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轟音の果て

「行ってくる、お兄さん」


 振り返らずにそう言い残し――エリスさんは力強く地面を蹴って駆け出した。空気が唸り声を上げるほど、速くて勢いのある疾走。エリスさんの後方には焼け焦げた芝生が火の粉となって舞い上がる。


 彼女の急接近に気付いたムバータがエリスさんに振り向いた。


「ブハハハハ! さては癒掌術を使ったな!」


 リーナさんたちとの交戦を中断し、ムバータは一層強固になった肉体を翻してエリスさんの方に身構える。


「バカめ! 癒掌術を使えばアムルアが増幅し、それを吸収するワシもパワーが漲るのだ!」


 ムバータは残忍な笑みを浮かべ、真っ向から走ってくるエリスさんめがけて巨大な拳を突き出した。


「エリス!」


「エリスお姉様!」


 飛び退いたリーナさんとユノンちゃんが悲鳴のような叫び声を上げる。


 エリスさんは避けも防ぎもしない。走り込みの勢いそのままに、正面から襲いかかってくるムバータの拳にぶつけるように、パンチを繰り出した。


「はぁぁああ――ッ!」


 大きさも、威圧感も、圧倒的にムバータの拳の方が上だ。打ち合ったところで弾き飛ばされるだけ。

 その当たり前の予感は、空を突き抜けるエリスさんの右腕に現れた異変によって覆る。


 まるで空気との摩擦によって生じたかのように、エリスさんの拳から肘のあたりにかけて炎が燃え上がった。


 赤い火の粉を盛大に散らしながら、エリスさんの小さな拳がムバータの巨大な拳に激突する。


 轟音が高鳴り、衝突点を中心に衝撃波が巻き起こった。


「ぐぉォッ!?」


 信じられないことに、よろめいたのはムバータの方だった。

 エリスさんのパンチに腕を弾かれて大きく後退し、顔を歪ませる。その拳は炎熱に晒されて爛れていた。


「ぐッ! おのれェ!」


 すぐに地面を踏みつけてムバータは反撃の一撃を繰り出す。エリスさんは咄嗟に片腕を掲げてガードの姿勢を取る。


 そこに衝突するムバータの剛拳。再び大きな音が響いたが――エリスさんはよろめきもしない。逆にムバータの手がまたも炎に包まれただけだった。


「なにィ!?」


 ムバータの狼狽は大きかった。その隙をエリスさんは見逃さない。

 エリスさんは素早く身を翻し、飛び蹴りを繰り出す。


「でりゃあぁッ!」


 白い素足に炎が宿り、蹴りの軌道に沿って紅蓮の尾が引かれる。

 ムバータの横顔に着弾したエリスさんの足を中心に、再び炎が燃え盛った。


「ぐあぁッ!? な、なんなんだこれは!?」


 顔面を燃やされながらムバータが吠える。だがエリスさんは止まらない。


「うぉぉぉおッ!」


 短い腰布とピンク髪のツインテールを激しく揺らしながら、連続でパンチとキックを繰り出す。

 その一撃一撃に炎が宿り、まばゆい火花が散る。燃え上がる音と共に、夜闇の中に橙色の熱い筋が幾重にも刻まれた。


「ぐがッ! こ、このッ――ぐふぅ!?」

 

 ムバータは反撃すらできない。エリスさんの炎をまとった猛攻に、巨体を押されていく。筋肉に包まれた屈強なその体表は、エリスさんからの攻撃を受けるたびに燃やされて黒く焼け焦げていった。


「愚かな! 貴様がいくら戦ったところで、ガノヴァスの降臨は絶対なのだ!」


「だったら出てきたところを叩けばいい! エリスはガノヴァス以上に強くなるんだから!」


「な、なんだと!?」


 戸惑うムバータをよそに、エリスさんが腰を低くして身構えた。

 そして大きく引き絞られる右の拳。


「……()()()身肌集中・(おう)()――!」


 言葉とともに放たれる覇気が周囲の硝煙を振り払う。

 強靭な眼光は焼けるように――熱く。


「――(よう)()(ばつ)(こう)ッ!!」


 エリスさんの拳が、一際強い炎を帯びながら前方へ思い切り突き出される。まるで直線に飛ぶ火矢のように真っ直ぐムバータの腹部へめり込み――


 直後、拳打の衝突点で物凄い爆炎が巻き起こった。


「ぐがァァッ!?」


 その威力は凄まじい。エリスさんのパンチに乗って前方に集約されるように放たれた爆炎は、ムバータの分厚い胴体を一瞬で焼き貫いた。それでも勢いは止まらず、彼の背中を突き破った炎は一直線に伸びて真っ赤な火の粉を撒き散らす。


 広がる熱波。一瞬遅れてムバータは後方へ吹っ飛び、天高く舞い上がってから派手に地面に落下した。


 仰向けに倒れたムバータの腹の中心には、大きな風穴が空いていた。まるで灼熱の杭に刺し貫かれたような、黒く焦げた大穴。誰がどう見ても、完全に息絶えているのは明白だった。


 ――周囲の熱が去り、火の粉も消えた。

 しんと静まり返った庭園には焦げた匂いだけが漂い、その中心にエリスさんが立っている。


 リーナさんも、ユノンちゃんも、もちろん僕も――誰もが言葉を失っていた。


 そして――ゆっくりと、エリスさんが僕を振り返る。


「……勝ったよ、お兄さん」


 額に汗を光らせながら、エリスさんは火照った顔で微笑みを浮かべた。


 月光に照らされたその姿に、僕は胸を打たれていた。

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