負けていいなら
競い合う事で人間は成長できる。
認め合う事で、人は前へと進める。
イザベル・ステインはそういう人生を歩んできた。
「──っ、せいっ!!」
「あ」
刺突剣の要領で、勢いよく突き出された剣が、セナを襲った、それを受けて、二手目で、弾く。
「また負けちゃった。イザベルさん強いね」
「──、ええ、ありがとう」
これで何度目の勝利か、イザベルは数えていなかった。
集まっていた視線も、次第に興味が無くなったのか、二人を見ていた生徒達は繰り広げられていた剣裁から目をそらしていた。
「んしょ、中々上手くいかないね」
「ねぇ、セナ」
「ん?」
「・・・あなた、どうやって剣術試験に合格したの?」
誰だってイザベルと同じ疑問を抱く事になるだろう。
かの英雄が認めた灰色の剣士、高まっていた期待が、音となって崩れ去っている。
「さぁ、私もわからない。──そうだね、運が良かったんだよ。きっと」
どこか一人で納得して微笑むセナに、イザベルはどうしても腑に落ちない。
そもそも、先程からぼーっとして、かと思えば一人でに会話し始めたり。
「運で入れるほど、アルディン学園は甘くないわ」
「それじゃあ私もわからないよ、試験だって負けちゃったから」
剣を拾い直して、セナはイザベルを見据える。
その表情はどこか楽しげで、無表情だった灰色の少女は、薄く笑っていた。
「イザベルさん、もう一本いい?」
「ええ、もちろんよ」
再び、両者は構える。
セナは、脱力して、一般的な剣士の構えで。
イザベルは、細身の剣を扱う様に、手首で支えるように水平のまま。
そして、何の合図もないまま、イザベルは距離を詰める。
胴を狙った一閃は、軽く避けられる、そして、そのままセナの反撃を見据える。
「──!」
セナの剣術は、はっきり言って卑怯だった。
ギリギリまで太刀筋が見えずどこを狙うかわからない。
けれどそんなの、熟練者相手には通じない、イザベルがまさにそれだ。
「ふっ──!!」
下段からの切り上げ、胴と顎を狙ったその一太刀をひらりとかわす。
そして、首に向けて、剣を向ける。
勝負あり。
僅か数秒だけの剣裁、生まれてから剣術を習ってきたイザベルにとっては、こんな短い試合なんてした事ない、たいした事ない。
「勝負あり、ね」
「だね」
セナは、また笑った、イザベルもそれに釣られて笑った。
──だって、セナの笑顔があまりにも綺麗だったから。
「ふふ、セナって剣が好きなの?」
そう問いかけてみれば、セナは少し驚いた様な顔した後、ちょっと悩んで、また微笑む。
「そう、だね。好きだよ、多分」
「多分?」
「──複雑・・・。ごめん、私もよくわからない」
寂しそうな憂いを帯びたその瞳が、セナの剣の意味を教えてくれた様な気がした。
「セナは誰に剣を教えてもらったの?」
「・・・秘密」
「えぇ!!何でよ!?」
誰かに師事して貰っているのは、何となく気づいていた。
けれども、その期間はとても短くて、光の様な一瞬の輝きだ。
そして、その一瞬を大切にする様に、セナは守っていた。
「気になるわ!セナの身体に合ってない、っていうのかしら?どこか不格好よね、未完成・・・っていうのかな」
「そう、だね。剣術は最後まで、教えてくれなかったから。戦い方は教えてくれたけど」
「そう。・・・セナにとって、大切な剣術なのね?こんなに負けても、きっちり厳守してるんだから」
セナの瞳はどんどん明るくなっていく、それは元から黄金色の瞳だったから、とかじゃなくて。
とても大切にしていた思い出を、丁寧に掘り起こして、宝物を見つめる眼。
「この剣術科の授業で、ちゃんと自分の物にするんだ。教えてくれた事は、しっかりと噛み締めたいから」
イザベルは理解した、セナという一人の少女を。
ユリウスから認められたのは、こういう芯の部分が清純であったからだ。
だから、また戦いたいと言われた、現にイザベル自身もそうだったから。
4時間目から6時間、この3時間弱。
イザベルとセナはペアを変える事なく、ずっと互いの剣を見つめ合っていた。
何度這いつくばっても、セナは嫌な顔ひとつせず、自分の剣を見つめ続けて、笑っていた。
「──、感動したわっ!!」
「え?」
「私、あなたを誤解してた!!ユリウス様が認めたというから、凄い剣技を持っていると思っていたけど、違った!!」
「う、うん?」
「その剣との向き合い方を、ユリウス様は認めたのね!!なんて尊いのかしら!!私、あなたのこと応援しているわ!!」
──うるさい奴だな、──静かに、ミラ。
セナの両手をブンブンと振り回しながら、イザベルはすごく嬉しそうだった。
耳と尻尾があったら、台風の様に動かしていただろう。
「あ、ありがとう。イザベルさん」
「いいのよ!!それと、さんはいらないわ!私達、とても気が合う友人になれると思うの!!」
イザベルの言葉に、セナはすぐさま反応した。
「と、友達──。なるっ、友達、なりたいっ」
黄金の瞳がより一層、輝く、初めて出来た友人がそこには映っている。
「友達、うん。友達、出来たよ。ミラ」
「ミラ?」
「あ、いや・・・。何でもない」
イザベルには見えない、魔王の魂。
セナでも見えない、魔王の表情。
──そうだな、良かったではないか。
その声色は、いつもと変わらない、威厳たっぷりの声だった。
「と、まだ時間あるわね。セナ、続きを始めましょう」
「うん、イ、イザベ──」
「ちょっと良いでしょうか?二人とも」
セナがイザベルの名を呼ぼうとした瞬間、一人の男子生徒が、二人に割って入った。
「あ、見た事ある・・・。えっと」
「アーバン・ロックス様?」
考えるセナの横で、イザベルはサラッと目の前の男子生徒の名前を呼んでみせる。
「知り合い?」
「いえ?ただ、舞踏会とかでよく見かけるの」
「覚えていただき光栄です、イザベル・ステイン様」
橙色の髪が、沈む夕日の様に見えた。
とても綺麗なお辞儀から、セナは改めて、この学園が貴族学園だったことを思い出す。
「それで、要件はなんでしょう?もう、今日の授業が終わってしまうから、セナと続きがしたいのだけど」
出来たとしても、せいぜい一度が限界だろう。
その時間が惜しいのか、イザベルは不機嫌にアーバンへと問いかける。
「そうですね、僕も時間が惜しいので。単刀直入に言いましょう」
鞘に納めていた訓練用の剣を抜刀し、その矛先をイザベルへと向けて──。
「セナ・イディアル様。僕と一戦、どうでしょう?」
再び、灰色の少女へと向けた。
「ダメよ」
「そう仰らず、彼女を独り占めにするのは、どうかと思いますが」
「・・・それは、悪いと思うわよ」
「セナ様と研鑽を積みたいと思うのは、貴女だけではありません。イザベル様?」
反撃さえ出来ない、完璧な言葉だった。
けれど、イザベルが色々と言ったところで、決定権はセナにあるのだ、セナが嫌だといえば、この挑戦状は無かったことになる。
大きな心配と、僅かな希望を込めて、イザベルはセナへと視線を向ける。
「セナ、貴女はどうしたい?」
「いいよ」
「えぇ〜!!?」
断る理由もないし、と続けて言うセナにイザベルは驚く、余程、セナを渡すのが嫌だったらしい。
「セナ様もこう言っているではありませんか?イザベル様」
「うぅ・・・。はい、その通りです」
項垂れながら、二人の輪から外れていくイザベル。
そんなどこか寂しそうな背中を見送って、セナはアーバンに向き直る。
「改めて、僕の名前はアーバン・ロックスと申します。セナ・イディアル様」
「よろしく、お願いします。アーバンさん、私の名前はセナ・イディアル」
「知っていますよ」
どこかで似た様なやり取りをした後、セナは剣を構える。
それを見て、アーバンも同様に剣を構える。
二人の頬を、風が撫でる、校庭の鮮やかな芝生も揺れる。
「・・・父が認めた貴女の才を、ぜひ見せてください」
「そんは大層な物じゃないけどね」
アーバンは一瞬笑って、なんて謙遜を。と言ったのち
「参りますッッッッ!!」
気合いを込めたその一言と共に、地を蹴り、風の流れと共にセナへと向かっていく。
ユリウスの様な迫力はない。
そこにあるのは、生えたばかりの新芽の気迫。
「はぁぁぁぁッ!!」
「──っ」
力の籠った薙ぎ払いを、セナは剣を構えて迎撃する。
もう片方の手で支えて、力負けはしないと言わんばかりに、堪える。
「ふ、ぐ・・・ッ!」
「──、ぁあ!!」
無理矢理作られた鍔迫り合い、終わらせたのはアーバンだ。
掛け声と同時に、身体を後ろに下げ、セナの重心を逸らして、剣を振るう。
「──!」
当然、セナはこれを避ける。
避けた拍子に生まれた勢い、これを活かさない手はない。
自身の身体で、相手から剣が見えない様に隠す。
卑劣な剣で、セナが何度も見た、おじいさんの剣。
「は──!!」
あの時のおじいさんの様に、身体を翻すと同時に剣を振るう、勢いが生まれた剣は、容赦なくアーバンへと──。
この勢いは、アーバンの一振りで失速した。
「ッ──!!」
「甘い・・・ッ!」
弾かれた剣と同時に、セナの身体は無防備になる。
そこ目掛けて、アーバンは容赦なく剣を振るう。
失意と期待外れの同居、なんてことない相手を屠らんとする、裏切りの一振り。
「・・・」
「──、また、負けちゃった」
アーバンは、セナのその笑顔を見て、どうしようもない苛立ちを覚える。
「何故、負けたのに笑えるのですか」
「え?」
寸止めで止めていた剣と、尻餅のまま動かないセナ。
アーバンの言葉は、今目の前の光景が信じられないと言った、言葉だった。
「先程から、貴女の事を見ていました。セナ様」
「──、そっか」
アーバンは剣を鞘に戻して、踵を返す。
顔だけをセナに向けて、失望の眼差しを向けている。
「・・・失礼します」
何か言いたげなアーバンの心情を、セナは理解できなかった。
いや、そもそもセナではなく、イディアルを見ていたのか。
「セナ、大丈夫?」
「平気」
土埃を払いながら、セナは立ち上がった、鞘に剣を戻しながら、立ち去るアーバンを見つめる。
「派手に負けたな、セナよ」
──なんで、アーバンさんは怒ってるのかな。
「さぁな。いちいちくだらん事で感情を出すな、人間は」
ミラに聞いてもしょうがなかった、イザベルに目を向けると、苦虫を噛んだ様な表情をしていた。
「うーん、アーバン様はそうね。セナの剣を見たら、許せないと言うでしょうね」
「なんで?」
「生まれた時から、剣術を叩き込まれた貴族だもの。貴女に、期待をしてたんじゃないかしら?」
「期待・・・」
どうして、自分に期待をするのか、セナにはわからずにいた。
「さ、今日の授業は終わり。挨拶を済ませたら、身体でも流しに行きましょう」
「あ、うん・・・」
胸のつっかえが取れないまま、セナはイザベルの後を付いていく事しかできなかった。
ちなみに、迷った。




