オーガ
「え、あっ……ケガはない、です!」
あまりに刺激的なエリスさんの格好に見惚れて、つい返事が遅れてしまった。
「よかった! お兄さんは離れてて! こいつはエリスがやっつける!」
まだ危険は去っていないことを意味する言葉の通り、怪物がゆっくりと起き上がった。僕は意識を持ち直し、急いで後方に退く。
「そ、その化け物は一体何!? えっと……エリス、さん!」
巨大な筋肉の化け物と、それに真っ向から向かい合う裸同然の小柄な少女。双方を交互に見ながら僕は震える声を漏らした。
「こいつはオーガ! 人間を誰彼構わず襲っては喰い殺す、凶暴なモンスターだよ!」
エリスさんは両の拳を胸の前に持ち上げて構える。
オーガ……!?
ゲームやファンタジーでよく見るあれか!?
いきなり現実離れした展開に僕は動転するばかりだが、それ以上に僕の目を釘付けにして離さなかったのは、エリスさんの姿だった。
太陽の光を受け、白いうなじから背中にかけて輝く汗ばんだ素肌。胸元の布はあまりに薄く、ぴったりと貼りついており、その下のふくらみの輪郭がほぼ丸見えだった。腰に巻いた布切れも頼りなく、走ったり蹴ったりすればめくれ上がってしまいそうなほど短い。
その姿で、筋肉ゴリゴリのオーガ相手に戦うって、本気か……!? しかも武器もなしに……!?
「おりゃあッ!」
突如、エリスさんが地面を蹴って前に跳躍した。むき出しのつま先が弧を描き、オーガのこめかみにハイキックが叩き込まれる。
生々しい音とともにオーガの顔が横を向き、よろける。
着地と同時にエリスさんのふくよかな胸が上下に跳ね、下乳がぷるんと弾んだ。見てはいけない、と思いながらも視線が逸らせない。
「グオオオッ!」
オーガが雄叫びを上げ、腕を振りかぶった。
まるで鉄の柱のような太い腕が横殴りに振るわれる。
「遅い!」
エリスさんは軽やかにバックステップで回避。ギリギリの距離で拳が空を切り、風圧だけが砂塵を巻き上げた。
「そこッ!」
空振りの隙を突いてエリスさんがパンチを放つ。オーガの脇の下あたりを穿ったが、怪物も負けじと踏みとどまった。
怒りに任せてオーガが殴り返してくる。威圧的な音を響かせながら剛腕がエリスさんに襲い掛かってくる。
「ふぅッ!」
正面から飛んできた拳を両手の平で受け止めたと同時に、衝撃を受け流すようにエリスさんが縦に反転しながら真上に飛び上がった。綺麗な生足が天を向き、一回転して落下する勢いに任せてオーガの首の付け根に踵落としをぶち込んだ。
「このぉぉおッ!」
つるっとした踵からは想像もつかない打撃音が高鳴り、オーガは呻く。確固たる一撃。
「どう!?」
地面にしゃがみ込むように着地したエリスさんは力強い眼差しでオーガを仰ぎ見る。
腰布の揺れが収まる暇もなく、オーガが拳を真上から振り下ろしてした。
オーガはまだ倒れない。巨体にふさわしい耐久力。
図太い腕からは予想できない素早い攻撃が襲い掛かってくる。避けるには間に合わず、エリスさんは腰を落として腕をクロスさせる。
「はぁッ!」
なんとオークの岩石のような拳を、ほっそりとした両腕でガードしたではないか。
衝撃波のような音とともに地面がへこむ。華奢な体が押し込まれ、それでもエリスさんは足の指が開くほど全力で踏ん張って受け止めた。
「くっ! 重いぃ……ッ!」
歯を噛み締め、エリスさんは顔を歪める。
巻き起こったつむじ風に煽られて、腰布の後ろ側がめくれ上がった。丸見えになったお尻には汗が滴り、テカテカ光っていた。
……ヤバい。ヤバすぎる。
エリスさんは僕を守るために必死に戦っているのに、つい甘美な肉体の方に意識が行ってしまう……!!
「グォオオオッ!!」
僕が罪悪感を抱いている間もオーガの攻撃は続く。
防御の姿勢から立ち直っていないエリスさんの脇腹目掛け、オーガは容赦ない強さでパンチをぶち込んだ。
硬い拳がエリスさんの柔らかい脇腹にめり込み、細い体が大きくひしゃげる。
「がはぁッ……!?」
エリスさんは目を剥き、大きく開かれた口から涎が飛び散った。
「ああっ……! エリスさん……!」
なんと強烈な一撃。あんなの大の大人が食らってもただじゃ済まない。ましてエリスさんは素肌むき出しの女の子だぞ。
「うぐ……ッ! な、なんのっ……!」
嘘だろ……!?
エリスさんは、倒れない。脇腹を押さえながらも、エリスさんは裸足でしっかり大地を踏みしめている。
今度はエリスさんの太ももに、オーガのローキックが炸裂した。強烈な連撃。
「あぐぅッ!!」
肉付きのいい太ももがぶるんと震え、エリスさんは大きく体勢を崩す。
が、それでもエリスさんは耐えた。決死の形相でオーガを睨みつけ、そして──
「今度はこっちの番ッ!」
踏み込み、小さな拳を握りしめる。その躍動に布が大きくはためき、太ももの奥がチラリと覗いた。
オーガの腹にエリスさんの拳打が直撃する。
「グガァ!?」
圧倒的体格差のオーガを怯ませるほどの威力。エリスさんは攻撃の手を止めない。
「はぁぁぁあッ!」
エリスさんは物凄い気迫と勢いでパンチを打ち込みまくる。筋肉の壁とも言うべきオーガの腹部に確実にダメージを与えている。
信じられない光景だ。ほとんど裸の少女が、自分の体の何倍も大きい化け物と汗だくで肉弾戦を繰り広げ、押し返している。
勇敢だ……勇敢すぎる……!
「これでッ……!」
エリスさんは素早く姿勢を落とす。腰布がふわりと浮かび上がる。
「とどめェーーーッ!!」
勇ましく叫んでエリスさんは思い切り膝を伸ばし、跳び上がり様のアッパーを繰り出した。
「グォォッ!?」
エリスさんの小さな拳がオーガの顎の下を打ち上げる。どう見てもクリティカルヒット。オーガは目を上擦らせ、そのまま卒倒した。
巻き起こった砂煙が静まってもオーガは起き上がらない。今度こそ倒したようだった。
「はぁっ……! はぁっ……! んくっ……! やっつけた、かな……?」
エリスさんは息も絶え絶え、疲労困憊といった様子だ。当たり前だ。むしろ無事なことに驚きだ。
呼吸を整えると、エリスさんはこちらにくるりと向き直った。ふわっと揺れる腰布が今は勇ましく見えた。
「ふぅ……お待たせ、お兄さん。平気?」
濡れそぼった顔でエリスさんはほほ笑みかけてきた。
「……う、うん、平気……です……」
僕の返事はかすれた。壮絶な光景に呆然とする。
これがあまりに衝撃的な、エリスさんとの出会いだった。