素質
「それ、大変すぎない!? モンスターなんて世界各地にいるだろうし、それを踊り子さんたちだけで倒して回るなんて、忙しすぎるでしょ……!」
「そ。だからお兄さんがいてくれるとすごく助かるんだよ。エリスたちを支える太い柱になってくれるんだから」
「ま、まぁ……」
確かに……。
そうなると、自分で言うのもあれだが、踊り子だけを癒やす技を持つ僕はめちゃくちゃ重要なポジションにいると思えてきた。
いや、むしろ全力でサポートさせてください。世界の平和がそのむき出しの双肩にかかっているなんて、荷が重すぎるでしょうよ。
「他の人たちは戦おうとしないの?」
「しないわよ。自らの命を危険にさらすような行為、普通はしないじゃない」
「あーなるほど……」
なんとなく分かった。
エリスさんやリーナさんたち踊り子は、不老不死で体も傷つかない。
だったら、モンスター退治という危険な行為は全て踊り子たちに任せたほうがいい。
踊り子は常人よりも遥かに強いし、しかも死なないのだから、一般人がモンスターと戦って命を落としたり重傷を負ったりするくらいなら、その心配がない踊り子に最初から全任せした方がいい。
そういう思想が自然とこの世界には根付いているのだろう。だから軍隊もないし、他にギルドもない。
極めて身勝手な考えに思えるが――納得はできた。
スーパーヒーローが相手にするような敵に、一般人はわざわざ手を出さないのと同じだ。
ヒーローが地球に一人いれば、全人類は皆そのヒーローにすがりつく。それと同じようなことがこの星で起きているのだ。
(なんだか本当に神秘的な存在に見えてきたぞ……)
でも、だからといって、見た目も、精神年齢的にも、エリスさんたちは年若い女の子だ。しかも衣服をほとんど身につけていない、あられもない格好の少女。
そんな踊り子が世界中のモンスターと戦うことを半ば宿命付けられているのは、やっぱり過酷過ぎるというか、可哀想というか……。
だからこそ僕は、改めて癒手術で全力でエリスさんたちを支えようと思った。こんな女子高生くらいの女の子を半裸にさせて化け物と戦わせ続けるなんて、本人たちが平気と言っても僕がいたたまれない。
「でも、仕方ないよ。この世界は元々すごく平和で、争いごとも全然なかったの。だからそもそも人々に戦うという考えはないんだよ」
ずれかかった胸の布をくいくいと直しながら、エリスさんは言う。
「それに、モンスターだってほんの数年前から突然姿を現し始めたんだよ。それまで戦いとは無縁のこの世界の人々が、いきなりモンスターと戦闘なんてできるわけないもんね」
「なるほど、そういうことなんだね……」
汗だくで茂みを進むエリスさんとリーナさんから話を聞いているうちに、だんだんこの星(『ネルギス』だったっけ?)の世界観が分かってきた。
裸同然の踊り子だけがモンスターと戦える世界で、他に戦士や魔法使いとかは存在しない――。
よくある異世界ファンタジーとは明らかに一線を画している。すごい世界に飛ばされてきてしまったわけだ、僕は。
「だったら……踊り子の人数をめちゃくちゃ増やしたりはしないの?」
「誰でも踊り子になれるってわけじゃないのよ。素質ってものがあるの」
そうとだけ答えるリーナさん。
素質、か……。
元々の才能とか能力とか色々あるのだろうが、少なくとも僕に分かることは、常に極限まで肌をさらして生活できるような女の人じゃないと、踊り子にはなれないだろうと思った。
エリスさんやリーナさんのように、こんなあられもない格好で外を平然と出歩けることと、自分よりも大きくて凶暴なモンスターに素手で挑みかかれる勇敢さがないと、まず踊り子になることは無理だろう。
そんな女性は、確かに稀有な存在だ。
――とまぁ、かなり整った言い方をしたが……。
結局は露出k……
いやいやいや! やめよう! 今は神秘的な話をしているんだ! 急に俗的なワードを思い浮かべるんじゃない!
僕は邪念を振り払い、茂みに素足を突っ込んで草葉をかき分けているエリスさんとリーナさんに別の疑問を投げかけることにした。
「エリスさんとリーナさんは、いつから踊り子になったの?」
「えー、どのくらいだろう。三年前くらい?」
「多分そのくらいね。あまり覚えていないわ」
踊り子は不老不死ってことだから、今の年齢のときから踊り子になっているということだ。しかも口ぶりから察するに、二人は同時期に踊り子になったようだ。
「よく決心したね……ご家族からは反対されなかったの?」
「家族なんて、いるようでいないようなものだから」
レモン色のポニーテールを揺らしながら、リーナさんがなんだか寂しいセリフを吐く。
エリスさんも少しトーンを落とした声で「遠くにいるからさ」と付け加えた。
なるほど……訳ありか……。
何となく雰囲気的に、ディラメルの踊り子たちは皆親元から遠く離れている気がした。異世界には異世界なりの家族問題があるのかもしれない。
かなりプライベートな話だったので、僕はそれ以上は聞かないことにした。腰布ひらひら系異世界ファンタジーには似合わない重たい話だ。
「……あ、見えてきたよ」
いいタイミングで、エリスさんが前方を指差した。
そこには、森の中にぽっかりと黒い口を開けた、洞窟の入口があった。