帰還
翌日。
僕とエリスさんとリーナさんの三人は、アシェ村から馬車に乗ってリュシーラに帰ってきた。ほんの一泊二日の旅だったが、体感長く感じたのはオークの巣窟の攻略だけでなく踊り子二人と行動を共にすることが逐一刺激的なものだったからだろう。
大通りに面したディラメルの酒場前で馬車から降り、僕ら三人は館に入った。
「じゃあ早速ムバータ様のところに行きましょう」
昼間の無人の酒場を通り抜けながらリーナさんが言う。お尻の上でひらひらと揺れる短い腰布と、その下方にあるスベスベのふくらはぎを目で追いながら僕も頷いた。
「そうだね。僕の力、認めてもらえるといいけど」
そう、リーナさんのオークの巣窟の殲滅クエストは成功したが、僕のクエストはまだ終わっていない。
リーナさんのクエストに同行し、道中で彼女に癒掌術をかけてサポートすること。一応僕としてはその目的は達成したと思っているので、あとはリーナさんがその旨を伝え、ムバータが許可すれば、僕は晴れてディラメル館に踊り子の支援係として住まわせてもらえる。
「まぁあたしとしては認めざるを得ないわけだし、大丈夫でしょ」
「うん、実際お兄さんがいなかったら無事に帰ってこれなかったかもしれないしね」
僕の隣を歩くエリスさんも機嫌よく後押ししてくれる。弾む胸と、軽快に床を滑る綺麗な素足につい見惚れてしまった。
「だといいんだけど……」
ムバータは気難しい人間だ。初対面の時からその印象を突きつけられているため、不安は拭いきれない。
そうこうしている間に三階まで到達し、ムバータの執務室の前までやってきた。
「じゃあ行くわよ」
リーナさんが先頭に立って扉を押し開ける。
視界が開けると、赤い高級カーペットと壁際を囲む本棚はそのままに、中央奥のデスクの主であるムバータの姿はなかった。
「あれ? いない」
エリスさんが呟いた。
支配人は不在のようだったが、デスクの横には筋骨隆々の無口な大男が前回と変わらず彫刻のように立っていた。
「ガルデン様。ムバータ様は?」
部屋に入り、リーナさんが大男に尋ねる。彼はガルデンという名前らしい。
端と思い出して僕は部屋の隅々まで視線を巡らせた。もう一人、シュベリと言う名のローブの小男の姿も見当たらなかった。
「……ムバータ様は取り込み中だ。そしてお前たちがクエストから帰って来次第、そこの若造がこの屋敷に住まうことを許可すると言っていた」
錆びた鉛のように低くて重い声。それに抑揚もない。
しかし発せられた言葉は予想外の内容だった。
「ええっ!? いいんですか!?」
僕は聞き返したが、もう話すことはないと言わんばかりにガルデンは腕を組んで硬そうな唇を閉ざした。
「やったね! お兄さん!」
「なんか拍子抜けだけど、良かったわね」
「う、うん! ありがとう二人とも!」
リーナさんへの癒掌術の効果の是非を確認することなく、ムバータは僕のディラメル入りを認めた。
一体なにをもってそう判断したのだろう?
遠隔でオークの巣窟の様子を把握したのか?
あるいは別の判断材料があったのか?
今ここで考えても謎は解けそうになかったし、あのムバータと面と向かって話す機会が一回分減っただけでも良しとしよう。
「じゃあ改めてよろしくね、お兄さん」
エリスさんがこの上なく優しい笑顔を向けてくる。
「ようこそ、踊り子ギルド・ディラメル館へ」
リーナさんも柔らかい笑みで僕を歓迎してくれた。
「うん、よろしく……!」
なにはともあれ、これでこの世界での僕の居場所が決まった。胸と股の前後だけを薄っぺらい布切れで隠す踊り子さんたちのギルドの一員。
ここから僕の第二の人生が、比較的うまく行くように進むことを祈るばかりだ。