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03-02


「あー・・・お嬢さん、一つ尋ねてもいいかね?」

「ええ、答えられることならば、ね」


キールは、こめかみに手を当てながらエマに問いかけた。


「まさかとは思うが、君、ここに住んでいるとは言わないよな?」



キールはエマに買われ、半日をかけて、とある場所までやってきた。


「ここよ」と彼女が指し示したのは、洞窟だった。

あまりにも想定外な場所に思わずキールは、そう尋ねた。


洞穴の中には野営用に使う寝袋が一つ置いてある。つまり、ここで彼女が寝ているということか?


新たな主人となったエマと互いに自己紹介をした時、エマがファミリーネームを名乗らないところから、訳ありお嬢様なのだろうと想像した。


だが、この状況はキールが想像した“訳あり”をはるかに超えていた。

どう考えても、奴隷を買うような裕福さの欠片も感じない。

住まいと言っていいのか、謎すぎる。


きっと、あれだ。

人間という種族の中には、“ぱーりーぴーぽー”という陽気な種類がいると聞いたことがある。

特定の場所に集まって陽気な行動をとるらしい。

自分は、その集まりの出し物か何かの一部にされようとしているのでは?

品がよく物静かそうな娘だが、実は違うのかも知れない。

まぁ、そんなことはないだろうと思いつつ、キールは何と彼女が答えるか注視した。


「ここが住まいよ。

まぁ、わたくしも昨日ここに来て、住まいと決めたばかりなの。

住まいと呼べるほどのものは、今は何もないけれどね。」


何もない。

本当に何もない。

何の変哲もないただの洞窟だ。

種も仕掛けもない洞窟に見える。


キールは思わず、手で顔を覆った。


奴隷の身分のため主を選べないが、これはあんまりだ。

悪い娘ではなさそうだが、衣食住はまともに提供してもらえないだろう。

これでは、早々に奴隷商に売り戻されるだろう。

まだ、ぱーりーぴーぽーの方がマシだったか。



ピコン!


ピロリロリン!


聞いたことのない音が洞穴から聞こえた。

そして、洞窟の奥から、パチパチと拍手する音が反響してきた。


「お帰りなさい、エマ様!

そして、おめでとうございます!


ダンジョンのレベルが上がりました。

初めてのダンジョン侵入者により特別ボーナスとして経験値が贈呈されました!

それに伴い、ダンジョンレベルが一気にレベル3まで上昇です。

侵入者のレベルが高ければ高いほど、もらえる経験値は大きいのですが、

どうやら彼はそこそこレベルが高いようですね。」


「こいつは、誰だ」


嗅いだことのない変わった匂いのするワイズを警戒し、威嚇するように低い声でキールは尋ねた。


「彼は、ワイズというの。

それとワイズ、キールは侵入者じゃないわ。

私の従者よ。」


「エマ様にとってはそうでしょうが、このダンジョンにとっては侵入者判定です。


彼を仲間とみなすには、ダンジョンマスターの従者“使人(シジン)”となっていただく必要があります。

つまり、このダンジョンのために侵入者と戦ったり、もしくは運営に携わったりする召使いですね。」


「おい、おい待て。

ここはダンジョンの中、なのか?」

「ええ、そうよ。」

「そして、君がこのダンジョンの主、だと?」

「ええ、昨日から」

「何かの冗談かね?」

「真実よ。」


「エマ様、せっかくですから彼にダンジョンの中と外を往復して頂いたら、いかがでしょうか?

今回は初めての侵入者ということで、侵入時に特別に経験値を獲得しました。


しかし本来ならば、侵入者を殺すか、追い払う、もしくは侵入者の所有物を獲得することでしか経験値はもらえません。

彼は、レベルが高いようですから何度か行き来してもらえば、ダンジョンのレベルがあと数レベル上がると思いますよ。」


「いい考えね。

キール、ダンジョンの中と外を良いというまで出入りしてくれる?」


「初めての命令がそれかね?

まあ、ご主人様の命令ならば従わざるを得ないな」


何人かの主人に仕えたことはあるが、こんな荒唐無稽な命令は初めてだった。



☆★☆


「もういいわ、中に入って休憩してちょうだい」

「ああ」


キールのおかげで、ダンジョンレベルがあっという間に10となった。


「君、ダンジョンのレベルが上がれば、それだけ侵入されるリスクが高くなるのはわかるだろう?

君は、ダンジョンの主として人を殺したりして生活したいのか?」


キールは、地べたにドサッと座りこみながら、エマに問いかけた。

大事な質問だ。

彼女を主人とするかどうかの。


「いいえ、人を殺すつもりはないわ。」


「ならば何故、ダンジョンの主などやっている?」

「人助けよ」

「人助け?」

「ええ、ワイズの故郷の魔界がマナ不足で大変らしいの。

ダンジョンがあれば、それが少しは解消するんだって」


「待て、そんな話を信じるのか?

魔界、そんなものがあると?

行ったことはあるのか?」


「ないわ。

でも、ダンジョンの力は普段わたくし達が使うような魔法とはまた別の技術。

もしかしたら、魔界があるのかもしれない。」


「だが、あったとして、なぜそいつの言葉を信じる?

嘘かもしれないぞ。

魔界とやらから、コイツみたいな胡散臭い奴らが大勢出てきて、この国を乗っ取るつもりかもしれない。」


「嘘かもしれない。

でも、彼はわたくしに助けてほしいと言ったの。

貴族として、困っているものに手を貸すのは務め・・・・まあ、もう貴族ではないけど。」


ただの世間知らずのお人好しか、キールは心の中で落胆した。


「って、格好いいことを言ったけれど、理由としては半分ってとこね。

もう半分は、このダンジョンを利用してやろうと思って」


「利用?」


「そ、このダンジョンを使って、わたくしをこの地においやった奴らを見返してやりたいの!


わたくし、不貞を働いた上に、とある女学生をいじめたって謂れのない罪で流刑になったの。

罪に対して、流刑はどう考えも重すぎる。

半年間、命懸けでモンスター退治をして、

よくやく落ち着いたから、久しぶりに婚約者の所へ行ってみれば、婚約破棄からの流刑って、何!?


本来は国のために、モンスター退治に従事した身を労うものでしょう?

それどころか、自分は安全な場所で新な婚約者を見繕ってるってどういう神経してるの!?


だからね、一体誰を捨てたのかって思い知らしめたいの。

もちろん、ダンジョンがなくったって、この身一つでギャフンと言わせるつもりだったけどね!」


エマは、ふふん!と自信満々に胸を張って言い切った。


そう、あの時エマは確かに素直に王子に従った。

だが、この可笑しい処遇を許しているかどうかは、別問題である。

流刑地に到着するまでの馬車の中、王子にどうギャフンと言わせてやろうか考えに考えていた。


そんな時に、ダンジョンマスターになれるというのは、エマにとっては渡りに船であった。

平民の身で王子に対抗する手段など、そう多くはないのだから。


「くっ、ハハハハハっ!!」

「何か可笑しなことを言ったかしら、わたくし」


「いや、失敬。

顔に似合わず雄々しいことを言うものでな、つい。

人助けだけの理由だったならば、早々に君を見捨てていたが・・・・・

どうもなかなか、君はずいぶんとじゃじゃ馬なんだな。

道理で年頃の娘で、かつ育ちの良さそうな君が洞窟の中、寝袋で眠れるわけだ。

全く、頼もしいほどの図太さだ。」


「図太いは余計よ。

まあ、普通のお嬢様だったら、無理でしょうね。

人生に絶望して儚く散ってしまってたかも。

それで、わたくしはまだ、あなたに見捨てられていない、という理解でいいのかしら?」


「あぁ、そうだな。

君がただのお人好しの世間知らずのお嬢様でないとわかった。

君はなかなか面白い!

どうギャフンと言わせるのか興味が湧いた。

君に仕えるとしよう」


「わかったわ。よろしくね、キール」

「あぁ、主」

「さて話がまとまったところで、彼を使人に設定致しましょう。」


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