水浴び
「さてと。じゃあちょっと川で水浴びしてくるね。さすがにこのまま寝たらベタベタしちゃいそうだし」
木の実を食べ終えると、エリスさんは腰布の紐を軽く持ち上げながら立ち上がった。踊り子らしいしなやかな動きに、いちいち視線が引き寄せられる。
すっかり日が暮れて、辺りは夜だ。
しかし月明かりがやたら明るく、視界は十分に利いた。……というかあれは月ってことでいいのか?
にしても、水浴び……宣言通り、やはり行くのか。
木の実は、かじりつくとプチッと口の中で弾けてぶどうのような甘酸っぱい味がとても美味だった。とかいう食の感想などどうでもいいとして、今僕の頭の中を占領しているのはエリスさんの水浴びシーンだ。
「お兄さんは本当に一緒に行かないの?」
行かないです! 行けるわけないじゃないですか! 逆に行っていいんすか!?
と、色々な返しが浮かんだが、
「あ、後で行くよ。うん。交代で」
「そっか。じゃあ何かあったら呼んでね。すぐ近くだから」
「う、うん……気をつけて」
エリスさんは僕に手を振ると、お尻にかかる腰布を軽快に弾ませて森の奥へと消えていった。
(……川、か)
ここの気候は昼も夜も蒸し暑く、じっとしているだけで汗が滲んでくる。ともすればエリスさんの服装こそが一番この世界(なんて言ったっけ? この星の名前……ああ『ネルギス』だ)に適していると言えた。
加えてエリスさんはオーガとの戦いとかで更に全身汗まみれだ。体を流したいと思って当然だ。
でも……エリスさんが、水浴び……。
(あの腰布って……たぶん、外すよな……。つまり今は……ついに一糸まとわぬ……)
ぐるぐると妄想が回り出す。
胸布や腰布を一枚一枚、脱いでいくエリスさんの姿。布の下の、あの滑らかな素肌、素足、背中、肩、うなじ。
冷たい水に肌を浸して、髪を濡らして……そのまま川辺に座り込んで、両手で水をすくい上げて、胸元にパシャっと……。
(――って、なに考えてるんだ僕は!)
慌てて頭をぶんぶんと振る。でも、妄想は止まらない。地面に体操座りし、余った木の実を黙って頬張る僕の脳内は、想像で忙しなかった。
月明かりに照らされて煌めく、エリスさんの濡れた白い体――。
川辺に腰を下ろしてくつろいでいたりして――。
頭から爪先までむき出しで、濡れしたたったその裸体はどこまでも艶めかしく、セクシーで――。
(うぉぉぉい! とめろとめろ!)
普通こういうときはあれだろ! 異世界に来てしまったことへの悩みとか、手に入れた異能に対する葛藤とか、そういうのを考えるパートだろ今は!
それなのに僕は何をずっといかがわしいことばっか考えてるんだ! そりゃ主人公覚醒パターンなんて来ないわ一生!
――しばらくして、足音が戻ってきた。
「ただいま~」
エリスさんが茂みから現れた。
濡れた髪が水滴を滴らせて、肩口に貼りついている。いつものふわふわしたツインテールが、今は艶やかに垂れていて、しっとりとした色気をまとっていた。
腰布と胸の布はつけ直していたけれど、肌は足先まですべすべしていて、水浴びの余韻がまだ残っている。
「すっきりしたぁ……。はい、いいよお兄さん、行ってきて」
「う、うん。じゃあ……」
よし、寝るところまでスキップしよう。誰も僕の水浴びシーンなんて望んじゃいない。