研鑽
お風呂でさっぱりして、セナはそのまま剣術科の食堂へと足を動かした。
「ミラ」
「なんだ」
長い廊下の中、セナは空中を漂っているミラに問いかける。
「ミラはさ、私が剣を学ぶ事、どう思ってる?」
「何故我に問う?」
「・・・なんとなく」
本当に、ただ聞きたかった。
自分の剣がミラが好敵手と認めた人間、勇者アルスを真似たものであったから。
それを直接受けたであろうミラに、セナはただ聞きたかった。
「やっぱり・・・。場違いなのかな」
叱られた子供の様なセナを、ミラはただ見つめている。
外の闇に怯えているのか、放り出された孤独に震えているのか、ミラにはわからない。
「お前はここで、何を得ようとしている」
感情の無いミラの言葉は、ただの再確認だった。
夜と同等に黒く染まった魂は、セナの目前で漂う。
「否定、拒絶、失望。そんなもの、お前の先の人生で何度もあると思え」
たかだか12年生きただけの小娘が、と続けたミラの言葉には確かな強さがあった。
「その度に、お前は今みたいにうじうじと落ち込むのか」
「──別に、うじうじしてない」
「全く、相も変わらず貴様は根が暗い」
「む、ちょ、ちょっとは変わった」
「いや、何ひとつ変わっていない」
ミラの一言に、セナは小さく頬を膨らませる、表情に出る事は多少増えたけど、いかんせん、感情を上手く処理できていない。
「見返したいと思ったか?」
「ううん」
「勝ちたいと思ったか?」
「それも、別に無い」
「ならば何故、アーバンの言葉に落ち込んでいる」
それを聞いてハッとする。
魔法科でも、セナの立ち位置は変わらない、同じ様に否定された。
じゃあ、なんで、アーバンの言葉は深く心に残るのか。
「・・・あの時さ、イザベルが言ってた」
アーバンは、セナに期待をしてた、そしてセナはそれを裏切った。
セナの剣を見て、落胆した。
「期待、外れだって言われて、おじいさんの剣が否定されたみたいで・・・。悲しかった」
「はっ、驕りだな」
鼻で笑うミラに、セナは少し怒りを覚えた、だっておじいさん──、アルスはミラにとっても特別な存在の筈なのに。
「どうして」
そんな、平気でいられるのか。
「貴様如きが負けて、何故アルスが乏しめられる」
当たり前だ、アルスはアルスで、セナはセナ。
「笑わせるな、負けたのは単にお前の実力不足だ。むしろアーバンは正しいだろう、手を抜かれたんだからな」
「な、て、手を抜いたつもりはないよっ!」
「ほう?では聞こう。お前は、一度でも勝とうとしたか?」
淡々と告げられた言葉に、セナは何も言い返せない。
だってそうだったから、今日の授業を通して、イザベルとアーバンと剣を交えた。
その中で、一度も勝とうとは、セナはしていない。
「研鑽というのは、両者が実力の片鱗を見せてやっと成立する。学び合う場なのに、貴様だけが満足している」
「・・・そう、だね」
「改めろ、独りよがりは孤立する」
自分は確かな経験を得た、けれど、自分と対峙したイザベルとアーバンは?
セナとの稽古で、二人は何を得られたのだろう。
イザベルは、セナを一人の友人として認めてくれた、未完成で未熟な剣を理解して、それが研ぎ澄まされるのを期待している。
アーバンは・・・最初から期待してくれていた。
「・・・決めた」
正解かはわからない、それでも。
セナという人間に期待してくれていたのなら、それに応えるべきだと、そう結論づけた。
「アーバンさん」
「・・・あの、食事中なのですが」
夕食中、セナはご飯を食べるよりも先に、仲間達と談笑しているアーバンへと足を動かした。
──訓練用の剣を持って。
「もう一度、私と剣を交えて」
「お断りします」
「どうして」
「貴女とでは、私の身になることが無いからです」
「お願い」
「嫌です」
断固拒否する姿勢を見せるアーバンに、セナは内心泣きそうだった。
けれど、ここで折れては、自分は何ひとつとして変われていない。
「アーバン様、セナもこう言ってますし、一度ぐらい付き合ってみるべきでは?」
「イザベル様・・・」
突如、セナの肩に乗った手の重みは、イザベル・ステインのものだった。
ほかほかと纏う湯気が、風に溶かされていく。
「って、それよりも。セナ、どうして私を置いていくの!一緒にお風呂に入りましょうよ!?」
「イザベル、途中からどっか行ったから」
「セナが先にどっか行ったのに!!?」
両者、お風呂場にたどり着けなかったので、寮の個人部屋備わっていたお風呂で身体の汗を流していた。
そんな二人の和気藹々としたやり取りを見兼ねたアーバンは、立ち上がる。
「僕は、仲良しこよりも先に剣を学びに来たのです」
「私達だって、貴方と同じよ。剣を学びにこの学園へ通ってるわ」
「どうでしょうか、現に時間を無駄に浪費して、お遊び感覚だったでしょう」
「あら?高名なロックス家の瞳はやっぱり肥えているのね、私達の稽古がお遊びだと?」
「違いますか?」
「それをここで証明したって良いのよ」
何故だか、アーバンとイザベルの二人に火花が散っていた。
アーバンの学友も、そんな二人を見てあたふたしていて、最終的にセナへと視線を移す。
「お、お前が変な事言うからだろ、止めろ!」
「そうです、なんとかしてください!」
勝手に喧嘩し始めたのは二人だったが、これをセナは素直に受け取り、否を認めていた。
「二人とも、や、やめて、あの、や、やめて。ください・・・」
「おい!声小さすぎだろっ!?」
「か細い!細すぎる!!もっとはっきりといってください!!」
セナ・イディアル、喧嘩の仲裁などしたこともない。
ホワイトデイとミラの口喧嘩なら何度も見てきたが、あれはただのじゃれあいにすぎない。
けれど、二人は?
──本気なのだ。
「大体、セナの剣の何が気に入らないのかしら?貴方だって、彼女の剣が発展途上なのはわかっていることでしょう」
「確かに、剣術は未熟の極みです。けれど、セナ・イディアルは確かに卓越した剣士なのです」
「それ、勝手に期待して、見当違いだったら嫌味吐いて良い理由になり得ますか?」
「彼女はここに相応しくない、僕はそれを言っているだけだ」
ここに相応しくない。
そんなのセナには分かりきっていることだった。
生まれた時から剣を持って、誰かと高め合ってきた二人とは違う、いつか、崇高な未来を掴み取るための剣術を学びにきたのではない。
灰色の少女にとって、剣というのは・・・ただの思い出でしかない。
「アーバン・ロックスさん」
「──なんでしょう」
わかっている、だからこそ、わかってもらうしかない。
「私の名前は、セナ・イディアル」
「知っています」
「うん、でも・・・私は、アーバンさんの事を知らない」
「・・・」
ならば、もう。
剣で語り合おうじゃないか、セナはそう言っている。
「・・・試験の日、貴方とユリウス様の一戦を見て、僕は貴女に憧れた」
「──うん」
「今日という日を楽しみにしていました。あんな実力者と共に学べる日が来るなんて、と」
「アーバン様・・・。そう、だったのね」
アーバンは、あの試験の日、確かに見た。
10の決着を、繰り広げられた実力者同士の閃光のような一瞬。
脳に焼きつくには十分だった。
楽しみだ、楽しみだ。
──僕はあの人と剣を学べる。
「今度は、裏切らない。勝つ気で行く」
「──わかりました。稽古場に行きましょう」
あの日の光景、あの一瞬の熱、あの立場を。
セナ・イディアルの本気を、やっと僕は感じれる。
その胸に渦巻く高揚感を隠せないまま、アーバンは少年の様な笑顔を浮かべていた。
「じゃあ、私が審判をやるわね」
「お願いします」
「わかった」
稽古場は、ポツリポツリと人がいるぐらいだった。
自分達の剣術を研究している者、はたまた素振りをしている者、今日の授業のおさらいをしている者。
「セナ様、どうかあの日の試験で見せた、ユリウス様相手に見せた実力をお見せください」
「先に言うけど、大層なものじゃない」
──ただの、独りよがりの剣技だよ。
セナの呟きは、宙を漂うミラにしか聞こえない。
アーバンとセナは、剣を構える。
それを見た周囲は、何かが始まる事を予感したのか、各々手を止めて、視線が集まる。
「二人とも、準備は?」
「いけます」
「いつでも」
確認は済んだ、ならば後は合図だけ──。
「では、開始!」
それと同時に、跳んだのはアーバン。
先手必勝、油断も何もない、一瞬の隙をついた、跳躍にも似た踏み込みだった。
歩数にして3歩で、己の射程距離へと到達する。
セナは動かない、いや、動けない。
アーバンの縮地にも似た動きについていけていなかった。
「はぁ──ッッッッ!!」
その掛け声と共に、剣を構えて、セナ目掛けて振るう。
頭を捉えそうなその一瞬、停止した世界の中にいた。
──己が。
「──。」
避けた、のではない。
セナ・イディアルは一歩前へと、踏み出した。
右頬から感じる横薙ぎの風圧を感じ取って、アーバンの側面へと踏み出した。
ただ、そうした。
セナはアーバンが近づいた事すら、気づいていない。
等速で動き続ける世界の中、停止した感覚に陥るアーバン・ロックスと、突然、加速し始めたセナ・イディアル。
「な、っ──!」
慌てたのも束の間、アーバンは重心を感じ取れなくなった、いや、違う、感じ取れないのではない。
そもそも、無かった。
厳密にいえば地面から離れていた。
唯一感じたのは、右足の違和感、それがセナから浴びせられた足払いだと気づくのは、勢いを殺せず、転びそうになって前傾姿勢になった時だった。
だからこそ、アーバンは負ける。
──目の前に、黒い何かが襲いかかる、あぁ、これは剣だ、訓練用の剣、刃は無い、当たったところで、額が痛むくらいだろう。
じゃあ、もし真剣だったら?
止まらない、堪らない、止まれない、防げない。
身体は勢いを殺せない、速さで上回ろうとしたのが裏目に出た。
ならば次は?
・・・そうだった、足で勢いを作っていた、ならばこのまま身体を回して、回転切りの要領で剣を振れば?
完成だ、出来上がった、君を殺す三撃必殺。
「勝負ありよ」
カキン──と、訓練用の剣がぶつかり合う音がした。
それは、アーバンの物ではない、紫色のストレートヘアーが揺れる、そういえば、風呂上がりと言っていた。
「セナの勝ちね、それでいい?アーバン様」
「──はいっ、もちろん。僕の負けです」
セナは何も言わない、ただ、地面に両手をついているアーバンを見つめている。
「セナ・イディアル。私のことは、セナって呼んで欲しい」
「わかり、ました・・・。セナ」
「──は、はいはい。二人が仲良くなって嬉しいわ、ほら!!人が集まってきた、撤収、撤収よ!!」
ざわつき始めた観衆達を置いて、イザベルはアーバンとセナを引っ張って、食堂に連れ戻す。
その時の、アーバンの震えを、イザベルは確かに感じ取っていた。
僕の身体は、いまだ興奮を抑えられず震えている。
完璧なまでの敗北、天才という言葉で容赦なく叩きつけられる。
あの一瞬の、死角からの剣、訓練用では無かったら、ボクの頭は半分消え失せていただろう。
結果的にはイザベルが防いだ、それでもアーバンはあの恐怖が忘れられない。
確かな殺意と、冷徹な本能、無意識下の全て。
震える足が告げている、いまだって立っているのがやっとだった。
セナ・イディアルは、本物だ。
僕は、あれを超えたい。
「アーバンさん、大丈夫?」
「──ぁ」
無理だ、僕は超えられない。
獅子?
違う
魔物?
違う
あの開ききった黄金の瞳と、動き出した瞬間の確かな恐怖。
あの理不尽、確かな殺意、喰い殺すと言わんばかりの圧力。
──竜だ。
セナ・イディアルを超える事は、自分には出来ない。




