野宿に向けて
そうして僕たちは、森の中に比較的開けた場所を見つけた。
「ここなら寝れそうだね。広いし、地面も平らだし」
エリスさんが言うように、キャンプするにはおあつらえ向きの場所だ。日は陰りつつあるから、野宿の準備をするなら急いだ方がいい。
「と言っても、野宿ってどうするの? 僕たち手ぶらだけど……」
もちろんエリスさんは所持品どころか布切れしか纏っていないのは言うまでもない。僕だってライターやナイフの類は持参しておらず、野宿の準備と言っても何をすればいいのやら。
「僕ら、テントとか持ってないけど……」
聞くと、エリスさんは手をひらひらと振った。
「テント? ないない。ここに横になって寝るだけだよ。地面には草が生えてて柔らかいし、気温だって寒くないでしょ?」
確かにこの世界はやけに蒸し暑いから、野外で寝ても風邪を引くということはないだろう、が。
「こ、このまま地面に寝るのかい……じゃあ焚き火とかは?」
「暗くても気にならないけどなー。お兄さんは暗いと怖い?」
「あ、いや……じゃあその……食べ物の調達とかは?」
「踊り子ってあんまりお腹空かないから、エリスは食べなくても平気かな。お兄さんはお腹減った?」
つまりエリスさんの言う野宿とは、開けた場所にそのまま横になって寝て夜を明かすだけ、という意味なのか。僕が――というか現実世界でイメージするような野宿とはだいぶかけ離れており、僕は苦笑を漏らした。
「はは……な、なるほど……」
なかなかにワイルド。いや、確かにこれまでの立ち振る舞いを見るからに、踊り子とはかくもたくましいものなのだろう。エリスさんにとってはクエスト中に夜を明かす事になったらいつもこうしているに違いない。
――郷に入っては郷に従え、だ。
この異世界で、しかも半裸の女の子が森の中で寝れると言っているのだ。僕だってそれに倣うしかないだろう。
「よ、よし、じゃあここで寝よう」
決意し、僕は同意を示す。途端にお腹が鳴ってしまった。
「あ……」
エリスさんが小さく笑う。
「やっぱりお兄さんはお腹減ってるよね。うん、いいよ。じゃあ何か食べ物を探そうか」
「ご、ごめん……」
異世界転生で乗っけから色々ありすぎて、思いのほか空腹になっていたようだ。
「いいのいいの。……あっ、あの木の上、何か実がなってるよ」
そう言って、エリスさんはふと近くの木を見上げた。
幹の途中に赤く熟れた実がいくつか見えている。フルーツのようだ。大きさはりんごくらいで、柔らかそうだ。
「美味しそうだね。でもちょっと高いところにあるね」
「エリスが取ってくるよ。お兄さんは待ってて」
「えっ、いいのかい?」
僕は木登りなんてしたことがなかったが、かといって女の子に任せていいものか。しかも、その――こんなひらひらな腰布を纏った女の子に……。
「ちょっと試したいこともあってさ。お兄さん、また癒掌術をエリスにかけてみて」
「なるほど! エリスさんをパワーアップさせれば、木の実のところまでひとっ飛びってことだね」
「その通り」とエリスさんは頷く。よし、そういうことなら罪悪感も軽くなる。
「じゃあ……失礼しま~す」
僕は緊張しつつエリスさんの肩に再び手の平を乗せた。何度やっても彼女の体に触れるのは慣れそうにない。
「あ……んっ!」
エリスさんが悩ましげな声を上げる。肩を震わせ、腰をくねらせ、目をとろんとさせる。
「あんっ……! そ、それ……そこ……ぉ……っ! ひんっ……!」
「エ、エリスさん……!」
エリスさんは短い腰布を揺らして身悶えている。
改めていうが、これはバフによる高揚感による反応だ……!
「いいっ……んんっ……! そう……あぁんっ……!」
一体どんな感覚に苛まれているのかわからないが、これでは間違っても街の中ではやれないな……。
ひとしきり撫でたあと、僕はそそくさと手を引っ込めた。エリスさんは熱い吐息を漏らしながら、前かがみになって僕を見上げた。
「ふぅっ……ふぅっ……ありがと……お兄さん……!」
僕としては何かを齎している実感は全く無いのだが、とりあえずこれでエリスさんにバフはかかったはずだ。
「よし、じゃあ……っ」
エリスさんは実がなっている木のところへ行き、裸足で地面を蹴って思い切りジャンプした。
――が。
一般人よりはもちろん高いジャンプ力だったが、それは元々のエリスさん自身の跳躍力に見えた。一番低いところの枝まで届かず、腰布が翻ってエリスさんの丸いお尻が垣間見えただけだった。……いやそれだけで十分だ。
「ふぅむ」
エリスさんは軽く息を吐き、今度は木の幹に掌底を打ち込んだ。
ドォン! と大きな音を立てて木が揺れた。小柄な少女が発した威力とは思えない衝撃だったが、エリスさんとしては倒木を目指していたのだろうか、手応えのない表情をしていた。
「エリスさん!」
僕はエリスさんに駆け寄った。
「なんか変だね。僕のやり方が間違っていたのかな」
エリスさんはツインテールを揺らして首を振った。
「ううん。やっぱりね。お兄さんの癒掌術は、たぶん元気なときにかけても効果はほとんどないんだよ」
「えっ?」
僕は驚いたが、エリスさんは冷静に分析しているようだった。