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続・混浴温泉

 湯気の奥にぼんやりと二人のシルエットが浮かび、やがて視界が晴れる。


(おおっ……!)


 僕は思わず息を呑んだ。


 まず目に飛び込んできたのは、温泉の縁に腰かけるエリスさんの姿だった。

 ほんのり赤く火照った肌に、胸元から太ももに乗るくらいまで、白いタオルを一枚だけ前に垂らすようにして押さえている。ぺたんと布が張り付いているため胸の丸みがくっきりと浮き出ており、なおかつタオルの両端はむき出しになっているため、脇から腰にかけて遮るものは何もない。


「来た来た、お兄さん」


 エリスさんがにこにこと僕を手招きしてくる隣には、湯船に胸元まで浸かっているリーナさんの姿があった。彼女はタオルも纏わずお湯の中に身を沈めており、湯気と微かなお湯の濁りで胸の上側からの丸みから下はうっすらとした輪郭しか見えない……が、それが逆に想像力を刺激してくる。


「……じろじろ見ないこと。いいわね?」


 リーナさんが少し頬を染めながら、睨むように言ってくる。


「ご、ごめん……!」


 慌てて目を逸らし、僕はざぶんと首元までお湯に浸かった。

 普段ほとんど裸に近い踊り子の服を着ている二人が、今はその衣装を脱いでこうしてのんびりと温泉に入っている。なんだか新鮮でもあり、普段とは違う色気もあった。


「ねぇ、お兄さんって結構年上だけど、恋愛経験とか豊富なんじゃない?」


 唐突にエリスさんが質問を投げかけてきた。


「えっ、ぼ、僕? ないよ……」


 悲しいかな、事実だった。


 高校は今時珍しい男子校。そして大学は工学系で女子なんて数えるほどしかいなかった。バイトはしていたが、おしゃれなカフェや賑やかな居酒屋などではなく、地味なスーパーの店員。

 女性と知り合う機会がなかったと主張すれば言い訳に聞こえるだろうが、本当にそうなのだから仕方ない。


「ふーん……そうなんだ。お兄さん、優しいのにね」


 エリスさんが意外そうに言う。


 で、出た……優しいという褒め言葉……。

 他に褒めるところがない男に対して言う定型文だ。異世界でもそれは健在なのか。


 しかしそれもエリスさんが口にすると、お世辞とか建前とかじゃなく本気でその部分を褒めてくれているように聞こえる。それくらいの純朴さがエリスさんにはあり、それが彼女の魅力だ。


「じゃあどういうタイプが好みなのよ?」


「こ、好み……? 考えたことないなぁ」


「だったら、あたしとエリス、どっちがタイプよ?」


「ええっ……!?」


 顔が一気に熱くなる。


 なんだその合コンみたいな質問は……!?

 しかもそれは普通男子から女子に聞くものだぞ……!


「そうだ、ユノンちゃんも入れていいよ」


 エリスさんが楽しそうに付け加えた。

 ユノンちゃんは緑色のショートヘアーと茶褐色の肌をした、エリスさんたちの一つくらい下の踊り子だ。


「まぁユノンは静かで落ち着いてるから、あたしたちとはまた違ったタイプよね。案外お兄さんの好みだったり」


 確かにユノンちゃんもめちゃくちゃ可愛いのは確かだ。まだちらっとしか会っていないが、それだけでも記憶に鮮明に焼き付いている。


「う、うーん……!」


 ――いやいや、僕はエリスさん一筋だ!

 そんなあちこち目移りしてはいけない!


 リーナさんはちょっと攻撃的だけど根は凄く良い人だし、ユノンちゃんはまだあまり話したことないけどきっと良い子だろう。でも、僕はやはりエリスさんが一番――!


 って、それをこの場で言っていいのか!?

 それだと普通に告白になっちゃうんじゃないのか!?


「悩んでる悩んでる。やっぱりエリスかしら? エリス優しいものね」


「リーナちゃんかもしれないよ? グイグイ引っ張ってくれる人がいいのかも」


 僕の苦悩をよそに二人で好き勝手言っている。こういうトークは飲み会の場でして頂きたい。二人は未成年だろうけども。


 僕は押し黙りながら、お湯の中でじわじわと沸騰していくような感覚に襲われていた。

 この場をどう切り抜けるべきか……。


 いよいよ本格的に頭がくらくらし始めたとき――いきなり僕の後ろの岩の一つが水しぶきを上げてひっくり返った。


「だァァーー! もうだめだのぼせるッ!」


「ええええっ!? ジェ、ジェドーさん!?」


 なんと、湯船の中央に積まれていた岩の一つが作り物になっており、中の空洞に入っていたすっぽんぽんのジェドーさんが現れたではないか。


 リーナさんが驚いて胸元を手で隠す。


「ジェドー!? あんたこんなところで何やってんのよ!?」


 一方のエリスさんは縁に座った姿勢を崩しはしなかったが、口元に手を当てて「わぁ……」と声を漏らしていた。ジェドーさんのどこかしらの箇所を目撃しての反応だろうが、今はそんな場合ではない。


「ど、どういうことですかジェドーさん!?」


 ジェドーさんはまっぱの姿で自慢げに両手を腰に当てる。しっかし筋肉だけはすごい。


「がはは! 今日の日中のうちに偽物の岩を仕掛けておいたのさ。お前らがアシェ村に来たことは村人たちの噂で聞いていたからな。となるとクエスト後にこの宿に泊まるのも明白! 全ては最初から俺の計画通りってわけさ!」


 「岩の中が蒸し風呂みたいに熱くなることは想定外だったがな」と能天気に笑うジェドーさんを見上げ、僕は完全に引く。


(うわぁ……この人やばい……!)


 エリスさんとリーナさんのお風呂シーンを覗き見るために、昼間からこんな細工を仕込んでいたなんて、何たる執念。というか僕よりずっと歳上なのに、女子高生くらいのエリスさんとリーナさんを()()()()()()()としてみるなんて、現実世界だと完全にアウトだぞ。いやこの世界でもアウトだろ。


「ところで青年。踊り子の誰が一番好みか決めかねているなら、全員ってことにしときゃいい。ハーレムしちまえよ、ハーレム!」


(いぃぃぃや何言ってんだこの人ーーーーッ!?)


「ジェドー……あんたって人は……!」


 わなわなと怒りをチャージしていたリーナさんが、鬼の形相で拳を握りしめた。

 お湯から勢いよく立ち上がり、ジェドーさんに向かって踏み込む。水しぶきと湯気と、そして本人の素早い動きのおかげで、リーナさんの体の各種大事な部分を目に捉えることはできなかった。


「出てけこのヘンタイーーーーッ!」


「げぶふぅぅ!?」


 リーナさんのアッパーが顎の下に直撃し、ジェドーさんは柵を超えて温泉の外へと吹っ飛んでいった(素っ裸のまま)。


 ジェドーさんが飛んでいった方を愕然と見つめながら僕は思う。


(まぁ……助かったっちゃあ助かったかな……)


 なにはともあれ答えづらい質問からは逃れることができた。

 それにしても――ハーレムか……。

 ここは異世界なのだから、そういうのもありなのかもしれない。


(いやいや! 何を考えてるんだ僕は!)


 それから僕はそそくさと風呂から上がり――部屋に戻って床に就いた。

 エリスさんとリーナさんはまだ一緒に入っていたが、体の洗っこをしたかどうかは妄想の夢に一任するしかない。


 こうして僕の初クエストは、温泉からもらった二種類の熱さと共に終わりを迎えたのだった。

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