進化
「リーナちゃん! 大丈夫!?」
急にとんでもない技を繰り出したリーナさんに、いの一番に駆け寄ったのはエリスさんだ。
疲弊しているはずなのに、勢いよく裸足で地面を蹴ってリーナさんの腕にすがりつく。
「今のすごかった! ねぇ大丈夫!? どうやったの!?」
安否についての確認と技についての質問が入り混じっていたが、それほどエリスさんも混乱しているのだろう。僕もそうだ。
「リーナさん!」
僕もリーナさんのもとに駆けつける。大きな胸に巻いた布は今にも中心部から外れそうになっており、腰のチェーンもずれて内ももが大きく見えてしまっているものの、本人はけろっとしている。
「勝てて本当によかった! 踊り子って、あんな技も出せるの?」
まるで魔法のような力を帯びた攻撃だった。身肌集中は全身の感覚や運動神経を向上させるものとは聞いているが、雷電まで放てるとは初耳だ。
リーナさんは未だにピンときていない表情で首を横に振った。
「いいえ、そんなはずはないわ。踊り子の戦い方はあくまで体術よ。もちろん電撃の出し方なんて知らないし……考えられるとしたら――」
レモン色の短いポニーテールを揺らし、リーナさんは僕を向き直る。
「お兄さんの癒掌術によって、あたしの体に一時的に雷の力が宿ったとしか思えないわ」
「ええっ!? 僕の!?」
リーナさんの突拍子もない言葉に僕は驚くしかない。
「いやいや、癒掌術は踊り子を回復させて強化させるっていう効果しかないはずで…。電撃まで付加する機能はないというか、そもそも僕にその自覚がないんだけど……」
「つまり、お兄さんの癒掌術が進化したってことだよ」
エリスさんが、あらゆる疑問を払拭させる一言を放った。
「あの湖の力がお兄さんの中で進化して――踊り子を回復したり戦闘力を強化させるだけじゃなく、一瞬だけスーパーパワーも与えれるようになったんだよ」
能力の進化……なんというファンタジー……!
いや、僕自身にはまるで進化の自覚がない(しかも癒掌術も相変わらず見た目の演出一切なし)のだが、エリスさんの考え以外に説明できるものはなかった。
「踊り子の身肌集中が高まっている状態――つまり激戦の最中で、さらに疲弊していればしているときこそ、そのスーパーパワーとやらが付与されるんでしょうね」
リーナさんもエリスさんに同調する。二人の中では早くも解決したようだ。
「な、なんだかわからないけど……とにかくリーナさんを助けられて良かった。……あと、ごめんね。ボスオークの踏みつけから僕を守ってくれて」
布切れしか纏っていない女子高生くらいの女の子に、あんな守られ方をしてもらうなんて……現実世界ならなかなかの生き恥だ。
「いいわよ別に。踊り子は死なないし。それに、癒掌術で全快できたからチャラにしてあげる」
リーナさんは素っ気なく横を向く。
「オークたちも全滅させれたし、良かったよ。お兄さんがいなかったら、正直危なかった」
「あはは……」
さすがにそれには同意せざるを得ない。
当初はリーナさん一人でここに踏み入ろうとしていたわけでしょ……。
もしそうしていたら……どんな末路を辿っていたかは同人作家様たちにお任せしよう……。
「――そうだ、エリスさんも回復してあげるよ」
エリスさんも僕を守りながら激戦を繰り広げ、オークたちからの攻撃も散々食らっていた。平気そうな顔をしているが、リーナさん並みに疲弊していたはずだ。
「ありがとう、お兄さん」
「じゃあ……えっと、どこに触ればよろしいでしょうか……?」
面と向かって癒掌術をかけるとなると、割と照れる。
僕が念の為確認すると、エリスさんは優しい表情で両手を広げた。
「別にいいよ、どこでも」
「どこでも!?」
「あ、ごめん。リーナちゃんの時みたいに、足の方がいい? じゃあ座ろっか?」
「えっ! いえそんなそんな!」
リーナさんが腕を組みながら横目で睨みを効かせている。
試されているのか……僕は……!?
僕は緊張しながらエリスさんを見る。
ツインテールの可愛らしい頭。艶めいた頬。汗が流れる首筋。テカる肩。ぷるっとした二の腕。綺麗な手。たわわな胸。柔らかいお腹。きゅっとくびれた腰。艶めかしい背中。大きなお尻。むちっとした太もも。つやつやの脛。ほっそりとしたつま先。
エリスさんの全身の上から下までスキャンし――見えない後ろ側まで超能力でスキャンし――
「じゃ、じゃあ……手で」
欲望軍と理性軍の合戦は後者がギリギリ勝利した。
「うん、じゃあお願いします、お兄さん」
にこりと笑って片手を差し出してくるエリスさん。
僕は彼女の手を取り、手もみする感じで親指を滑らせた。
「あっ……んっ……!」
途端にエリスさんは目を細め、唇を緩める。悩ましげな声が洞窟内に響いた。
「あぁっ……そ、それ……いいっ……! お兄さん……っ! 上手っ……ぅんっ!」
(毎回思うが……一体何がいいんだ……!?)
腰をくねらせ、短い腰布の下にある太ももの内側を擦り合わせ、エリスさんは身を捩る。頬は赤らみ、瞳はとろけそうに潤んでいる。僕は手を軽くマッサージしているだけなのだが、相変わらず踊り子さんのこの反応には当惑させられる。
「エリス……っ」
その様子を見ていたリーナさんもなんだか顔が赤い。一体何を想像しているのだろうか。そして僕はなにを想像すれば良いのだろうか……。
ひとしきりエリスさんに癒掌術をかけ、僕はそっと手を離した。
「はふぅ……ありがとうお兄さん。お陰で元気出たよ」
乱れた呼吸と腰布を一緒に直しつつ、エリスさんが恍惚とした微笑を向けてきた。
「い、いえ……。その、エリスさんもありがとう。ずっと僕を守ってくれて」
エリスさんは事前に宣言していた通り、あの乱戦の中でも本当にオークたちに指一本触れさせなかった。一撃背中に食らってしまったのは僕が勝手にエリスさんのもとを離れたせいなので、ノーカウント。
「当然のことだよ。これからもお兄さんのことはエリスが必ず守るからね」
(……ああ……本当に胸がキュンとするほど可愛い……)
大の男なのに気持ち悪いワードを使ってしまって申し訳ないが、そう思わざるを得ないほどエリスさんの健気で優しい笑顔には魅了されてしまう。
「よしっ。なにはともあれ、これでクエスト完了ね。二人とも、ありがとう」
リーナさんは僕とエリスさんに微笑みながら頷いた。軽く息を吐いたのも、安堵の現れだろう。
腰布とポニーテールを揺らし、出口へと踵を返すリーナさん。
「うん。帰ろう」
「そうだね」
僕もエリスさんと一緒にあとに続く。
地獄のようなオークの巣窟での死闘は、かなりギリギリの綱渡り状態だったが――踊り子たちの勝利で終わった。誰か一人でも欠けていたら、この勝利はなかったかもしれない。
そう実感しつつ、僕はちょっと気になっていたことをリーナさんの白い背中に問いかけた。
「――そういえばさ、リーナさん。あの踵落としの技を出す時、技の名前を叫んでいたけど……あれは一体?」
リーナさんは肩越しにこちらを振り返り、頭痛でも抑えるかのように額に手を当てた。
「テンションとは、恐ろしいものよね……」
な、なるほどです……。
僕は察し、それ以上は聞かなかった。




