敗北、そして
「エリスさん!」
僕は思わずエリスさんのところへ駆け出した。
うつ伏せになったエリスさんの周りには木の葉が舞い落ちていて、今の衝撃がどれほど大きかったかを物語っている。
「大丈夫!? エリスさん! しっかり!」
僕はエリスさんを仰向けにして上半身を両腕で抱きかかえたが、彼女は目を開けずに苦悶するだけだった。
「うぅ……んぐぅ……っ!」
腰布は斜めにずれ、胸布は外れかかっている。汗でびっしょりになった顔と体には土と草がこびりつき、足の裏まで汚れている。呼吸も弱々しく、手足もかすかに震えていた。
「ああっ……こんなになるまで戦って……!」
僕はエリスさんの柔らかいお腹を擦った。「あっ……うぅっ……」と呻き、エリスさんは眉間を寄せた。オーガの攻撃がよほど痛かったのだろう。
当たり前だ。裸同然の格好で、圧倒的体格差の化け物と真っ向から格闘し、痛めつけられたのだ。ムキムキの男だって重傷になるレベルだ。
エリスさんはたぶんまだ女子高生くらいだ。
そんな歳の女の子が経験することじゃないだろう、こんなの……!
「ごめんね、エリスさん……!」
でも僕はそれを黙って見ているしかなかった。
エリスさんは身をさらけ出して、素手と素足だけで獰猛なモンスターと死闘を繰り広げていたのに。
何度も何度も肉体を殴られながら、それでも頑張って戦っていたのに、僕は安全な位置から何もせず見ているしかできなかった。
僕に助ける力があれば。守る力があれば。
「グルルルル!」
蒸気のように熱い息を歯の隙間から漏らしながら、オーガが近付いてきた。殺気は微塵も薄れていない。死を予感させる接近だ。
「くっ……!」
エリスさんを横たわらせ、僕はオーガの前に立った。そしてエリスさんを隠すように両手を広げた。
「や、やるなら僕をやれ!」
月並みな台詞だが、こんな時に気の利いた言葉なんて出やしない。
しかもただやられるだけの立ち回りだ。
――怖い。めちゃくちゃ怖い。
僕は両手両足見事に震えながらも、その場から動こうとしなかった。
エリスさんはやっぱりすごい。こんな化け物に、半裸で臆することなく立ち向かっていったなんて。しかも何度も攻撃を食らっては、踏みとどまっていたなんて。
「ガルルルルッ!」
目前まで迫ってきたオーガ。殺気が熱を伴ってビリビリと伝わってくる。
どうせ手放そうと思っていた命だ。最期にエリスさんと出会えた特大のオマケももらえたことだし、悔いはない。
オーガが獣の叫びを響かせながら、一切の容赦なく巨大な拳を振りかぶってきた。
……いやでもここは異世界だろ!?
せめてなんかこう、奇跡みたいなこと起きろ!
主人公覚醒パターン来い!!
そう願いながら僕はきつく目を閉じた。
業風を纏って襲い掛かってくるオーガの鉄拳。主人公覚醒なんて起きやしない。
だが――思っていたよりもなかなかパンチが顔面にぶつかってこなかった。
それどころか静まり返る空気。
僕は恐る恐る目を開ける。
目の前には艶めかしい白い背中と、
捲れた腰布から顔を出した丸いお尻。
「ありがと、お兄さん! おかげで元気出たよ!」
両手を前に突き出してオーガの攻撃を受け止めていた踊り子少女の、頼もしい声が聞こえた。
「エリスさん!? (いや僕なにもしてませんけど!?)」
――奇跡は、僕の思っても見なかった形で現れていたようだった。