森を抜けて
目を覚ます。
ということは昨夜はちゃんと眠りにつけたということだ、良かった。
あんな悶々とした気分の中でよく寝れたと自分を褒めたい。
そう思った矢先に視界いっぱいに飛び込んできたのは、白くて柔らかくて大きなエリスさんの胸の膨らみだ。
エリスさんは眠っている最中に何度か寝返りしたのだろう。胸に巻き付いたブラ代わりの細い布が、あと一ミリずれたら中心の部分が見えてしまいそうなほど危うい位置までズレてきていた。
「わわわっ……!」
僕は横たわったままズリズリと後退し――その反応でエリスさんが目を覚ました。
「んんっ……ふわぁ……」
ゆっくりと上半身を起き上がらせ、可愛らしく目を擦るエリスさん。そのまま上半身ののけぞらせて伸びをした。
股の前を隠している腰布が乱れるわ、胸の布が更にズレそうになるわで、僕は慌てて目線を遠くに投げた。
「エエエエリスさんっ! おはよう!」
「んっ……お兄さんおはよう」
和やかに言いながらエリスさんは自然な仕草で胸布と腰布を直す。お尻の辺りにくっついた草も手で払い、「昨夜は眠れた?」と尋ねてきた。
「ま、まぁね。おかげさまで」
「そっか、よかった。じゃあ出発しよう」
踊り子に寝起きの気だるさというものはないのだろう、エリスさんはさっと立ち上がった。僕の目の前で腰布がふわりとなびき、再び見えそうで見えないギリギリのラインを作り出す。
「そ、そうだね、行こう!」
僕も慌てて立ち上がる。今日も天気は快晴で、相変わらずむせ返るほど暑い。エリスさんはすでに汗ばんでおり、早速朝から色っぽさを振りまいていた。
だから気づくのが遅れた。
(夢じゃなかったんだな……)
目が覚めたら現実世界のベッドの上――のようなことは起きなかった。
昨日から始まった異世界での時間は、夢まぼろしではなかったということ。
「ほら、早く行こうよ、お兄さん」
そして――エリスさんも確かにここにいるということ。
「……うん、行こう」
短い腰布を揺らす踊り子少女の隣に僕も並んだ。
森の中を再び歩き始める。
目指すは……
「……その、なんだっけ。リュシーラ? ってどういう街なの?」
「大きな街だよ。人もたくさんいて、お店もたくさんあって、昼も夜も賑やか」
商業街のようだ。RPGだと二番目くらいに訪れる街だろう。
「その街にエリスさんは住んでるの?」
「そうだよ。そこの酒場で住み込みで踊り子やってるんだ。ステージに立つのは夜だけだけど」
「酒場で踊り子……あ、普段は本来の意味での踊り子さんなんだね」
「うん。クエストは毎日あるわけじゃないからね」
なるほど、普段は夜に酒場の踊り子をやっていて、クエストがあるときはこうやって外に出てモンスターを退治しているのか。
「その……踊るときもその衣装なの?」
「もちろん」
そうか、この姿でステージに立って、人前で踊るのに慣れているから、エリスさんは普段から恥じらいがないのか。
……いや、にしても恥ずかしくはないのか?
ステージの上で、昨日僕に見せてくれたような踊りを――あるいはもっと激しい踊りを――披露するとなると、こんな衣装じゃ少し動いただけで布がめくれて、大勢の観客に……。
いいや、僕は今異世界ファンタジーの中にいる。踊り子とはそういうものなのだろう。
僕が隣で黙々とあれこれ考えていると、しばらくしてエリスさんが声を上げた。
「森を抜けたね~」
気づけば木々の壁はなくなっており、視界が開けていた。
「おお……」
ぐっと世界が広がった気がした。今までは鬱蒼と生い茂る森の中をひたすら歩くばかりだったが、今目の前に広がっているはどこまでも広がる平原と、天高く抜ける青い空と、澄み渡った空気。
そばには街道が通っており、くねくねと緩やかに曲がりながら遠くに見える大きな街まで伸びている。それを指さしてエリスさんが「あれがリュシーラだよ」と言った。
「さ、行こ」
そう言ってエリスさんは街道に立ち、素足で歩き始めた。僕も隣につく。
決して近くはない距離に見えたが、今は長距離を歩くのが苦ではなかった。なぜなら、エリスさんの隣をただ歩くだけで色々と高揚するからだ。
(森とは違って、こういう普通の道を裸同然で歩くエリスさんの姿もまた……)
色っぽさが際立ってる。
森の中はまだひと目につかないし、隠されている感じがしていた。
しかし今エリスさんが歩いているのは、吹きさらしの道だ。
そんな場所を、エリスさんは胸元と、股の前後だけを薄手の布だけで隠して、裸足で平然と歩いている。
(このままあの街に突入するって、マジか……!)
今は前後に人の姿はないが、人とすれ違ったら当然エリスさんのあられもない格好は目撃されるわけだ。
見ているこっちが胸の高鳴りを抑えきれない。何なんだこの魅惑的な様は。
「でね」
一人動転している僕をよそに、エリスさんが話しかけてきた。
「エリス考えてたんだけど……もしよければ、お兄さんもその酒場に一緒に住まない? 家とかないんでしょ?」
「……ええっ!?」
その提案は、僕の頭を更に動転させる起爆剤になった。