ボスオーク
「はぁッ! やぁぁッ! ――まだまだ来るわよ! そっちは大丈夫!?」
前線で奮闘するリーナさんが叫ぶ。二つの入口から次々とオークが現れてくる。一体何匹いるんだ……!? こっちは半裸の踊り子二人だぞ……!
「平気だよ! でぇぇいッ! うぉぉおッ!」
オークの軍勢の荒々しい咆哮に混じって、二人の少女の麗美な叫びが広間にこだまする。
リーナさんもエリスさんも、オークの硬い体、または鎧にもう何十発も素手や素足をぶつけている。傷つかない体でも痛みは感じているのだから、それを押し殺すほどの気合で攻撃を叩き込んでいるのだろう。これが踊り子の身肌集中がなせる闘志だ。
「何なんだこいつら!?」
オークたちに焦燥感が見え始める。その一瞬の狼狽を突くように、エリスさんが間近のオークに攻撃を仕掛ける。踊り子の装いとは名ばかりの布――腰の前後に垂らした布がふわりと浮かび、エリスさんは裸足で硬い地を蹴った。
「これが踊り子の力だよ!」
オークに向かって跳びかかり、肘を添えての一撃。渾身の攻撃がオークの額にめり込み、骨のきしむような音とともに巨体が吹き飛ぶ。
「やぁッ! そこォッ!」
リーナさんは群れの中を縦横無尽に駆け回る。しなる生足が敵の頭部を薙ぎ、握った拳が敵の鎧を砕く。鋭く踏み込むたび、腰布が激しく乱れ、美しい素肌と柔らかな曲線が惜しげもなく露わになる。
戦う踊り子二人の美しさと強さに目を奪われていた僕は――
ドンッ、と洞窟の地面が震えたのを感じた。
当然リーナさんとエリスさんもそれを察知しており、一瞬動きを止めて広間の入口の一つに顔を向ける。
奥の闇から現れたのは――普通のオークの三倍はあろうかという巨体。深緑色の分厚い筋肉に覆われた腕が、膨れ上がった腹が、そして忌々しいほどの威圧感が、視界を支配する。
「出たわね! ボスオークよ!」
「あ、あれが……!? マジか……!?」
僕は震え上がる。エリスさんが森で相手にしたオーガと同じくらいの巨大さ。しかも手には――そのへんのオークが持っているものよりも遥かに大きくて重たそうな棍棒が握られている。胸当ても見るからに頑丈そうだ。
「おうおうおう! 随分と楽しそうじゃねぇか!」
ボスオークが下卑た笑みを浮かべる。
「よくも好き勝手暴れてくれたなァ! ガキ二人が、タダで済むと思うなよ!」
(……僕は含まれていない!)
スキル『路傍の石』――再発動!
ある意味癒掌術よりも僕にとって直接役に立っている能力な気がする……!
なんてことを考えている場合ではない。
ボスオークは重たい足音を立てながらザコオークたちを押しのけ、リーナさんの前に立ちはだかった。
リーナさんはと言うと、少しも気圧されていない。
「ボスの方からノコノコ現れてくれるとはね。探す手間が省けたわ!」
前置きも早々に、リーナさんが跳ねるように跳躍する。ボスオークと目線の高さが同じになるほどのジャンプ。
「はぁぁあッ!」
気合の入った咆哮とともに、リーナさんは岩石のように大きくて恐ろしいボスオークの顔面に拳をぶつけた。
――しかし、ボスオークは一切揺るがない。
すたっ、と腰布をめくらせて着地したリーナさんはボスオークを見上げる。そのこめかみから汗が一滴流れた。
「ふぅっ……! 手応えがありそうね!」
リーナさんは身を翻し、立て続けにボスオークの胴体に強力な蹴りを突きつける。これまで幾多ものオークの胸当てをぶち破ってきた裸足のキックは、しかしボスオークのそれには通用していなかった。
「……ッ!」
リーナさんの顔に焦りの色が横切る。
「もういいか? じゃあそろそろ俺からもいくぜェ!」
残虐な形相をたたえてボスオークが巨大棍棒を横に薙いできた。
長過ぎるリーチと広すぎる攻撃範囲。リーナさんは片腕を顔の横に掲げ、ガードの姿勢を取る。
リーナさんの細い腕に思い切り棍棒が激突した。
「うぐぅッ!」
リーナさんの大きな胸が激しく弾み、強風に煽られたかのように腰布がなびく。
それでも――太ももを震わせながらリーナさんは踏みとどまった。
(し、信じられない……!)
傷つかない体でも、衝撃は伝わるし痛みはあるはず。なのにリーナさんは歯を食いしばって堪え、もう一度大きくジャンプした。
「まだまだッ!」
しなやかな肢体を空中でひねり、今度はボスオークの首元に回し蹴りを食らわせる。それでも――ボスオークの硬い首にリーナさんのほっそりとした足の甲は微塵もめり込んでいない。
「効くわけねぇだろ!」
まだ空中にいる状態のリーナさんめがけて、ボスオークが棍棒を繰り出す。
ゴォォ! という重低音を響かせて、大きな棍棒がリーナさんのむき出しの脇腹に直撃した。
「ぐはッ……あッ……!?」
こぼれんばかりに目を見開き、リーナさんの体が吹っ飛ぶ。そのまま地面に激しく転がり落ち、腰布と胸布が今にも外れそうになった。
「リーナちゃん! あぐっ!?」
リーナさんの身を案じる暇などエリスさんにはない。そう、周りにはまだまだ大勢のオークがいて、その一匹一匹をエリスさんは懸命に相手にしていた。僕がリーナさんの動向を見れていたのはエリスさんのおかげだ。
棍棒で思い切り横顔を殴られたエリスさんは、それでもひるまず反撃を続ける。
「はぁっ! はぁっ! くっ……このぉぉッ!」
拳を握りしめ、ありったけの気合を込めてオークにぶつける。顔でも、鎧部分でも、構わず全力で殴って、蹴って、押しのける。全身汗だくで、着衣の乱れなど一切気にせず、棍棒を何度も素肌に受けながら、迫りくるオークの群れをたった一人で相手にしている。しかも――僕に指一本触れさせることなく。
「ああ……どうしよう……!」
僕はエリスさんとリーナさんを交互に見やる。
リーナさんは起き上がっているが、立ち上がってはいない。
大きな足で地面を踏みしめながら接近してくるボスオークを、尻餅をついた状態で悔しげに睨み返している。
エリスさんは僕から片時も離れずに、周囲のオークたちと激戦を繰り広げている。息が荒くなっているのは言うまでもない。
これはピンチ……!
――だが、活路があるとすれば……!
僕は意を決し、エリスさんから離れてリーナさんのもとへと駆け出した。




