表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/27

研鑽


 お風呂でさっぱりして、セナはそのまま剣術科の食堂へと足を動かした。

「ミラ」

「なんだ」

 長い廊下の中、セナは空中を漂っているミラに問いかける。

「ミラはさ、私が剣を学ぶ事、どう思ってる?」

「何故我に問う?」

「・・・なんとなく」

 本当に、ただ聞きたかった。

 自分の剣がミラが好敵手と認めた人間、勇者アルスを真似たものであったから。

 それを直接受けたであろうミラに、セナはただ聞きたかった。

「やっぱり・・・。場違いなのかな」

 叱られた子供の様なセナを、ミラはただ見つめている。

 外の闇に怯えているのか、放り出された孤独に震えているのか、ミラにはわからない。

 

「お前はここで、何を得ようとしている」

 感情の無いミラの言葉は、ただの再確認だった。

 夜と同等に黒く染まった魂は、セナの目前で漂う。

「否定、拒絶、失望。そんなもの、お前の先の人生で何度もあると思え」

 たかだか12年生きただけの小娘が、と続けたミラの言葉には確かな強さがあった。

「その度に、お前は今みたいにうじうじと落ち込むのか」

「──別に、うじうじしてない」

「全く、相も変わらず貴様は根が暗い」

「む、ちょ、ちょっとは変わった」

「いや、何ひとつ変わっていない」

 ミラの一言に、セナは小さく頬を膨らませる、表情に出る事は多少増えたけど、いかんせん、感情を上手く処理できていない。

「見返したいと思ったか?」

「ううん」

「勝ちたいと思ったか?」

「それも、別に無い」

「ならば何故、アーバンの言葉に落ち込んでいる」

 それを聞いてハッとする。

 魔法科でも、セナの立ち位置は変わらない、同じ様に否定された。

 じゃあ、なんで、アーバンの言葉は深く心に残るのか。

「・・・あの時さ、イザベルが言ってた」

 アーバンは、セナに期待をしてた、そしてセナはそれを裏切った。

 セナの剣を見て、落胆した。

「期待、外れだって言われて、おじいさんの剣が否定されたみたいで・・・。悲しかった」

「はっ、驕りだな」

 鼻で笑うミラに、セナは少し怒りを覚えた、だっておじいさん──、アルスはミラにとっても特別な存在の筈なのに。

「どうして」

 そんな、平気でいられるのか。


 

「貴様如きが負けて、何故アルスが乏しめられる」

 

 当たり前だ、アルスはアルスで、セナはセナ。

「笑わせるな、負けたのは単にお前の実力不足だ。むしろアーバンは正しいだろう、手を抜かれたんだからな」

「な、て、手を抜いたつもりはないよっ!」

「ほう?では聞こう。お前は、一度でも勝とうとしたか?」

 淡々と告げられた言葉に、セナは何も言い返せない。

 だってそうだったから、今日の授業を通して、イザベルとアーバンと剣を交えた。

 その中で、一度も勝とうとは、セナはしていない。

「研鑽というのは、両者が実力の片鱗を見せてやっと成立する。学び合う場なのに、貴様だけが満足している」

「・・・そう、だね」

「改めろ、独りよがりは孤立する」

 自分は確かな経験を得た、けれど、自分と対峙したイザベルとアーバンは?

 セナとの稽古で、二人は何を得られたのだろう。

 イザベルは、セナを一人の友人として認めてくれた、未完成で未熟な剣を理解して、それが研ぎ澄まされるのを期待している。

 アーバンは・・・最初から期待してくれていた。

「・・・決めた」

 正解かはわからない、それでも。

 セナという人間に期待してくれていたのなら、それに応えるべきだと、そう結論づけた。



「アーバンさん」

「・・・あの、食事中なのですが」

 夕食中、セナはご飯を食べるよりも先に、仲間達と談笑しているアーバンへと足を動かした。

 ──訓練用の剣を持って。

「もう一度、私と剣を交えて」

「お断りします」

「どうして」

「貴女とでは、私の身になることが無いからです」

「お願い」

「嫌です」

 断固拒否する姿勢を見せるアーバンに、セナは内心泣きそうだった。

 けれど、ここで折れては、自分は何ひとつとして変われていない。


「アーバン様、セナもこう言ってますし、一度ぐらい付き合ってみるべきでは?」

「イザベル様・・・」

 突如、セナの肩に乗った手の重みは、イザベル・ステインのものだった。

 ほかほかと纏う湯気が、風に溶かされていく。

「って、それよりも。セナ、どうして私を置いていくの!一緒にお風呂に入りましょうよ!?」

「イザベル、途中からどっか行ったから」

「セナが先にどっか行ったのに!!?」

 両者、お風呂場にたどり着けなかったので、寮の個人部屋備わっていたお風呂で身体の汗を流していた。

 そんな二人の和気藹々としたやり取りを見兼ねたアーバンは、立ち上がる。

「僕は、仲良しこよりも先に剣を学びに来たのです」

「私達だって、貴方と同じよ。剣を学びにこの学園へ通ってるわ」

「どうでしょうか、現に時間を無駄に浪費して、お遊び感覚だったでしょう」

「あら?高名なロックス家の瞳はやっぱり肥えているのね、私達の稽古がお遊びだと?」

「違いますか?」

「それをここで証明したって良いのよ」

 何故だか、アーバンとイザベルの二人に火花が散っていた。

 アーバンの学友も、そんな二人を見てあたふたしていて、最終的にセナへと視線を移す。

「お、お前が変な事言うからだろ、止めろ!」

「そうです、なんとかしてください!」

 勝手に喧嘩し始めたのは二人だったが、これをセナは素直に受け取り、否を認めていた。

「二人とも、や、やめて、あの、や、やめて。ください・・・」

「おい!声小さすぎだろっ!?」

「か細い!細すぎる!!もっとはっきりといってください!!」

 セナ・イディアル、喧嘩の仲裁などしたこともない。

 ホワイトデイとミラの口喧嘩なら何度も見てきたが、あれはただのじゃれあいにすぎない。

 けれど、二人は?

 ──本気なのだ。

「大体、セナの剣の何が気に入らないのかしら?貴方だって、彼女の剣が発展途上なのはわかっていることでしょう」

「確かに、剣術は未熟の極みです。けれど、セナ・イディアルは確かに卓越した剣士なのです」

「それ、勝手に期待して、見当違いだったら嫌味吐いて良い理由になり得ますか?」

「彼女はここに相応しくない、僕はそれを言っているだけだ」

 ここに相応しくない。

 そんなのセナには分かりきっていることだった。


 生まれた時から剣を持って、誰かと高め合ってきた二人とは違う、いつか、崇高な未来を掴み取るための剣術を学びにきたのではない。

 灰色の少女にとって、剣というのは・・・ただの思い出でしかない。

「アーバン・ロックスさん」

「──なんでしょう」

 わかっている、だからこそ、わかってもらうしかない。


「私の名前は、セナ・イディアル」

「知っています」

「うん、でも・・・私は、アーバンさんの事を知らない」

「・・・」

 ならば、もう。

 

 剣で語り合おうじゃないか、セナはそう言っている。

 

「・・・試験の日、貴方とユリウス様の一戦を見て、僕は貴女に憧れた」

「──うん」

「今日という日を楽しみにしていました。あんな実力者と共に学べる日が来るなんて、と」

「アーバン様・・・。そう、だったのね」

 

 アーバンは、あの試験の日、確かに見た。

 10の決着を、繰り広げられた実力者同士の閃光のような一瞬。


 脳に焼きつくには十分だった。

 

 楽しみだ、楽しみだ。


 ──僕はあの人と剣を学べる。


「今度は、裏切らない。勝つ気で行く」

「──わかりました。稽古場に行きましょう」

 あの日の光景、あの一瞬の熱、あの立場を。

 セナ・イディアルの本気を、やっと僕は感じれる。

 その胸に渦巻く高揚感を隠せないまま、アーバンは少年の様な笑顔を浮かべていた。



「じゃあ、私が審判をやるわね」

「お願いします」

「わかった」

 稽古場は、ポツリポツリと人がいるぐらいだった。

 自分達の剣術を研究している者、はたまた素振りをしている者、今日の授業のおさらいをしている者。


「セナ様、どうかあの日の試験で見せた、ユリウス様相手に見せた実力をお見せください」

「先に言うけど、大層なものじゃない」

 ──ただの、独りよがりの剣技だよ。

 セナの呟きは、宙を漂うミラにしか聞こえない。


 アーバンとセナは、剣を構える。

 それを見た周囲は、何かが始まる事を予感したのか、各々手を止めて、視線が集まる。

「二人とも、準備は?」

 

「いけます」

「いつでも」


 確認は済んだ、ならば後は合図だけ──。

「では、開始!」


 それと同時に、跳んだのはアーバン。

 先手必勝、油断も何もない、一瞬の隙をついた、跳躍にも似た踏み込みだった。

 歩数にして3歩で、己の射程距離へと到達する。

 セナは動かない、いや、動けない。

 アーバンの縮地にも似た動きについていけていなかった。

「はぁ──ッッッッ!!」

 その掛け声と共に、剣を構えて、セナ目掛けて振るう。

 頭を捉えそうなその一瞬、停止した世界の中にいた。


 ──己が。


「──。」

 避けた、のではない。

 セナ・イディアルは一歩前へと、踏み出した。

 右頬から感じる横薙ぎの風圧を感じ取って、アーバンの側面へと踏み出した。

 ただ、そうした。

 セナはアーバンが近づいた事すら、気づいていない。

 

 等速で動き続ける世界の中、停止した感覚に陥るアーバン・ロックスと、突然、加速し始めたセナ・イディアル。

「な、っ──!」

 慌てたのも束の間、アーバンは重心を感じ取れなくなった、いや、違う、感じ取れないのではない。

 そもそも、無かった。

 厳密にいえば地面から離れていた。

 唯一感じたのは、右足の違和感、それがセナから浴びせられた足払いだと気づくのは、勢いを殺せず、転びそうになって前傾姿勢になった時だった。


 だからこそ、アーバンは負ける。


 ──目の前に、黒い何かが襲いかかる、あぁ、これは剣だ、訓練用の剣、刃は無い、当たったところで、額が痛むくらいだろう。


 じゃあ、もし真剣だったら?


 止まらない、堪らない、止まれない、防げない。


 身体は勢いを殺せない、速さで上回ろうとしたのが裏目に出た。

 

 ならば次は?

 ・・・そうだった、足で勢いを作っていた、ならばこのまま身体を回して、回転切りの要領で剣を振れば?

 完成だ、出来上がった、君を殺す三撃必殺。


「勝負ありよ」

 カキン──と、訓練用の剣がぶつかり合う音がした。

 それは、アーバンの物ではない、紫色のストレートヘアーが揺れる、そういえば、風呂上がりと言っていた。

「セナの勝ちね、それでいい?アーバン様」

「──はいっ、もちろん。僕の負けです」

 セナは何も言わない、ただ、地面に両手をついているアーバンを見つめている。

「セナ・イディアル。私のことは、セナって呼んで欲しい」

「わかり、ました・・・。セナ」

「──は、はいはい。二人が仲良くなって嬉しいわ、ほら!!人が集まってきた、撤収、撤収よ!!」

 ざわつき始めた観衆達を置いて、イザベルはアーバンとセナを引っ張って、食堂に連れ戻す。

 その時の、アーバンの震えを、イザベルは確かに感じ取っていた。


 僕の身体は、いまだ興奮を抑えられず震えている。

 完璧なまでの敗北、天才という言葉で容赦なく叩きつけられる。

 あの一瞬の、死角からの剣、訓練用では無かったら、ボクの頭は半分消え失せていただろう。

 

 結果的にはイザベルが防いだ、それでもアーバンはあの恐怖が忘れられない。

 確かな殺意と、冷徹な本能、無意識下の全て。

 震える足が告げている、いまだって立っているのがやっとだった。

 セナ・イディアルは、本物だ。


 僕は、あれを超えたい。


「アーバンさん、大丈夫?」

「──ぁ」


 無理だ、僕は超えられない。


 獅子?

 違う

 魔物?

 違う


 あの開ききった黄金の瞳と、動き出した瞬間の確かな恐怖。


 あの理不尽、確かな殺意、喰い殺すと言わんばかりの圧力。


 ──竜だ。

 


 セナ・イディアルを超える事は、自分には出来ない。


 


 

 

 

 

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ