踊り子エリス
「どうしたの、お兄さん? まだちょっと緊張してる?」
柔らかく澄んだ声で呼びかけられたが、正直目のやり場に困る。
(そんな格好をされたら、そりゃ緊張もしますって……!)
異世界に来てまだ三十分程度。
森の中、汗ばんだ白く艶めかしい体のたった二箇所だけに布切れを纏っている少女が、僕の隣を歩いている。
二箇所とは……胸と、股の前後だけ。
安心感を抱かせる優しい声音と話し方なのに、少女自身の際どすぎる服装のせいでこっちとしては全く落ち着かない。なにせ胸も下半身も、ほとんど丸見えなのだ。異世界転生の動揺よりも、彼女の過激すぎる露出度に僕は今困惑している。
未だに信じられない。この少女はこんな格好で戦ったのか。さっきのあの凶暴なモンスターと。しかも素手で。
「あ、いや、大丈夫! ありがとうエリスさん」
僕は赤面しつつ慌てて目を逸らす。彼女の名前は先ほど聞いたものの、年齢は多分高校生くらいかなという予想しかない。となると僕より六歳ほど年下になるが、出会ってまだ間もない初対面の女性なので自然と『さん』付けになってしまう。
「心配しないで。また怪物が現れても、エリスがやっつけるから」
短めのピンク髪のツインテールを揺らし、エリスさんは健気な笑顔を見せた。
「わ、わかった。ごめんね、守らせちゃって。さっきの戦いも大変だったでしょ?」
「まぁ、ね。でもあんなのいつものことだよ。お兄さんはエリスのそばから離れないでね」
優しい声音に乗ってふわりと投げかけられる献身的な言葉。凹凸と曲線が悩ましいほどに魅力的な体つきをしているのに、一人称が自分の名前というのが幼気が残っていてまた可愛らしかった。
「『いつものこと』なんだね……すごい……」
「エリスは負けないから大丈夫。お兄さんは安心してついてきて」
僕のことを『お兄さん』と呼んでいるのは見ず知らずの男性への一般的な呼び方だ。僕の名前は先ほど名乗ったが、別に今の呼ばれ方でも問題なかった。
いやそれよりも今問題なのはエリスさんの『服装』だ。
僕は逸らした顔の向きはそのままに、目だけを隣にチラチラ向けてエリスさんの装いを再確認する。
まず、豊満な胸を隠しているブラ。と言っても胸全体をしっかり覆うようなものではなく、薄くて細長い布を一回ねじって胸に巻き付けているだけのような、肩紐のない非常に簡素な胸布だ。あまりに細い形状のため、エリスさんのたわわな胸の膨らみの上下部分は完全にむき出しになっている。
(こんなの、少しズレたらアウトだぞ……!)
続いて腰の下側の方、ほぼお尻に差し掛かりそうな高さのところに紐のような金色のチェーンが巻かれており、そこからエリスさんの股の前後だけを隠すように布が垂れ下がっている。胸布と同じ水色で、その長さは膝よりも上、肉感のある太ももの真ん中程度までしかなく、本当に必要最小限の部分のみを覆っているだけだ。
(隠す気がなさすぎるだろ……この布……!)
腰布の軽さと薄さ、そして小ささゆえ、エリスさんが普通に歩いているだけで布がひらひら揺れてしまう。その『見えそうで見えない』というスレスレ感が、僕の理性を狂わせる。
(……やっぱり穿いてないよな……どう考えても……!)
作り的に見て、股下は下着類でカバーされていない。本当にただ腰の前後に薄布がぶら下がってるだけだ。つまり布が捲れでもしたら、あとは隠してるものはない。
羞恥の塊みたいな服装なのに、エリスさんには全く恥じらいがない。まるでこの姿でいることが至極当たり前であるかのように。
「お兄さんは足疲れてない? こういうところを歩くの、慣れてなさそうだけど」
「えっ? あ、うん、まだ平気だよ。それよりもエリスさんこそ……」
エリスさんは靴も履いておらず、裸足だ。今僕たちが歩いているのは草木が生い茂る道なき森の中なのに、エリスさんはしなやかな素足で平然と歩いている。だから僕は気に掛ける言葉を飲み込んだ。聞くだけ野暮というやつだ。気温は蒸し暑いくらいだけど、きっと寒くても平気な顔をしていそうだ。
一方の僕は、白いTシャツに黒いチノパンに紐のないスニーカーという、特徴のかけらもない装いだ。それでもエリスさんよりは森の中を歩くには難のない服装であるため、素肌むき出しの少女の横でなんだか勝手に申し訳ない気持ちになる。
「あの……またいつどこからモンスターが現れるか分からないのに、不安にならないの? その……そんな軽装で」
「ふふっ、さっきも言ったでしょ? むしろ逆で、素肌をさらしているからこそ、周囲の危険を瞬時に察知できるんだよ。踊り子ってそういうものなの」
にこやかに言うエリスさん。
そう、エリスさんは踊り子だそうだ。今は柔和な物腰だが、戦いとなると凄い気迫で果敢にモンスターに立ち向かう。それは先ほど目の当たりにしたばかりだ。
他にエリスさんが身につけているものは、両手首と両足首にそれぞれ付けられた緩めのブレスレットとアンクレットだけだ。いずれも色は金色で、つるっとした至ってシンプルな形状のもになっている。
現実世界なら、人に見られたら色々な意味で一発アウトになる格好だが、僕が今いるこっちの世界では、踊り子としてあり得なくはない服装なのだろう。そう自分に言い聞かせ、納得させることは、今の僕にはさほど難しくはなかった。
なにせつい三十分前に、就職難で自殺を望んで湖に転落し、次の瞬間異世界に飛ばされて、突然化け物が現れたと思いきや、半裸の踊り子少女が現れて、激しい肉弾戦の末怪物を素手で倒した、というあり得ない体験を立て続けに味わったばかりなのだから。
もう一度エリスさんとの出会いを回想しよう。
エリスさんがこの服装で巨大な怪物と戦ったシーンだ、何度でも思い出す価値がある。