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復活のオーガ

「……!? あの咆哮——!」


 エリスさんは顔つきを険しくさせて森の方を見据える。僕も跳ねるように同じ方向を向く。つい最近耳にして覚えのあるものだった。


「グォォオオ!」


 地を震わせて茂みから踏み込んできたのは、あの腐った肉塊のような色をした筋骨隆々の巨大モンスター——オーガだった。


「うわぁっ!? あいつまだ生きていたのか!」


 エリスさんが先ほど倒したはずなのに、オーガはより一層肉体を膨張させて怒り狂っていた。その凶暴さは爆弾のように危うく、普段優しいエリスさんの声音を一瞬で緊迫させるほどだった。


「お兄さん、下がってて……!」


 僕を通り過ぎてオーガの視線上に立つエリスさん。汗ばんだその白い背中は、今は妖艶さよりも勇敢さの方が勝っていた。


「ええっ……!? ま、また戦うの!? さっきよりも明らかにヤバそうだよ!?」

「だからこそ、ここで決着をつけなきゃ……! トドメを刺さない限り、どこまでも追いかけてくるよ……!」


 エリスさんは足を軽く開いて拳を握り締め、戦う姿勢を取る。彼女は既にオーガへと闘志を向けていた。


 オーガは殺気に満ちた目つきでエリスさんを睨み、獣のように歯を噛み締めながら涎を溢れさせている。どう見ても危険度マックスだ。武器も防具も装備してない半裸の女の子が一人で戦う相手じゃない。むしろ完全武装した軍隊でも蹴散らかされるぞ。


「絶対に負けない……ッ!」


 エリスさんが低い声でそう言うと、彼女を取り巻く空気が張り詰めたのが分かった。身肌(しんき)集中――全身の素肌の感覚を研ぎ澄まし、集中力と戦闘力を向上させるという例の踊り子の特殊技能が、今全開に発動されていることが僕にも分かった。


「グガァァアア!」


 当然モンスターの方はじっくりと待ってくれるはずがない。オーガは猛獣のように大地を踏み荒らしながら、エリスさんへ一直線に走って来る。


「はぁぁあーーッ!」


 エリスさんも勇ましい雄叫びを上げながら、真っ向からオーガへ疾走していく。後ろ側の腰布がはためいて完全にお尻があらわになったが、そんなことに気を取られている場合ではない。今まさに筋肉の化け物と華奢な踊り子少女が衝突しようとしているのだ。


 一瞬早く仕掛けてきたのはオーガの方だ。暴風を巻き起こしながら剛腕をエリスさんの顔面めがけて突き出す。

 が、並外れた反射神経でエリスさんは体を沈ませ、頭の上でそれをやり過ごした。


「せやぁッ!」

 

 空いたオーガの脇の下に鋭くパンチを叩き込むエリスさん。しかしその小さな拳は筋肉の鎧に少しもめり込むことはなかった。


「くッ!?」


 ダメージ皆無だったのは予想外だったのだろう。エリスさんは眉間を寄せ、しかしすぐに二撃目をオーガの脇腹に繰り出した。


 結果は同じ。全く通用していない。


「前よりもパワーアップしている……!?」


 僕から見ても明らかだった。憤怒による凶暴化のせいか、今のオーガは湖でエリスさんが倒したときから格段に強くなっていた。


「ガァァアア!」


 吠えながらオーガが裏拳を振り薙いできた。密着状態と腕のリーチゆえエリスさんは回避できず、咄嗟に腕をクロスさせて防御の体勢を取る。


 そこにオーガの丸太のような剛腕が激突した。


「んぐぅッ!?」


 女の子のか細い腕だけで防ぎきれるはずもない。エリスさんは衝撃に押しのけられ、激しくバランスを崩した。全身から飛び散る汗。エリスさんは裸足で踏ん張って倒れずにいたが、そこに間髪入れずにオーガは正拳突きを放った。


「んあぁんっ!」


 エリスさんは片腕を盾のように掲げてガードしたものの、衝撃は肉体に十分すぎるほど響いていた。もはや防御の意味をなしておらず、エリスさんは悲鳴を上げて再び大きくよろめいた。


「ッガァアア!」


 その隙を狙ってか、あるいはただ狂ったように攻撃するだけなのか、オーガは無防備になったエリスさんの柔らかい横っ腹に思い切り蹴りをぶち込んだ。

 

「ぎゃッ――はぁぁあッ!?」


 悲痛な絶叫を響かせてエリスさんの小柄な体が横に吹っ飛ぶ。勢いよく地面に落下し、ごろごろと激しく転がった。汗だくの素肌に草と土がこびりつき、腰布が大きく振り乱れる。


「つッ……くぅぅ……痛いぃ……っ!」


 今の一撃は甚大なダメージだったのだろう、エリスさんは地面の上でお腹を抑えてくの字に体を曲げた。しかし――


「はぁはぁ……――はっ!?」


「グオォォオ!」


 どんなに体が痛くても、エリスさんに息つく暇などない。オーガがジャンプして飛びかかってきていたのだ。


「あぐぅぅっ!」


 土で汚れた体に鞭打って再び横に大きく転がり、間一髪でオーガの膝落としを避ける。またしてもエリスさんの腰布が乱れて危ういところが垣間見えそうになったが、地面をえぐるほどの攻撃を食らうよりは遥かにマシだ。


「ふぅっ! ふぅっ! こんっのォッ!!」


 見るからに疲弊しているにも関わらず、エリスさんはなおも反撃する。まだ片膝を地にめり込ませているオーガの横顔めがけて、素早く回し蹴りをお見舞いした。

 

 エリスさんのすべすべの足の裏が、空を貫いて怪物の頭部に直撃する。


(どこにまだそんな体力が……!? さっきの腹の一撃を食らっただけでも普通の人なら気絶ものだぞ……!)

 

 とんでもない忍耐力と精神力。これが踊り子の身肌集中。

 ――が、オーガはびくともしない。こめかみに突き当てられたエリスさんの足首を掴み、


「ひっ!?」


 エリスさんの体を軽々と振りかぶって地面に叩きつけた。


「きゃあぁッ!」


 背中から地面に激突したエリスさんは口から涎を吐き散らかし、立て続けに落下してきたオーガの肘に腹部を強打されてもう一度絶叫した。


「ぐふぅッ!?」


 僕の方にまで震動が伝わってくるほどの衝撃。それを生身の体に受けたエリスさんは、いつもと違って起き上がらなかった。


 するとオーガはエリスさんのツインテールの片方を乱暴に掴み、少女の体を引っ張り上げた。


「あぐッ!」


 宙ぶらりんになるエリスさんの体。それを睨みつけるオーガの鬼顔。


「ああっ……やめてくれ……!」


 僕が誰にも届かない震える声を漏らした直後、

 オーガはエリスさんの艶めかしいお腹に剛拳を叩き込んだ。


「うッ――がはぁッ!?」


 くの字に折れ曲がったエリスさんの体が後方に吹っ飛ぶ。そのまま背中から木の幹に激突し、剥がれ落ちるように地面に落下して倒れ伏した。

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