お掃除
「じゃあね二人とも。お疲れ様」
ムバータの執務室を後にし、二階の居住区に降り立ったところで、リーナさんは手を振って自分の部屋の方へと帰っていった。少々名残惜しいが、オーク討伐クエストのパーティーはこれをもって解散だ。
レモン色のポニーテールを揺らしながら去っていくリーナさんの白い背中を見送っていると、隣のエリスさんが口を開いた。
「さてと、じゃあお兄さんの部屋を案内するね。端っこの方に空いている部屋があったはず」
「うん、行こう」
素足で歩くエリスさんと並んで廊下を進み――一番奥の部屋の前までやって来るとエリスさんは足を止めた。
「ここだよ。しばらく使われていないようだから、どうなってるかなぁ」
そう言ってエリスさんが扉を開けると、その瞬間空気の淀みが鼻を擦った。
「うわぁ……ごめんお兄さん、思った以上にホコリっぽいね」
エリスさんが小さく口を押さえながら呟いた。日差しが差し込む窓からは、ほこりが舞い上がる様子がはっきり見えた。その窓ガラスも曇っていて、青々としているはずの庭園側の景色が霞んで見えた。
「ううん。全然いいよ。ベッドとか机とか本棚とかタンスとか、生活に必要なものは全部揃ってるし。ちょっと掃除すれば快適になりそう」
そう、贅沢は言ってられない。本当なら異世界に飛ばされてきた瞬間に路頭に迷うはずだったのだ。こうして豪華な屋敷の一角に専用の部屋を与えてもらえるなんて、幸運極まりないというもの。
それに、ベットを含む家具は白い布が掛けられていてホコリや汚れが付かないようにされていた。なので床とか壁を軽く掃除すれば綺麗になるはず。
「じゃあ掃除用具を持ってくるから待ってて」
「あ、うん。ありがとう」
エリスさんはピンク髪のツインテールと短い腰布を弾ませて廊下の向こうへ引き返していった。お尻の下の丸みが少し見えてしまったのは言うまでもない。
「さてと」
僕は部屋に入って、まずはホコリが立たぬようゆっくりとベッドの布を取り払ってみた。現状はマットだけが敷かれており、保管状態は良好だった。
続いてテーブルと椅子を一緒に覆っていた布も取り除く。木製の簡素な物だったが、使う分には問題ない。窓も拭けば元の透明に戻りそうだ。
タンスやクローゼットも開け、虫とかが飛び出してこないことを確認したところでエリスさんが戻ってきた。
「お待たせ」
エリスさんは水の入ったバケツと雑巾一枚、そしてほうきと塵取りを抱えていた。しまった、僕も一緒に行けばよかった。
「ありがとう、じゃあ後は僕が――」
「ううん、エリスがお掃除するから。お兄さんは待ってて」
ドアのところに掃除用具を置きながらそう言うエリスさん。
「えっ、そんなそんな……じゃあ二人でやろうよ」
「いいのいいの。掃除用具も一セットしか持ってきてないし。ほら、外に出てて」
「あ、うん……」
笑顔で僕を入口付近に追いやり、エリスさんはまずほうきを手に取った。そしてほこりや塵が床に溜まっている部屋の中に裸足で迷いなく入っていった。
きっと足の裏が汚れてしまっているが、そんなことを少しも気にしていない様子で、エリスさんは機嫌よく床を掃き始めた。ほこりが舞い上がらないような丁寧な手つき。僕は入口付近に突っ立ってエリスさんを見守るしかない。
(にしても――)
胸に細い布を巻き、腰のチェーンから股の前後に短くて薄い布切れを垂らしただけの、ほとんど裸に近い女の子が汚れた部屋を掃除している姿は――背景と本人のギャップがすごくて、何とも目を引きつけられるものがある。
「そういえば隣はエリスの部屋だよ。困ったことがあったらいつでも入ってきていいからね」
「そうだったね。あ、塵取りは僕が手伝うよ」
隣の部屋にいつもエリスさんがいると思うと胸が高鳴る。それをバレないようにしつつ僕は塵取りを持ってしゃがんだ。
「ありがと~」
ほうきで部屋の中のほこりをかきめて来たエリスさんが塵取りにゴミを入れる。それを三回ほど繰り返し、
「次は雑巾がけだね」
と言って、エリスさんはほうきを手放して雑巾とバケツを持った。
部屋の中央に水の入ったバケツを置き、エリスさんは腰布をふわっと浮かしながらしゃがみ込む。
(こ、これは色々やばいんじゃないか……!?)
僕はこの後の光景を予測して、更に胸の高鳴りを抑えきれなくなった。