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(恋、か・・・。)
「キール様、集中してください」
「っ、すまない!」
キールは、伯爵の屋敷のメイド長から紅茶の美味しい淹れ方を教わっている。
事の発端は、エマがこの屋敷で生活し始めた頃、
「久しぶりにこんなに美味しい紅茶を飲んだわ」
と、言ったことだ。
キールは、この言葉に少なからずショックを受けた。
今まではずっと、キールが紅茶を淹れていた。
キールだって、美味しい紅茶を淹れていたつもりだ。
長年奴隷として暮らしていて、紅茶の淹れ方だってバッチリだ。
それなりに自信があった。
確かに、この伯爵家の紅茶は非常に美味しい。
たが、それはきっと茶葉が高いせいだ。
自分だって、この茶葉で淹れれば、きっと・・・。
影でこっそり淹れてみた。
が、
(何故だ、あれほど美味しくはない)
キールは、素直に敗北を認めた。
エマに美味しいと言われたいがため、メイド長に教えを請うことにした。
もちろん、エマには内緒で。
しかし、バーニーにはバレてしまい、
「あらン、キールちゃん。
エマちゃんに自分が淹れた紅茶が一番美味しいって思われたいのねン。
いいわねン!
恋ね!
素敵!」
と言われた。
(これは決して、恋なんて浮ついた理由ではない。
自分のプライドの問題だ。
恋というのは、この間のあのイワンとロナのようなポワポワした感じのものであって・・・)
「キール様、また心此処にあらず、ですよ?」
「す、すまない!」
まだまだエマに美味しいと、言われるのは先になりそうだ。
キールは気がついていない。
主人のために率先して人に教えを請うのは、今回が初めてだってことに。
これは、真に仕えるべき主人を見つけたことによるものなのか?
はたまた、バーニーの言う通り恋なのか?
今はまだ、誰も知らない。
しかし、一つ言っておこう。
本来のキールは、餅は餅屋で、という性格だ。
紅茶が美味しく淹れられる者がいるのに、敢えて自分ができる必要はない、非効率的だと考える。
これは、一体どういうことなのか?
今は、まだ誰も知らない。