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圧倒的

「――ぉぉおおッ!」


 雄叫びと共に疾走したエリスさんの体が月光を纏って闇を裂く。 裸足の足音が地を打ち、そのたびに腰布と大きな胸が激しく揺れた。

 怪物と化したムバータに恐れず真っ向から接近すると、エリスさんは右拳を握り締めて巨体へと拳を突き出した。


「やぁぁあッ!」


 エリスさんの小さな拳がムバータの腹部にヒットした――が、ムバータの体はびくともしなかった。圧倒的体格差、そして筋肉の壁……誰がどう見ても、今のムバータに肉弾戦が通用するとは思えない。


 拳が弾かれたエリスさんは、しかし即座に次の動きに移る。右脚を軸にして体を回転させ、反動を乗せたハイキックをムバータの側頭部に向けて放つ。  


 ムバータは避けたり防いだりする素振りすら見せず、エリスさんの素足を受けた。


「バカめ……本気でワシに太刀打ちできると思ってるのか?」


 ムバータが信じられないほどに太くなった腕を思い切り後ろに引く。


 エリスさんは咄嗟に両腕をクロスして防御の姿勢を取る。夜気を掻き乱しながら、ムバータの剛腕がエリスさんの双腕に炸裂した。


「んぐぅぅ!?」


 鈍い衝撃音と共にエリスさんの体が大幅に後退する。地を滑るエリスさんの足元から芝生が舞い上がった。


「っ、う……!」


 エリスさんは痛みに顔を歪める。何とか踏み留まっていたか、衝撃は十分すぎるほど肉体に伝わっていたのは明白だ。


 防具すら身に着けていない半裸の女の子が、筋肉の化け物からの剛拳を素手で受け止めるなんて、普通ならあり得ないことだ。というか鎧を着た大人の男でもふっ飛ばされる。


「はぁッ!」


 エリスさんは短く気合を込め、もう一度ムバータの脇腹に蹴りを放った。しかし結果は同じだ。岩石のように硬い体表を足の甲でいくら蹴っても威力は伝わらない。


「無駄だッ!」


 ムバータが再度拳を繰り出してくる。巨体とは裏腹に素早い攻撃。エリスさんは反応できず、無防備な脇腹にムバータの鉄拳を食らってしまった。


「ごふッ……ぅ!?」


 こぼれんばかりに目を見開き、エリスさんは口から空気を吐き出す。腰布をめくり上げながら華奢な体が曲がり、エリスさんは転倒こそしなかったものの地面に片膝をついた。


 ムバータが大きな足を振り上げる。容赦のない追撃。


「エリスさん……!」


 僕は思わず声を出した。エリスさんの動きが鈍くなってきている。エリスさんは何とか地を蹴って後方へ飛び退り、ムバータに踏みつけられた地面が震撼した。


「なんの……ッ!」


 エリスさんは大きくジャンプし、空中で体を捻って回し蹴りを放つ。跳躍に合わせて腰布が大胆に翻り、汗ばんだ白い太腿が月に照らされる。


「このぉォッ!」


 怒気を孕んだ叫びとともに、エリスさんの足が半円の軌道を描いてムバータの顔面に飛ぶ。


「甘いわ!」


 ムバータは片腕を掲げて難なく一撃を受け止めた。鈍い音だけを残して白い素足が弾かれ、着地したエリスさんは眉間を寄せる。


 僕の位置からでも分かるほどに、エリスさんは苦戦している。

 それでもムバータに容赦はない。次の瞬間には獰猛なパンチがエリスさんに襲いかかっている。


 エリスさんは腕を持ち上げてガードをしようとするが――

 ムバータの剛拳は、か細い腕を強引に突破してエリスさんの横顔に激突した。


「あぐぅッ!?」


 エリスさんは大きくよろめき、間髪入れずに次の拳が脇腹に叩き込まれた。


「がはぁッ――!」


 全身を貫くような衝撃が空気を伝って僕の方にまで感じ取れた。それを素肌にもろに食らったエリスさんのダメージは計り知れない。傷つかない体だとしても、意識を失ってもおかしくない痛みのはずだ、


「小娘が! 大人しくワシの供給器になるがよい!」


 そして――ムバータの途轍もなく凶悪な膝蹴りが、エリスさんのお腹にぶち込まれた。


「――ッ!?」


 もはやエリスさんの口から音は出なかった。

 つま先が地面から離れ、エリスさんの体が猛スピードで宙を舞う。


 そのまま僕の方にまでふっ飛ばされ、乱暴に落下したあとに地面を滑ってようやく止まる。


「エリスさん!」


 呼んでもエリスさんの体は動かない。腰布が大きく乱れ、汗塗れの全身には草と土がこびりついている。

 僕は思わずエリスさんのもとへ駆けつけた。


「エリスさん! しっかり!」


「あ……うぅ……!」


 呼びかけながら、小さな肩を抱き寄せる。エリスさんは目をきつく結んで苦痛にうめいていた。


「今すぐ癒掌術をかけるから!」


「させるわけがないだろう!」


 怒号のした方を振り返ると、ムバータが地面を蹴散らかしながらこちらへ猛烈な勢いで走ってきていた。恐ろしい地響きに僕は竦み上がる。


「う、うわぁぁ! 来るなぁぁ!」


「若造め! 貴様は供給器専用の増幅器になるがよい!」


 だめだ、癒掌術をかけてる隙などない――!

 僕は数秒後に訪れる最悪の結末に背筋を震わせるしかなかった。


 目を閉じかけたそのとき――


「――はぁぁああッ!」


 別の咆哮が耳を横切り、褐色の影がムバータの頭部に飛来した。

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