原典
「私、別に緊張とかしないよ。貴族に囲まれるなんて、昔から慣れてるし」
この言葉は、約30分前の発言だった。
「ミ、ミラ。ど、どうしよ、ここどこ?」
「知らん」
ホワイトデイと別れて、セナは一人でアルディン学園へと赴いた。
学園についたまではいい、馬車に乗って、アルディン学園までっていえば、大好きな馬車の音を聞きながら待てば良いのだから。
「ひ、広いよ。ホワイトデイさんも、私を置いてくなんて、酷い・・・」
「あいつはあいつでやる事があるんだろう」
「どこ・・・。入学式はどこでやるの」
「知らん、そこら辺にいる奴に聞け」
そう言われても、と思いながらセナは辺りを見渡す。
現在地は中庭だろうか、キョロキョロと人がいないかを探して、セナは見つける。
「あ、いた」
「ふむ、あれは・・・試験官だった、魔法使いか」
見知った顔を見かけて、セナはそこに向かっていく。
試験官もセナの存在に気づいたのか、動かしていた足を止めた。
「あの」
「セナ・イディアルだな。ここで何をしている」
「その、入学式の場所がわかんなくて」
「・・・付いてきなさい」
寡黙ながら、ちゃんと案内してくれる辺り、良い人だ。とセナの印象が決まった。
「あ、名前・・・聞いてませんでした」
「グィル・マーダン」
「えと、セナ・イディアルです」
「知っている」
「阿呆か、貴様は」
セナとグィルは、言葉が多い人間ではない。
入学式を行う会場に向かうまでの間、両者会話はなかった。
退屈を嫌う邪智暴虐、唯我独創の魔王ことミラは、そんな空気に構うことなく、セナに喋りかける。
「おい、こいつに魔法の話を聞け」
「・・・あの、グィルさん」
「なんだ」
「・・・グィルさんは、魔法について、どう思います?」
それは、セナにとっても気になっていた事だった。
魔法使いの道にも進むと決めた以上、誰かの考えに触れる事は大切だと思ったから。
「自分を高める手段だ」
「ほう、セナよ。どう思う」
「・・・私は、わかんない」
ミラの質問に答えたつもりだったのだが、それに答えたのはグィルだった。
「だろうな、イディアル。お前はなぜ魔法を学ぼうとする」
「便利・・・だから」
「烏滸がましいな」
それは、今まで肯定された理由を切り裂く、無慈悲な現実だった。
「と、他の人間なら言うだろう」
「え・・・?」
「イディアル。この名を名乗るには、お前はあまりにも未熟で、無知でしかない」
足が止まる、どうやら目的地についたらしい。
「この門の先、お前は、痛感するだろう」
大きな門に手を置いて、開かんとする。
語る言葉の数々は、セナの背中を押す言葉。
「染まるな、精進しろ」
「は、はい」
そして、グィルは門を開いた──。
「・・・っ」
門の開閉の音が鳴り、押し込められた重圧、興味、好奇、あらゆる感情が一斉に向く。
「ふむ、そちらは?」
「セナ・イディアルです、この学園で迷子になり、入学式に間に合いませんでした」
「そうか、セナ・イディアル。座りなさい」
「・・・あ、は、はい」
導いてくれたグィルに礼を言って、ひとつだけ空いた自分の席を、セナは見つけた。
私だけが、この空間にいなかった。
セナは、純粋で、無知である、二人の存在はそれを認めてくれていたが、現実は違うのだ。
ここでは、セナ以外の生徒、約1000人の魔法科の生徒、約900名の剣術科の生徒。
全員、志と希望と、夢を抱えて、この場にいる。
その後の入学式、セナは何があったかなんて覚えていない。
気がつけば終わって、廊下に立っている、
「セナ、おい。起きろ」
「──ぁ、終わった?」
「とっくにな、寮に行ったら、教室に行くのだろう」
「うん」
セナがちっぽけに見えるほど、廊下は長い。
今のセナにとって、この廊下の長さは果てしない道のりになっていただろう。
もし、あの場でグィルに出会わなければ、セナはきっと潰れていた。
「・・・よし、行こう。ミラ」
「なんだ、急に」
「──負けてらんないよ」
そう意気込んで、セナは大きく走り出した。
アルディンが名門と呼ばれる理由は、その学びの広さと、財力からだった。
「生徒一人に部屋が割り当てられるなんてな」
「見てみて、ベット」
「そうだな」
ふよふよと、部屋の中を見渡すミラ。
それよりもベットにダイブして、その柔らかさの感触を楽しむセナ。
「荷物を下ろして、さっさと教室に行け」
「分かってるよ」
持っていた木製のアタッシュケースを下ろして、セナはベットから起き上がる。
どうやら、覚悟はちゃんと持っているらしい。
教室は、一組。
水の様に流れていく生徒たちに紛れて、セナという小魚は自分の教室に入っていく。
中に入れば、ポツリとポツリと、空席が残っている。
どうやら、今度はちゃんと、間に合った様だった。
「私の席・・・」
「ふむ、自由席ではないのか?」
「あー、そうなんだ」
ならば、セナは適当な席に座る。
窓際、これなら、いつでも窓を開けられて風を貰う事ができる。
「良い景色・・・」
「あらぁ〜?あなた、セナ・イディアル様じゃないですか?」
「?」
セナの名前を、甲高い声で呼んだのは、金髪の髪をストレートに流した少女。
「ご機嫌よう、私、アルマデル・ヒースクリフ、と申します」
「よろしくお願いします、セナ・イディアルです」
「知ってます。──ふふ、イディアル、なんて・・・」
もう我慢の限界と、言ったふうにアルマデルは大きく笑った。
「そんな大層な名前、さぞ高貴な貴族様なんでしょうね?」
「アルマ様、この方。試験で上手く魔法が扱えなかったんですよ?」
クスクス、クスクス──。
「セナ、剣術科はもう授業してるぞ」
「んね、私、あとであっちにも行かないと」
隣の棟で授業をしている剣術科に思いを馳せるセナ。
アルマデルのイビリを、意にも介してない。
「あなた、聞いてますの?ここは、あなたみたいな志が低い人間が来ていい場所じゃないんですよ?」
「とっとと、自主退学なさった方がよろしくてよ」
「・・・そうだね、私は、みんなと違って。ダメなんだろうね」
「あら?よく知ってますわね」
「──でも、魔法を学びたいの。ダメかな?」
その黄金の瞳に、アルマデルは射抜かれる。
魔法使いらしからぬ、汚らしくて誇りある、その瞳の力に、怯む。
「──ちっ、行きましょ」
「あ、ま、待ってください」
取り巻きを連れて、アルマデルは去っていく。
「・・・友達、出来るかな。私」
「無理だな」
「だよね」
流星は、どうやらまだまだ遠いみたいだった。
教師が来るまでの間、セナの周りに座る生徒は一人としていなかった。
騒がしくなっていく教室を耳に入れながら、隣の棟を見ていると、不意に扉が開かれた。
「全員、着席」
低く無機質にも近い男の声、これはセナにとっても聞き覚えのある声だった。
「このクラスの担任になった、グィル・マーダン」
「あ」
思わず、声が漏れる。
この魔法使いとは、妙に関わりがあった。
「授業を始める。各自、法典を広げなさい」
「あ、あの」
「なんだ?」
一人の女生徒が手を挙げて抗議にも似た声を上げる。
それに眉ひとつ動かさず、対応するグィル。
「エーテル・ワグナーです。あの、まずは全員初対面なわけですし、自己紹介とか」
「いらん、時間の無駄だ」
みんなの親交を深める機会を、容赦なくたたき伏せるグィル。
それを聞いて、エーテルは顔を顰めている。
「いいか、時間は無い。お前達は魔法使いだ、必要な事はちゃんと考えろ」
「は、はいぃ・・・」
セナは可哀想だと思った。
あんな容赦のかけらもない事を言われたら、悲しくなっちゃうよ。
「もういいか?法典、三十四項目を開け」
「ミラ・・・開いていい?」
「いちいち聞くな」
小声で、ミラの許可を得る。
「お前、勘違いしているな?我は別に、法典が嫌いなわけではない」
「え、そうなの?」
「それを真似するなと言っているんだ、こんなものもある。と感心するのは良しとしている」
「そうだったんだ、早く言ってよ」
法典を参考にしないと決めてはいたけど、それでもどんなものがあるのか。という興味心はしっかりとあった。
仕方ないだろう、12歳の子供なのだから。
「イディアルよ。迷子、遅刻と来て今度は独り言か?」
「あ、す、すみません」
「プフ──。あんな事言っといて、怒られてますわよ」
「お前も独り言が激しいな、アルマデル。では、この魔法陣はどのような魔力演算で動いている?」
「え、あ、えっと・・・」
セナも、三十四項目を開いて、記された魔法陣を解読しようと試みる。
まず先に来たのは疑問、そして未知への好奇心。
「──この魔法は[過ぎ去る風]。魔力を衝撃派に変換して、竜の羽ばたきを参考に動かして、風を再現しています。強すぎず、弱すぎない魔力の調整が難しい、魔法です」
「正解だ」
アルマデルの答えは合っていたらしい。
グィルは、黒板にその魔法陣を描いて、向き直る。
「では、何故。この魔法を発案したと思う?」
「──え?」
「減点、これは風車を動かすために発明された魔法だ」
「ま、待ってください!!そんなもの、どうだっていいじゃないですか?」
「そうか、お前はそう思うんだな?」
鋭い眼力が、教室の空気を一気に変えた。
「俺が教師として立つ以上、お前らは俺の言葉を素直に受け取る義務がある。弁えろ」
「──はい」
忌々しげに座って、悔しさを露わにした声色。
グィル先生って、もしかして厳しい・・・?
セナの中で、優しいだけじゃなくて、しっかりと厳しくて怖い先生。
という印象が出来上がっていた。
鐘が鳴る。
グィル先生の魔法講座は終わって、今度は魔法の歴史。
「・・・あ、頭痛い」
「無い頭を使うのは、さぞ疲れるだろうな」
ミラはおちょくる様に、セナの頭の上に乗る。
様に、というよりもそこには明確な上から目線ではあるが。
「次はあいつの授業だろう」
「うん──、ホワイトデイさんの授業」
「楽しみだ、グィルという人間の魔法への姿勢も興味深かったが、魔法使いの長はどんな授業をするんだろうな」
「──セナ・イディアル、一人でぶつぶつ何言ってるんだ?」
「怖、話しかけない様にしようぜ」
セナは気づかない。
友達が出来ない理由は、そもそも独り言が多いということに。
「はぁ〜い、皆さんの憧れ。ホワイトデイ先生ですよー」
教室に入ってきて早々、ホワイトデイは陽気に入ってきた。
「ほ、本物だ」
一人の生徒の声を皮切りに、また一人と声を上げていく。
「あ、あの!!私、ホワイトデイ先生に憧れてこの学園に入学したんです!」
「あら、嬉しいですね。クロマさん、でしたね?」
「お、覚えていただき光栄です!!」
「ホワイトデイさんって、やっぱり凄い人なんだ」
「ああ」
ここで、素直にミラが認めているのが、セナにとっては印象的だった。
「では、早速、授業を始めましょう。皆さん、今から教科書を配るので」
「あ、あの。自己紹介とかは?」
「・・・?」
何を言っているのか、そんな事を言いたげな顔。
「いります?時間の無駄ですよ」
先程のグィルと同じく、ホワイトデイは自己紹介は不要と言う、エーテル女子、今にも泣きそう。
ホワイトデイの授業は、グィルの授業とは、違って生徒達と和気藹々とした授業だった。
「はい、最初の法典の著者は?」
「はい!賢者ヴィエゴです!」
「正解、100点です」
なんて、所々でふざけながら着実と生徒達の人気を獲得していく。
時たま、セナに目を配らせてウィンクをするが。
「それで、ですね。300年前、魂に魔力が発生すると発見した・・・」
静かな教室の中、一人だけ騒がしいのがいた。
「そんなもの、我は生まれた時から理解していた」
「そして、より効率よく魔力を引き出すために、人類は魔法陣という手順を」
「そんなものがないと魔法を発動もできないのか」
「・・・っ!!」
──なんなんですか!?あの人は!!
ホワイトデイはちょくちょく、野次を入れてくるミラを睨んだ。
それに気づきながらも、ミラは野次をやめない。
「なんだ、セナよ。睨まれているぞ」
「わ、私じゃない・・・」
「おーほっほっほ!!セナさん、あなた。やっぱりここに相応しく無いんじゃないかしら!?」
「ここに相応しく無い魔法使いなんて居ませんよ。アルマデルさん」
「うぐっ──。はい・・・」
なんて、諭すが。
ここに相応しく無い魔王はいた。
「セナさん」
「あ、え!?はい!?」
まさか、自分が当てられると思わなかったセナは驚きながら、立ち上がる。
ビシッと、指示棒を向ける。
「あなたにとって、魔法とは?」
これは、ミラに問う疑問だった。
──先程からペラペラと、あなたはさぞ崇高な想いを持っていますよね?
そんな想いを込めて。
「セナよ、早く答えろ」
「え、私じゃないよね・・・」
「セナと言っているが?」
悪戯の様な声色のまま、そう茶化してくるミラ。
二人の間に挟まれたセナは完全な被害者だった。
最近、魔法使いになったばかりのセナにとってこの問いは、あまりにも難しいものだった。
だって、答えはひとつしかないから。
「・・・願いを、叶える力」
それを聞いて、今まで楽しげだったクラスの空気が変わった。
「お、御伽話かよ」
「やば、ちょっと面白い」
「セナさん可愛い〜」
それは、悪意の無い卑下だった。
そんなわけない、そんな事言う魔法使いなんて見た事ない。
セナは、この教室では異端であった。
「違いますよ」
その言葉は、セナを否定する意味ではなかった。
「少し、窓を開けましょう。空気の換気です」
ワントーン下がった、ホワイトデイの一言。
何故だか、段々、教室の温度が下がっていく感覚が広がる。
「な、なんか寒くね?」
「折角なので、魔法について。詳しく話をしましょう」
それは、魔法使いにとってとても価値のある授業だった・・・セナにとっては。
他の生徒達にとっては、何を今更、というのが正直な意見。
「あなたにとって、魔法とは?クリステラさん」
「魔力を行使して、発動される現象です」
「私が聞いてるのは、そういう事ではありません」
更に、教室の温度が下がっていく。
「あなたの魔法に対する価値観を、説いてるんですよ」
「え、えっと・・・」
「怒っている訳ではありません。ただ、聞いているのです、何?と」
ホワイトデイは持っていた教科書を置いて、堂々と教壇の上に立つ。
セナが初対面で見た、魔法使いとしてのホワイトデイ。
「今、魔法という存在は。魔力の法典によって色んな人が使える物となりました」
静かに、ただ告げるその一言。
寒かった教室は、次第に冷めて、今は外から暖かい風が吹いていた。
「こう、考えた事はありませんか?」
──では、最初の魔法は何か?




