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湖の出会い

 朝山広あさやま ひろく――それが僕の名前だ。


 大学4年、就活全滅。人生に絶望し、ヤケになって深夜の山をさまよっているうちに、滑落。そのまま山肌を転がって湖に落下し、もがきながら真っ暗な水の底に沈んだ。


 あぁ、くだらない人生だったな……と思いながら意識を失い――


 今度は眩しさで目を覚ました。


 ぼやけていた視界がはっきりすると、僕はまだ水中に漂っていた。先ほどと決定的に違うのは、水全体がエメラルド色に眩しく光り輝いていたことだ。


 死に際とは真逆の、鮮烈な光景に心を奪われかけて――すぐに水の中であることを思い出す。途端に苦しくなって僕は咄嗟に上へ向かって泳ぎだした。


 水面へ顔を突き出すと、陽の光が顔に降り注いだ。昼間だ。

 ――なぜ昼間に?

 

 まだ輝きを放っている湖面の上を、僕は不格好なクロールで陸地を目指す。


 思いのほか小さな湖だった。すぐに岸辺にたどり着き、僕は咳き込みながら地面の上にへたり込んだ。振り返ると湖の光は消えていた。直前まで死にたがっていたのに、普通に助かるための行動を取った自分には驚きだ。

 

 呼吸を整え、周囲を見渡す。綺麗な緑色の葉を蓄えた木々が周りを取り囲み、足元にも青々とした草が絨毯のように広がっている。陰鬱な深夜の山とは一転、水彩画のように鮮やかな森だ。


「スマホは……ない、か」

 ポケットの中は空だ。山で転がって湖に転落するまでの一連のドタバタで、どこかに吹っ飛んでいったのだろう。財布は持ち出してなかったので、衣服以外の所持品はゼロだ。


 ……いや、やっぱりなんで昼なんだ?

 

 そう、まずそこだった。時間も地形も変わっている。考えられるのは夢か、天国か。後者ならいい。

 

 混乱したまま立ち上がった瞬間、足元に響く地鳴りが、まるで地獄の鼓動のように僕を凍りつかせた。


「な、なんだ!?」


 鉄球を落とすような重量感のある音が森の奥から響いてきて、どんどん近づいてくる。僕は目を丸くして立ち尽くすことしかできなかった。


「グォォォオ!」


 ──それは、咆哮を上げながら森を破って現れた。


 木をなぎ倒し、大地を踏み散らかして姿を現したのは、腐った肉塊のような体色をした異形の怪物だった。


 ゴツゴツと隆起した筋肉に覆われたその体は、一歩踏み出すごとに地面がめり込んでいくほど大きくて重い。首は丸太のように太く、顔は理性のかけらもない凶暴な表情で歪んでいた。目は鋭く、歯が砕けそうなほどきつく食いしばった口の端からは、怒りを帯びた呼気が蒸気のように噴き出していた。


 腕は人間のそれの三倍以上。拳はまるで石槌。

 その拳が振りかぶられ、次の瞬間、地面に叩きつけられた。

 衝撃で地面が割れ、土が飛び散る。知性の欠片も感じない。そこにあるのはただ、潰すためだけに存在する暴力の塊。


 そしてその視線が、僕をしっかりと捉えていることに気付いた瞬間──怪物は猛獣のように吠えながら僕へと突進してきた。


「う、うわぁぁああッ!!」


 怪物には及ばないものの、ここ最近で僕が出した声の中ではダントツで大きな声だった。僕は半ば腰を抜かしながら逃げ出し、不意に地響きが止んだことを足元で察した。


 太陽の光が遮られ、目先の地面に大きな影が映る。


「ヤっバ!」


 ありったけの反射神経で僕は横に飛び退いた。そこに隕石でも降ってきたような勢いで怪物が跳躍交じりの拳を叩き下ろしてくる。地表が抉れ、轟音が空気を震撼させた。

 

 直撃は回避したものの、その衝撃と迫力に僕はそのまま転んでしまった。

 急いで起き上がろうとしたが、すでに怪物は目の前に立ちはだかっていた。


 日差しを背にしてこちらを見下ろす怪物が、息を荒くして拳を振り上げる。絶望的な影に包みこまれた僕は否応なしにこう直感するしかない。


 殺される……!


 しかしそれより早く、視界の横から疾風の勢いで現れた誰かが、怪物の横顔に飛び膝蹴りを食らわせた。逆光のせいでよく見えなかったが、それは少女だった。


 一瞬全裸と見間違えるほど、薄っぺらい布切れしか身に着けていない少女――。


 それがエリスさんだった。

 逆光でなければ腰布の下は丸見えだっただろう。


「はぁぁぁッ!!」


 今の一撃で大きくよろめいた怪物の胸倉目掛けて、エリスさんは気迫のこもった叫びと共に足の裏を突き出した。裸足のキックなのに分厚い筋肉の壁をも押しのける威力。怪物は仰向けに倒れ、地面の草が舞い上がった。


「お兄さん! ケガはない!?」 


 ピンク髪のツインテールを振って肩越しにこちらを見やるエリスさん。くびれのある汗ばんだ背中が何とも色っぽく、怪物が倒れた時に起きた風でエリスさんのお尻側の布がひらりと翻った。


 そこに僕の視線は吸い込まれる。


 強いとか、かっこいいとか、助かったとか、そういう感想より真っ先に脳内で爆発したのが、


(穿いてない──!?)


 これに尽きた。

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