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それでいい


今度は帰る、それだけだった。

 二人と魂を乗せた馬車に揺られながら、これからを振り返った。

「まず、セナさんはアルディン学園の寮生として、これから生活する事になります」

「・・・」

「なので、生活に必要な物を色々と揃えるために、城下町に・・・」

 ホワイトデイが何を言っても、セナは心ここにあらずだった。

 ただ、流れていく景色を眺めて、何も言わず。

 

「ホワイトデイ、慰めろ」

「む、無茶です・・・」

 ミラの無茶振りに、ホワイトデイは応えれない。

 ため息ひとつ漏らさないセナは、生きているのか死んでいるのか、世界ですら認識できなかった。



「あ、あの、セナさんは大丈夫でしょうか」

 城下町についても、セナの意識は戻らない。

 騒がしく廻る街の様子とは対局に位置する今のセナは、ホワイトデイから見れば、とても痛く映るらしい。

「飯でも与えればいいんじゃないか」

「──っ、そ、それです!私、ご飯を買ってきますね!」

 的当ての時のように、食い意地が貼っているセナなら、少しぐらい活力が戻るだろう、との助言。

 それを聞いたホワイトデイは、飯屋を探しに行った。


「セナよ」

「・・・」

「おい、無視をするな」

「──ん」

 見るからに、落ち込んでいる。

 ミラは心底めんどくさそうにしながら、セナの頭に乗った。

「落ち込む理由はなんだ、言え。さっさと」

「・・・私、負けたんだ」

「ああ」

 近場にあった噴水に座って、セナは叱られた子供のように、小さな言葉でつぶやく。

「負けるの、初めてだった。悔しいね」

「闘技場の選手だったな、その時には負けた事がなかったのか?」

「ないよ、負けたら死ぬし」

 セナの前に、小鳥達が降りてくる。

 仲間達と戯れ合うように、地面に落ちた屑のパンを取り合っている。

「祝福を、なぜ拒んだ?ユリウスの一撃を喰らえば、お前は致命傷どこらか、死んでいたろう」

「だって・・・ズルじゃん」

 セナは頭が硬くて、それでいて真面目だった。

「私、あの魔法が嫌いなの」

「なぜ?」

 目の前で戯れ合う小鳥達は、やがて遠い彼方へ飛び去っていく。

 それを追うように、セナは視線を動かした。

「対戦する相手は、私よりもでかくて、経験があって、祝福があった」

 だからなのだろうか、セナはその理不尽を嫌っていた。

「・・・私、負けたんだよ。なんで、生きてるんだろ」

「死にたかったのか?」

「──ううん、でも死んでもしょうがなかった」

 命を取り合う中で研ぎ澄まされてきた殺意、針よりも鋭利なその感覚が、ポッキリと折られたのだ。

「おじいさんに、顔向けできないや・・・」

「死んでいるからな、気にするな」

「──そんな事できないよ・・・ッ」

「お前はこの戦いで、何を得た?」

 珍しく感情を見せるセナとは対照的に、ミラの言葉はセナの感情の波を抑える言葉のようだった。

「・・・わかんない」

「悔しさ、学園の入学許可、お前の望んだ明日を手に入れている」

 セナの頭の上から聞こえてくる声は、いつも通り上から目線で、無理矢理セナの心を奮い立たせる言葉だった。

「奴隷時代とは違う、それを肝に銘じろ」

「・・・うん」

 奴隷時代、セナは、いつまでも続く一方的な命の取り合いを思い出す。

 自分は、あそこを死に場所に選んでいた。

 けれど、心とは裏腹に、セナは何度も明日を手に入れた。

「私・・・生きてる」

 摩耗していく心は、奴隷制度撤廃と同時に、意味のない世界に解き放たれた。


 ──なんで、私生きてるんだろ。


 何度、それを考えたかなんて、わからない。

 セナはずっと・・・負けたかった。


「負けて、生きてる。学園にも通える、──うん、生きてる」

 それを噛み締めて、セナは頭に乗っかるミラを掴む。

「なんだ」

「ありがとう」

 感謝の意を込めて、遊ぶように魂を上下に振り回す。

「ならば、それをやめろ。おい、聞いてるのか」

「あはは」

「おい、おいっ!離せっ!!」

 二人のじゃれ合い、しばらくして、慌ただしくホワイトデイが帰ってくる。

「はぁ、あ、セナさん・・・。もう、大丈夫ですか?」

「う、うん。ごめんなさい、ホワイトデイさん」

「いえ・・・。ふぅ、こちら、美味しそうなパンを何個か持ってきたのですが」

「──、美味しそうっ」

 紙袋から覗かせる豊富なパン達を見つけて、セナは涎を垂らす。

 食いしん坊ではあるものの、胃袋は小さいのが面白い。

「それと・・・これを」

「?」

 渡されたのは、丁寧に梱包された、贈り物。

「開けて見てください」

「う、うん?」

「爆弾か?」

「な訳ないでしょう・・・。合格祝いですよ」

 苦戦しながらも、やっとの思いで包みを開けると、そこに入っていたのは、黒色のカチューシャだった。

「セナさん、前髪が長いので。剣士ですし、邪魔にならないかなと」

「あ、ありがとう・・・ございます」

「付けてあげますね」

 黒色のカチューシャをホワイトデイに渡して、セナは目を瞑って、ホワイトデイの手を受け入れる。

「はい、お似合いです。白色の花が良いアクセントですね」

「うーん、お洒落とかわかんない・・・。でも、ありがとうございます、ホワイトデイさん」

 儚く笑うセナ。

 笑顔が戻った事にホワイトデイは、胸をホッと撫で下ろす。



「改めて聞きたいのですが、セナさん。貴女はアルディン学園に入学する、という意思を持っていますか?」

「・・・うん、というより、私ってほとんどの試験で良い結果を残せて無いです」

「そんな事はないですよ」

 ミラは学園に通えると言っていたけど、その実、結果は残せてない様な、と思うセナ。

 

 ある魔法使いは言う、彼は彼女の的当てを担当した試験官。

 

「凄く単純な魔法でした。未熟者で、とても筆記試験を合格できた人間とは思えませんが・・・。久しぶりに、魔法という言葉を考えさせられました」

 と、言っている。


 剣術試験を担当した、剛剣ユリウスという名の英雄はこう言う。

「あれは、剣術を学ぶために生まれた天才だ。剣術科に良い風を起こすな。──は?魔法科?何を言っているんですか、剣一筋にしましょう、考え直してくださいホワイトデイさ──」

 と、言っている。



「セナさんが望めば、両方を受講する事も出来ますよ」

「両方だと?頭が悪くて、容量の悪いこいつが?」

 鼻で笑いながら、セナの周りをぐるぐると衛星のように回るミラ、実に鬱陶しい。


 

「・・・はい、両方。魔法と剣術、両方を学びたいです」

 前髪でよく隠れていた黄金の瞳は、カチューシャによって、隠れる事がなくなった。

 セナ・ローウェンの瞳は、力強い。

「セナさんなら、そう言うと思いました」

「そうか、存外欲張りだな。貴様は」

 しかし、ミラはどこか楽しげだった。

 自分の依代が、自分と似た選択をする事を面白く感じているのだろう。

「──そうだよ、今日、そうなった」

 パンを食べ終わったセナの表情は、この青空の様に晴れやかだった。


 そして、時は流れる。

 セナ・ローウェン、改め、セナ・イディアル。

 剣の象徴、魔法の極地、両方を貰った少女は、今までの根暗な性格が変わる・・・ことはなかったが。

「セナさん、朝ですよ」

「はぁい・・・。ミラ、おはよう」

「ああ」

 何回、朝を迎えただろうか。

 根暗で、あまり感情を表に出さないセナだったが、確かにその心は前を向き始めている。

「制服、届きましたよ」

「おぉ・・・」

 ホワイトデイがテーブルに広げていた、アルディン学園の制服。

 白色を基調とし、筆を走らせたかの様な緑色のライン。

 金色の刺繍に、セナ・イディアルと名前があしらわれている。

「ズボンだ」

「スカートの方が可愛いのに・・・」

「う、動きづらいのはちょっと・・・」

 セナは可愛らしい服というのが苦手だった、スカートやフリフリとしたドレス等は特に。

 それに反して、そんな自分には似合わない服をホワイトデイは毎回勧めてきていた。

「じゃあ、着替えてきます」

「はい、まだ入学式まで時間はあるので、ゆっくり準備してくださいね」

 その言葉に頷いて、着替えに行くセナ。

 ふわふわと、ミラはホワイトデイの横に立って、ポツリとつぶやいた。

「・・・あの矮小な小娘が、ここまで変わるとはな」

「あら、親目線ですか?」

「笑わせるな、だが。楽しみではあるな、あいつがどこまでいけるのか。ああ、実に楽しみだ」

 噛み締めるように、ミラは言葉を続ける。


 道の端でうずくまって、物を乞いていた小汚い一人の少女は、魔王と出会い、やっと、自分に人生があると理解した。

 詩人がいたら、きっと楽しげに歌うだろう。


 けれどそんな事は、望まない。


「どう・・・かな。変じゃない?」

「きゃぁぁぁ!!可愛いですよ、セナさん!!天使って本当にいたんですね!?」

「うるさいぞ、ホワイトデイ」

「あはは・・・。ミラ、どう?」


「変わったな」


 何もかも。


 実体があったら、きっと魔王は、笑っている。

 可笑しくて、奇妙な、この物語を──。


 

 



 

 

 

 

 

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