癒掌術
「癒掌術?」
「そ。名前を付けるならね。触れた相手を癒やして奮い立たせる手ってこと」
今しがたエリスさんが口にした通り、僕の手の平には不思議な力が宿っているらしい。もちろん僕にはそんな自覚などなかったが、どうやら触れた相手を回復させたり、強化させたりする効果があるようだ。
いわゆる、『バフをかける』というやつだ。
さっきのエリスさんの色っぽい反応は、バフによる高揚感から来たものとのこと。なんとも紛らわしい。
だからオーガに打ちのめされたエリスさんに触れたとき、その効果が発動してエリスさんを復活&パワーアップさせたのだ。
いやだったらもっと魔法っぽく光とか音とか出てくれよ。
ただ撫でるだけで効果発動だなんて、能力の見た目が地味すぎるだろ。
この辺が何とも珍妙な能力だが、それでもエリスさんはにこやかに言った。
「そんなの関係ないよ。お兄さんの力でエリスは助かったんだから。本当にありがとう。お兄さんがいなかったら、エリスやられてたんだから」
僕の方こそ守られてばかりで感謝しかないが、僕を守ってくれているエリスさんを少しでもサポートできるのであれば嬉しい。
僕とエリスさんはオーガを倒した森の広場から再び歩き出していた。耳慣れない名前で、かつ言いづらい文字の並びですっかり記憶から消えていたが、なんちゃらという街にこれから向かおうというところだった。ル? リュ? リュシーラだ。
「エリスの身肌集中と、お兄さんの癒掌術があれば、向かうところ敵なしだね」
上機嫌にピンク髪のツインテールを弾ませるエリスさん。
相変わらず細い胸布と薄手の腰布だけで森の中を進むエリスさんは、相変わらず隣の僕の意識を無自覚のうちに引き寄せている。オーガ戦と、先程の肩撫でですっかり体力が戻った彼女の裸足の足取りは軽い。
「でも、いつの間にこんな力を手に入れてたんだろう……?」
僕は自分の手を見つめた。地面を踏みしめるエリスさんの艶めかしい素足と、太ももの上の方でひらひら揺れる腰布から目線を剥がすためでもあるが、癒掌術を手に入れたきっかけに全く覚えがないのも気になるところだった。
「異世界転生のときに勝手に身についたんじゃないの? ほら、なんか色々体の特性とか変わりそうだし」
「そういうものかな。でも、だったらなんのために……」
異世界に飛ばされてきてから、今のように森を歩くことしかしていない。思い当たるきっかけや理由など皆無だ。
「どうやら自分には効かないみたいだ」
何気なく自分で自分の手を揉んでみたが、なんの異変も起きない。
オーガ戦でエリスさんが倒れたときとか、さっき試しにエリスさんの肩に触れたときとか――その時思っていたことはエリスさんを助けてあげたいという気持ちだ。そういう感情も必要なんだと思う。
「じゃあ他の人にだけ効果が現れる力なんだね」
「僕自身は強くなれないのか、残念」
「お兄さんが強くならなくても、エリスが守るから大丈夫だよ!」
「ははっ……ありがとうエリスさん」
年若い女の子に引き続き保護されるのは大人の男として何ともいたたまれないが、エリスさんのこれまでの圧倒的戦闘力を鑑みると素直にお言葉に甘えるしか無かった。
いつの間にか日が傾いてきていた。光る湖越しに異世界転生してから、オークに襲われ、エリスさんに助けられ、休憩がてら踊りを見せてもらい、もう一度オークに襲われ、なんだかんだしているうちに夜が近づいてきていた。森からはまだまだ抜けれそうにない。
――待った。
今ざっと振り返ったときに、それっぽい瞬間があったことを思い出した。
「そういえば……異世界転生のときに僕はあの湖の中に飛ばされたんだけど、そのとき湖がめっちゃ光ってたんだよね。僕は溺れて死んでいた、あるいは死にかけていたはずなんだけど、目が覚めるやいなや水面に急浮上して岸まで泳ぐことができたんだ」
「え、湖が光ってたの?」
「うん。異世界転生のワープの光か何かだと思って特に気にしてなかったんだけど、今思えばあの光が僕を蘇生させたのかもしれない。だからその力が僕に宿った、みたいな?」
「へーすごい! なんか奇跡って感じがするね!」
エリスさんは飛び跳ねるように喜んでいる。腰布がめくれてしまうから一旦落ち着いて……。
「え、じゃあエリスもその湖に飛び込めば同じ力を得られるってことかな? 戻る!?」
「あー……それが、湖の光は消えちゃったんだよね。なんか枯れたような感じだった」
「つまり湖の力を全て吸収して、お兄さん自身が湖のパワーを得たってことか。すごいよお兄さん! 唯一無二の存在じゃん!」
本当に純粋に喜んでくれているエリスさんは、もう僕が会話するのももったいないほどいい子で可愛い。癒掌術を得たことはもちろんすごいことかもしれないが、僕にとってはエリスさんに出会えたこと自体がとても大きな恩恵だった。
だから、もし僕に治癒の力があるなら、エリスさんが戦いで痛み傷ついたときは、またすぐに治してあげたい。
「まだまだこの力のことはわからないけどね。今のところ触った人を回復させて強くさせるっぽい力、くらいしか」
「まぁそうだね。あと、やられた方はすごく……その……っ」
後半で口ごもりながらエリスは頬を赤らめた。腰布の下の太ももをもじもじとこすり合わせる。
僕も赤面し、話を逸らすことに努めた。
「と、ところでそのリュシーラっていう街、まだつかないのかな? そろそろ辺りが暗くなり始めてきたけど」
「あ、ごめんね。本当はとっくに森を抜けてるはずなんだけど、色々あったから結構時間かかっちゃった。だから今夜は野宿かな」
「あー、野宿か。そうだね、そうしよう」
……野宿!?
エリスさんと二人きりで一泊!? しかも野外で!?
一瞬本当に心臓が飛び出たのではないかと思うくらい、胸が跳ね上がった。