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第26話 エピローグ

エピローグ

夕方。満月堂の、ガラス張りの役員会議室。木村は、眼下に広がる横浜の街を眺めながら、静かに福あかり本舗の「新・福あかりまんじゅう」を口に運んでいた。


「…見事なものだね、木村君」


声の主は、満月堂の社長、月島だった。彼の背後には、あの赤坂響子が、表情を変えずに静かに立っている。


「君が遺したDNAが、若い職人たちの中で、確かに息づいている。素晴らしい仕事だ」


木村は何も答えず、ただ、懐かしい、しかしどこか洗練された味を噛み締める。その表情に浮かんだ僅かな感傷を、月島は見逃さなかった。


「感傷に浸るのはいい。だが、ビジネスは非情だ。君という最高の『技術』を、最高の条件で手に入れた我々と、SNSでの謝罪動画や、あの正直すぎるほどのキャンペーンで顧客の『共感』に訴えかけようとする彼らと。…市場がどちらを合理的に判断するか、来春には答えが出るだろう。我々の**『リスタート』**が、本物の再生だったということをな」


木村が去った後、月島は横浜の夜景に背を向け、赤坂響子に向き直る。


「赤坂君、福あかり本舗の最近の動向、実に興味深いね」


「と、申しますと?」


「SNSでの顧客との対話、従業員のモチベーションを重視するような広報戦略…。聞こえはいい。だが、それは素人の理想論だ。美辞麗句で飾られた、感傷的な経営ごっこに過ぎん」


月島の口調は、冷徹な経営者のそれだった。


「我々『満月堂』の哲学は、真逆だ。我々は、顧客に最高の『品質』を提供すること、ただその一点に、経営資源の全てを集中投下する。従業員の生活?社会貢献?そんなものは、圧倒的な利益と市場支配を達成した後の『結果』としてついてくるものだ。プロセスに価値はない。全ては結果だ。だからこそ、我々は最高の職人(木村)を、最高の条件で手に入れた。合理的な投資だ」


赤坂は、静かに頷く。 「福あかり本舗は、従業員と顧客の『心』を繋ぎ止めることで再生しました。しかし、その“共感”という不確かなものを、いつまで維持できるでしょうか」


「その通りだ」と月島は断言する。「我々は、木村君が持つ福あかりの『魂の設計図』を、我々の資本力と最新のテクノロジーで、寸分の狂いもなく、かつ安価に量産する。顧客が選ぶのは、感傷的な物語か、それとも絶対的なコストパフォーマンスか。答えは、火を見るより明らかだよ」


同じ頃、横浜、福あかり本舗。夕暮れの光が差し込む社長室の窓から、活気に満ちた工場を見つめる高梨の背中に、誠一郎が声をかける。 「社長、次の、新しい挑戦を始めましょうか。今度は、最初から全員で、です」


彼が差し出した一枚の企画書。そのタイトルには、こう書かれていた。


『究極のトレーサビリティ・システム構築計画 ~「横浜品質」を、世界へ~』


高梨は企画書に目を通すと、力強く頷き、しかし、どこか険しい表情で誠一郎を見つめ返した。


「ええ、やりましょう、鈴木さん。ですが、これは茨の道になりますね」


誠一郎は、静かに、しかし確信に満ちた声で答えた。 「その通りです。ですが、これこそが我々の誠実さの、最終証明になります。お客様は、商品のQRコードをスマートフォンで読み込むだけで、このまんじゅうが辿ってきた**『品質の旅』**を確認できるのです」


企画書には、具体的な画面イメージが添えられていた。


【福あかり本舗 品質トラッキング】 ロット番号: FA20250815-A


原材料受け入れ検査(8/12): 北海道十勝産手亡豆 … 合格

製造工程管理値(8/15 09:30): … 合格

製品最終検査(8/15 11:00): … 合格

出荷前検査(8/16 14:00): … 合格

「我々の企業秘密である温度管理や配合の数値を公開するわけではありません。ですが、全ての重要な品質ゲートを、責任を持ってクリアしたことを、ブロックチェーン技術を用いて、改ざん不可能な形で証明するのです。これにより、お客様に絶対的な安心感を提供します」


高梨は、企画書のもう一つのページを指差した。 「そして、このシステムの真価は、出荷後にこそ発揮されます。万が一、我々自身が、出荷後に何らかの品質懸念を発見した場合、我々はこのステータスを、即座に『懸念あり』に更新する。そして、公式サイトやSNSを通じて、お客様への影響の有無、お召し上がりいただいて問題ないか、あるいは回収させていただくべきかを、包み隠さず報告する。…それは、時に我々自身を深く傷つける『刃』になるでしょう。それでも、我々はこの道を行くしかありません」


二人の視線の先には、この会社の輝かしい未来を照らす、温かい光が満ちていた。



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