少女、剣術科にて
「──お腹いっぱい」
いまだに半分も食べ終わっていない料理達を見つめて、セナは絶望する。
「貴女・・・、結構少食ですのね」
「食い意地が張ってるくせに、胃袋が小さいのだ」
テーブルに突っ伏すセナと、自分の食べる量を把握しているアルマデル。
並べられた数々の品、綺麗に片付いた食器。
「・・・アルマデルさん」
「ぜっったいに、嫌ッッッッ!!」
「たすけてぇ、次の授業に間に合わない・・・」
その一言を聞いて、アルマデルは焦った様に時計を見やる。
「やば、次の授業が始まってしまいます──!」
「あ、え、見捨てないよね?お、奢ったのに」
「それはありがとうございます。いつかちゃんとお返しをしますわ」
いそいそと、食器を片付けて、今にも去っていきそうなアルマデルを、セナは涙目で見つめる。
「では、精々残さない様に努めなさい」
「あ、あぁ〜ッ」
伸ばした手は虚しく、掴み人間など誰一人として居なかったのだ。
「ミラぁ〜」
「知らん」
セナはひとつひとつ、感謝をしながら静かに一品ずつ噛み締める。
決して、無理矢理胃袋に詰めるために、咀嚼しているわけではない。
「おい、鐘が鳴ったぞ」
「終わった──」
絶望するセナ・イディアル、こんなにも自分は無力だったのだ、南無。
「ふむ、セナよ。お前はそろそろ我との念話を心掛けろ」
「ねんわぁ〜?」
「ああ、我と会話するお前は、明らかに浮くだろう。正直言って、貴様を客観的に見ると、かなり気持ち悪い」
「ひどい・・・。どうやるの?」
「念じれば良い、頭の中で。我とお前は魂を共鳴している、伝えたいことを考えれば聞こえる」
「・・・」
──ご飯食べて
「知らん」
カツ、カツ、カツ、と小気味の良いヒールの音がセナの耳を刺激する
「?」
「どうした?」
「誰だろ」
「念話で答えろ」
その、勇猛な足が聞こえて、セナは辺りを見渡す。
ミラの小言を無視して、音の出所を探す。
「・・・気のせいかな」
「こんにちは」
「うわっ」
紫色の髪をギブソンタックに纏めた少女、というには大人びいた顔つきが、突然目の前に現れた。
顔がドアップに現れたものだから、セナはあまりにも驚いて珍しく声を上げた。
「驚かせたかしら、失礼〜」
「う、うん。びっくりした」
飄々と、風の様な軽快さの彼女は流れる様に、セナの真ん前へと座る、先程アルマデルが座って居た位置だ。
「・・・」
「──?」
「なんだこの小娘は、不気味だな」
──失礼だよ、ミラ。
あまりにもジーッと見つめられて、セナは首を傾げて反応する。
真っ直ぐなその瞳が、どこかこそばゆい。
「私、イザベル・ステイン。一年よ」
──私の名前はセナ
「声に出せ」
「セ、セナ。イディアル」
「セセナ・イディアル?ふふ、覚えやすい名前ね」
「セナ」
なんだこの阿呆な会話は、とミラの呆れる声が聞こえる。
「セナね、うん。覚えたわ、私のことはイザベルって呼んで」
「うん?」
怪しさ全開だったのだが、今度は犬の様に人懐っこさを全開に、セナとの距離を詰める。
この人は只者じゃないと理解しているセナは、その実直さに拍子抜けする。
「貴女よね、噂の剣士って!」
「う、噂?」
「そうそう、なんでも剛剣ユリウスが敗北を認めた!!って、噂になってるの」
「え?」
セナの中でユリウスといえば、剣術試験の担当官だ。
その時をどう振り返っても、セナが勝った覚えなど一度もない。
「私、勝ってないよ」
「そうなの?でも、ユリウス様がそう言ってたわ!」
「え?」
セナのいない剣術科の授業中、ユリウスは思い出す様に、その時の事を語っていたらしい。
「剣術科に凄い奴が来る〜って、もう一度手合わせしたい〜って!!それでね?私も気になったの、セナって子はどんな人なんだろう〜って!」
凄い喋るな、これがセナの第一印象だった。
「でもねでもね、今日居なかったから、お休みなのかなって」
「あ、あぁ。私、魔法科と剣術科両方を受講してるから、4時間目からは剣術科に合流するの」
「えぇ!?そうなんだ、大変ね〜」
6時間あるうち、3時間ずつ分け合う事の大変さは重々承知している、けれど、それを苦と思わないのがセナだった。
「ううん、楽しいよ。それで、私を探してきたのはわかるけど・・・授業、もう始まってるよ」
「んね」
「──ご、ごめん。私は今この通りだから、授業に遅れる」
もしかしたら、イザベルは自分を連れて来させるために派遣された生徒なのでは?
そう感じ取ったセナは、申し訳無さそうにテーブルに広がる食事に視線を移す。
「食いしん坊さんなのね〜」
「・・・だ、だから、私の事は放っておいて、大丈夫だよ」
「それは・・・そうなんだけど」
「?」
じゃあ、なんだろう?と疑問を込めた視線をイザベルに向けて見ると、恥ずかしそうに手遊びをしながら。
「・・・迷子に、なっちゃって」
なんとか、料理達を平らげ、セナとイザベルは広い校庭へと向かっていく。
「ここ、道が入り組んでてよくわかんないのよね。どうしてこんな迷路にしたがるのかしら」
「私も迷子になったよ」
「えへ、一緒ね!」
一緒なことが嬉しいのか、イザベルは屈託のない笑顔を向けた。
ミラは、先程の警戒心が馬鹿みたいだと思い、セナの頭の上にのって休憩している。
「そうそう、聞きたい事があるのよ。いいかしら!」
「いいよ」
「私ね、セナが剣術試験を受ける日とは別の日に受験したからね?どんな戦い方をするか知らないの!」
「うん」
「私はセナの次の日に受験してて、試験担当はユリウス様で、その日からずっとユリウス様、セナの事褒めてたの、灰色の髪を持った生徒がいれば、面白いやつだぞって」
「よく喋るなこいつ」
──静かに、ミラ。
一個喋った後に、二個喋るイザベル。
目的地に着いた頃には、セナはぐったりとしていた。
「遅刻だ、セナ・イディアル。イザベル・ステイン」
まさに威風堂々の佇まいと、豪胆な声が遅刻者二人に向けられる。
忘れるはずが無い、自分の剣術試験を担当した、剛剣であり、英雄と呼ばれたユリウス。
「あはは、ごめんなさい。ここまでの道が分からなくて」
「ごめんなさい」
「理由を聞こう」
どうやら、弁明の余地はくれるらしい。
「えっと・・・。学食を頼みすぎて」
「何を言っている」
「食べるのに時間がかかって」
「もういいわかった。二人とも、身体を温めてこい」
もうそんな馬鹿な理由を聞くに耐えないという、意味合いを感じ取りながら、セナとイザベルは動く。
けれど、ここでセナは大事な物を忘れる。
「あ、着替え」
「忘れたの?」
「うん、ちょっと行ってくる」
幸いにも、セナの寮はここから近い、急足気味に運動用の服を取りに行った。
「あ、来た来た。セナ、こっちよ」
「イザベルさん、待っててくれたの?」
セナと同様、学園指定の運動着に着替えていたイザベルは、運動をしながら待っててくれていた。
「ええ、もちろん。ほら、外周を走りに行きましょう!」
「う、うん」
特に合図もないまま、二人は走り込みを開始した。
「・・・も、もうダメ」
「ええ!?」
けれど、走り出して約20分、セナはお腹を抱えてうずくまる。
「食べ過ぎだ、阿呆が」
呆れ声のミラに対して、何も言えない。
そんなセナを意外そうに見ながら、イザベルは近くへと駆け寄ってきた。
「大丈夫?ちょっとそこで休みましょ?」
「うん」
セナを支えながら、イザベルは近くの木の下へと誘導してくれる。
それと同時に、一個の疑問を思い浮かべていた。
──この人が、ユリウス様に勝った?
満腹のお腹を無理矢理動かしたせいなのか、セナは虚無な顔で空を見上げている。
イザベルから見れば、どこか不思議で少し放って置けない女の子。
どうしたって、英雄と呼ばれたユリウスに負けを認めさせたとは思えない。
「ねぇ、セナ」
「うん?」
「・・・なんでもない!」
そして二人はジョギングを終えて、生徒達が集まる校庭へと向かった。
「ちょうど良い、お前達二人でペアになれ」
授業参加後、開口一番はこれだった。
「終了時間まで互いに剣を交え、互いに分析し合え。いいか?」
「はい、よろしくね。セナ」
「うん、よろしく。イザベルさん」
周りの視線を浴びながら、二人は訓練用の剣を取った。




