クエスト準備
「いらっしゃいま──」
からん、と扉の鈴が鳴ったのをきっかけに奥から現れた中年の店主は、客の姿を見て思わず言葉を詰まらせた。
「……な、なんとっ……!」
その反応は当然だ。胸と股の前後だけを布切れで隠した半裸の美少女が二人入ってきたのだ。
(だめだ……子どもでも大人でも刺激が強すぎる……)
僕は額を抑える。
「こんにちは。装備を見せてもらえるかしら?」
ぺたぺたと裸足の足音を鳴らしながらリーナさんがカウンターまで歩を進める。僕はエリスさんと並んでその後に続いた。
面食らっていた店主は頭を軽く振って我に返り、リーナさんに尋ねた。
「あ、あなた方はもしかして……オークの討伐にやってきた踊り子ギルドの方々ですか? 村長から話は聞いておりまして」
「そうよ」
「これはありがたい……! はい、お代は村として負担しますので、ぜひ何なりとお申し付けください!」
さすが踊り子さん。優遇されている。
感服していると、リーナさんが親指を立てて後ろの僕を示した。
「こっちのお兄さんの装備、適当に見繕ってくれるかしら?」
店主はリーナさんの肩越しに僕を視認し、「そうですねぇ……」と顎をさすった。
「でもなんか、お兄さんはガチガチの鎧とかだと重くて動きづらいだろうから、軽くてシンプルで、かつ防御性に優れたものがいいかもね」
隣のエリスさんがにこやかに提案する。ごもっとも。頭から足先まで隙間なく覆うような鋼鉄の甲冑とかはさすがに遠慮したい。
「少々お待ち下さい」と言って、店主はカウンターから出て店内の商品を確認し始めた。
店の壁やフロアには剣やら盾やら鎧などが飾られ、いかにもゲームで登場しそうな武具屋の様相を呈している。ちなみにリーナさんがはじめから装備のチョイスを店主に全任せしたのは、きっと自分たちが普段から装備品を利用しないからだろう。踊り子に武具屋は無縁なのだ。
「こちらなどいかがでしょう?」
店主が見せてきたのは、薄い鉄製の胴鎧だった。文字通り背中を含む胴回りを覆う鎧で、腰から下や腕の部分の保護はない。
エリスさんがそれを受け取り、両手で上げ下げしてみる。
「うん。軽くて、それでいて頑丈そうだし、いいかも!」
エリスさんが僕に胴当てを渡してくる。確かに軽くて、ガチガチといった感じではなく、僕のような一般人にも着こなしやすそうな一品だ。
「続いてこちらを」
次に店主が選んだのは、同じ素材でできた、シンプルな籠手だった。先程のプレートでは保護できない両腕を守備するためのものだ。
「ええ。いいんじゃないかしら。盾の代わりになるし、両腕も空くし」
リーナさんがそれを受け取り、好反応を示す。
「それから……こちらも」
続いて店主が見せてきたのは革製のブーツだ。脛辺りまでを覆えるもので、革製だからこちらも軽量だ。こちらは現実世界で履いてても違和感の少ない見た目。
「はい、それもいい感じです」
僕は頷く。これで鎧、籠手、靴が決定した。
あとは武器――
「じゃ、以上ね」
リーナさんは装備の選別を早々に締めくくった。
「あ、あれっ? 剣とかの武器は?」
「は? なに言ってるのよ。お兄さん、戦うつもりなの?」
リーナさんが腰に片手を当てて肩をすくめた。
「いや、そういうわけじゃないけど……一応護身用として必要かなと」
口ごもる僕の肩に、隣からそっとエリスさんの温かい手の平が乗った。
「お兄さんは戦わなくていいからね。戦うのはエリスたちに任せて。それに、お兄さんのことはエリスが必ず守るから大丈夫。お兄さんの剣と盾は、エリスだよ」
「エリスさん……!」
めちゃくちゃ優しい顔で、この上なく献身的な言葉をかけてくれるエリスさん。僕は胸に込み上げてくるものを感じ、「分かったよ」と首を縦に振った。こんな裸同然の、しかも年下の女の子に全力で守ってもらうなんて情けないの極みだが、エリスさんの声には優しさの他に強い決心なものも含まれており、僕には拒む余地などなかった。
「それに――下手に武器を持っていると、モンスターから敵だとみなされて襲われやすくなるわ。お兄さんは人畜無害の一般人を貫くのが一番いいのよ。敵を引き付けるのはあたしたちの役目」
「うん……そうだね」
リーナさんもなんだかんだ僕のことを考えてくれている。自分は布しか身に着けていない丸腰の姿なのに、自分よりも僕に被害が及ばないことを念頭に置いてくれている。
「さ、お兄さん。早速着てみようよ!」
「え、今?」
「今じゃなきゃいつ着るのよ。ほら、エリス、ぱぱっと着せちゃいましょう」
「だね!」
戸惑う僕をよそに、二人はまるで着せ替え人形で遊ぶかのように、僕に装備品を装着し始めた。
「わわっ……」
エリスさんがすっと足元にしゃがみ込み、ブーツを手にしながら笑いかける。
「お兄さん、足、出して?」
「あ、うん……」
僕がスニーカーを脱いで片足を上げると、エリスさんは優しくその足を支えながら、丁寧にブーツを履かせていく。ゆっくりと優しく靴紐を通す手つきはとても誠実で……。
しかし、僕の視線はというと、大胆に開いたエリスさんの胸元につい引き寄せられてしまう。上から見下ろすとその谷間の深さはあまりに官能的すぎて、瞳ごと吸い込まれそうだ。
「んっ……どう? きつくない?」
上目遣いで聞いてくるエリスさんに「だ、大丈夫」と答えて、慌てて胸の谷間からピントをずらす。
しかし今度は太ももの柔らかそうな丸みが目に入り、腰布の両サイドから垣間見える内股のギリギリのラインがこれまた僕の意識を捕らえてくる。
(ああ……なんと魅惑的な角度……!)
僕が欲望と罪悪の境目で苦悩していると、今度は背後から甘い吐息が降り掛かってきた。
「ほら……腕、上げて」
リーナさんが後ろから胴鎧を着せようとしていた。
「え、あ、はい……!」
僕が両腕を上げると、リーナさんはすぽっと僕に胴鎧を被せてきた。サイズはピッタリで、思った通り軽くて動きやすそうだ。
なので今一番気になるのは――背中にほんのりと当たるリーナさんの胸だ。
「両側の紐を締めて鎧を体に合わせるってわけね。それっ」
リーナさんはさながら後ろから僕に抱きつくような体勢で、胴体の両側面に着いた紐を左右に引っ張った。キュッと前後のプレートが体にフィットしたが、その作業に伴ってより一層リーナさんの胸が背中に押し付けられた。鉄の鎧の外からでも感じ取れる柔らかさと、大きさ。
(何だこの状況……!)
両サイドから二人の踊り子さんに防具を着せてもらうという、なんだか背徳的な状況。
僕は顔を赤くしつつ、ガントレットだけは急いで自分で付けた。
「よし、完成! お兄さん、似合ってるよ」
エリスさんがツインテールと前後の腰布を大きく弾ませながら喜ぶ。
「おお、すごい……! それっぽくなってる、かも……!」
大げさではない装いで、かつ防御性も高い、ちょうどいい塩梅の装備。
「なかなか似合ってるじゃない。これならまぁ、一撃くらいは耐えれるでしょ」
リーナさんが腕を組んで満足気に頷く。
しかし――
僕は正面に立つ二人の踊り子の姿を一瞥する。
エリスさんたちが隠しているのは胸元と股の前後だけで、あとは腕もお腹も背中も両足も全てむき出しの上、裸足。
一方の僕は、こうして十分に防具を身にまとい、もちろん靴だって履いている。
「なんか申し訳ないね、僕だけ重装備で……」
「お兄さんが気にすることないよ。エリスたちの格好は踊り子としての正装だもん」
「あたしたちよりも、自分の身を守ることだけを考えてなさい」
「は、はい……」
そんなやりとりを見ていた店主が、ようやく口を開いた。
「……えーっと……それで、お嬢さんお二人の装備は?」
「要らないです」
「要らないわよ」
口を揃えて言うエリスさんとリーナさん。
心底驚く店主さん。
ええ、ええ。僕も同じ気持ちですよ。




