は大きく燃えた。


「ふははははははははっ!!!!アルマデル・ヒースクリフ!!なんて面白いやつだ!!」

 誰にも聞こえなくてよかった、ミラの高笑いはとてもうるさいものだ。

 

 クラスのみんなは、喧嘩をする2人を冷ややかな目で見ている。

 落ちこぼれの魔法使い、弱気を救おうとする偽善者。

 でも、見えていない。


 そこに浮かぶ黒い魂、魔法の頂点を。


「そうだ!!そうだとも!!魔法というのは、他者に触れてこそ、真理に近づける!!」

 知っている、ミラは誰よりも知っている。

 生まれてからこの方、魔法という存在を知っている。

 ──ああ、あるとも、自分にも。

 アルマデルの様に、価値観を曲げられた事が。

 

「セナ、貴様は幸運だ」

 セナの耳には入らない、自分の胸元で泣いているアルマデルになんて声をかければいいのか。

 それでも、ミラは語りかける。

「お前は初めて、他者の価値観を曲げたのだ。アルマデルと共に、誇るといい」


 ──これは、魔法使いとして大きな一歩だ。

 

 


 


 

 

 

 

 

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