出発
「異世界……転生?」
ぽかんとした表情を見せるエリスさん。
そりゃそうだ、いきなりこんなの口にしたところで信じてもらえないどころか、おかしいやつだと思われる。
「い、いや、なんでもないよ! ちょっとまだ気が動転してて!」
「ううん、そういうこともあるんじゃない? 世界ってほら、色々起こるから」
寛容な返しだと捉えるべきか、『この人やばい。軽く同意だけしておこう』という意図の返しだと捉えるべきか。
僕が判断しかねていると、エリスさんは早くも話題を進ませた。
「つまり、お兄さんは行く当てがないってことだよね。じゃあとりあえずリュシーラの街まで一緒に行こうよ。こんなところで別れたら、またモンスターに出くわしちゃかもしれないしね」
「えっ、いいの? 僕、足手まといにしかならないと思うけど……」
「そんなの気にしないって。ほら、いいから行こっ」
ツインテールと腰布を揺らしてエリスさんは歩き出し、戸惑いながら僕も続いた。
「何から何までありがとう、エリスさん。あ、僕の名前はヒロク。よろしく」
「ヒロクお兄さんだね、よろしくね!」
こうして僕は流れに身を任すような形で、リュシーラという見知らぬ街へと向かうことになった。
最初はエリスさんの後ろをついて行ってたが、大きなお尻の下で左右に揺れる腰布の裾が気になりすぎて、そそくさと隣に並んだ。後ろから見つめ続けては変な誤解をされてしまうところだ。
「お兄さんは運がいいね。さっきのオーガなんだけど、今回のエリスのクエストのターゲットだったんだよ。あいつを倒すためにエリスもこの森に来てたの」
ク、クエスト……?
またファンタジー世界らしいワードがエリスさんの口から出る。人並みにゲームはやったことがあるため、僕でもクエストの意味するところは察することができた。
「じゃあ、なんだろ……つまり街の人からの依頼? みたいなのを受けて、自らオーガと戦いに来たってことなんだね」
「そうそう、そんな感じ」
「凄いなぁ……あんな化け物を相手にするなんて……怖くないの?」
しかもそんな軽装で……。
「もちろん立ち向かうのが怖い時だってあるよ。相手が凄く残虐そうだったり、グロテスクで気持ち悪かったり。でも、そういう恐怖心とかも、ありったけの気合で押し殺すようにしてるからさ」
「なんでも気合で何とかしてるんだね……。エリスさんって、その……戦いのとき以外も普段からその格好でいるの?」
尋ねつつ、僕はこっそりエリスさんを横目で盗み見た。
細く引き締まった腰に吊るされた二枚の布が風に揺れ、露出度の高すぎる衣装をさらに官能的に仕立て上げる。腰布から伸びる両足はつま先までなにも纏っておらず、足の指で土を踏みしめている姿もまた色っぽかった。
「うん、そうだよ。常に肌の感覚を研ぎ澄まし、全身の神経を敏感にさせておくことで、周囲の危険とかモンスターからの殺気とかをいち早く察知することができるの」
「そ、そうなんだ。常に、ね……すごい……」
いや、いろんな意味でだ。
戦闘中だけならいざともかく、普段着としてもこの姿で過ごしてるのだ。街の中とか、人前でも。
羞恥心という概念がエリスさんにはないのか、はたまたこの世界自体に存在しないのか。
「あと、ネルギスはすごく蒸し暑い気候だから、この格好は涼しくて快適なんだよね。服を着込んでたら、すぐに汗で濡れていちいち着替えるの大変」
「ネルギスっていうのはこの星の名前ね」とエリスさんは付け足した。
「なるほど」
不思議と納得してしまうほど、理にかなってる。エリスさんから踊り子とは何たるかを教えてもらうにつれて、だんだんこの服装が合理的なものに思えてきた。
それでも……。
一歩進むごとに布が翻って太ももが顔を出し、豊満な柔らかい胸も上下に弾む。もはや歩いているだけで魅惑を撒き散らしていると言わざるを得ない。彼女の服装に僕が慣れることは、たぶんずっとなさそうだ。
──そして、ここから一話目の冒頭に繋がるのだった。
回想シーンは以上。現在の時間に戻ろう。
と言っても、僕は相変わらずエリスさんの腰布に視線を持っていかれて、心が落ち着く暇もないままなのだけれど。