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「う"ーん」
一人の少女は、テーブルに突っ伏して唸り声を上げていた。
「もうっ、ロナ!
いい加減に動きなさい!
お母さんを手伝ってちょうだい。」
ダンジョンエリアに組み込まれた街に住むロナは、悩んでいた。
それは少し前の出来事。
街はダンジョンエリアに組み込まれ、砂漠地帯から森へと変化した。
大人達は怖がっていたが、街の子どもはというと初めての森にワクワクしていた。
ロナもその一人だ。
街を飛び出して、森の中で鬼ごっこや隠れんぼ。
砂漠では出来なかった遊びを毎日楽しんでいた。
そんなある日、ロナは一人森の中に探検しに行った。
友達と秘密基地作りをする予定だったから、ぴったりの場所を見つけてやろうと、どんどん森の奥深くまでロナは来てしまっていた。
気がつくと、帰り道がさっぱり分からなくなっていた。
「もーっ、ここどこ!?」
ロナは、思わず森の中で大声を出してしまった。
誰も聞いていないと思ったから。
しかし、
「どうしたの、迷子?」
(!!?)
急に、空から翼の生えた男の子が降ってきた。
ロナは、彼が自分と違う種族だとわかった。
「ひっ、じゅ、獣人っ!こ、来ないでっ!!」
お母さんから聞いてる。
獣人は、人間になりたくて人間を食べるんだって!
私、食べられちゃう!
ロナの街には、奴隷市場があり獣人の姿形はよく知っていた。
何故獣人が人間とは姿が違うのか奴隷商人にロナが尋ねると、
彼らは前世で悪い事をしたから、人間になれなかった。
そして、人間の元で働く事で、来世は人間になれる。
しかし、獣人の中には、人間を食べることによって人間になろうとする者もいる。
人間を食べれば、もう二度と人間になれる事はないというのに、残念ながら獣人にはそう言った知恵がない。
ロナは、そう聞いていたから、獣人が怖くてしかたがなかった。
だが、男の子はニッコリと笑い、
「ここは、僕達の集落の近くだよ。
街には、真っ直ぐ向こうに行けば着くよ。
一緒に行こうか?」
と、ある方向を指差してそう言った。
きっと付いてきて、私の家族も食べるつもりなんだ!
「だッ、大丈夫っ!」
ロナは、逃げるようにその場を去った。
しかし今思えば、あの男の子はとても親切だった。
(私、とっても嫌な態度をとってた。
本当はありがとうって言わなければいけないのに。)
ロナは、それからというものずっと悶々としている。
「ロナ、お買い物にいって来てくれる?
トマトを三個、買ってきてちょうだい」
「はーい」
相変わらずロナは、悶々としながら街の中を歩いていた。
「おじさーん、トマト3つちょーだーい」
「あいよぉ!」
街は、侵略されてから市場に活気が溢れていた。
新鮮な果物や野菜が、手頃な価格で、しかも美味しいものばかりが大量に並ぶようになった。
それに伴い、売買も盛んになり、人々の往来が増えたのだ。
今までは新鮮なものなど、なかなか手に入らず、干からびてシワシワになったものばかりをロナも口にしていた。
それが、今では毎日みずみずしい野菜や果物が食べられるようになったのだから、生活は良くなったのだろう。
「おじさんっ、今日採れたての果物、ここに置いておくねっ!」
「おぉっ、イワン!
昨日の野菜も好評だったから、午前中には売り切れちまった。
次は、もっと持ってきてくれ。
そら、これが今日の代金な!」
「分かった、毎度ありー!!」
「あっ、あなた!」
ロナは、果物がいっぱい入った木箱を運ぶイワンと呼ばれた少年に見覚えがあった。
だって、悶々としている相手そのものだったから。
「あれ、君、この間の迷子の子。
良かった、無事に帰れたんだね」
ニッコリ笑ったイワンに対して、ロナは何て言おうかと口をパクパクさせていた。
「知り合いかい?
なら、ちょうど良い。
イワン、果物やるからその子と一緒に食べてから帰りな!」
「ありがとう、おじさん!
行こう、えーっと・・・」
「ろ、ロナ、よ!」
「僕は、イワン!
行こう、ロナちゃん!」
二人は、大木の下で貰った果実にかぶりつきながら話をした。
どうやらイワンはロナがいつも買っている店に野菜や果物を卸しているらしい。
しかも、その野菜等は、全てハヤブサの獣人達が作ったというではないか。
「美味しくて安いから、あのおじさんの店でいつも買ってるの。」
「本当?嬉しい!」
「本当は、もっと色々なところに商品を卸したいんだけど、獣人ってだけで嫌がられちゃうんだ。」
「そうなの」
確かに、野蛮な種族という印象が強い獣人が作ったものとなれば、売れないのかもしれない。
「それか安く買い叩かれちゃう。
だから、おじさんのとこだけと取引してる。
あのおじさんは、ちゃんと適正な価格で買ってくれるんだ。
本当に有り難いよ」
「適正な価格・・・」
ロナは、考えてしまった。
適正な価格って何だろう?
「あらン、種族を超えた恋が生まれようとしてるのかしらン?
す・て・き!!」
「ひっ!!」
「あっ、バーニーさん!キールさん!」
ロナの引きつった声は、イワンの声でかき消された。
目の前には、恐ろしいモンスターがいるのにイワンは挨拶してるじゃないか!
「ロナちゃん、この方はバーニーさん!
エマ様の部下でこの街を管理している方だよ!
そしてこちらキールさんは、エマ様の一番の部下なんだよ!」
「は、初めまして」
「ご挨拶が出来て偉いわねン!
バーニーよン!」
エマと言ったら、この街を侵略した人だ。
その部下の人。
怖い人。
いや、イワンは全く怖がってない。
ロナは、イワンを怖がった事でずっと悶々していたのを思い出した。
見かけで判断しちゃだめ!
「ロナちゃんは、適正な価格について考えていたようねン。」
ロナはコクリと頷き、イワンは頭を傾げた。
「だって、おかしい。
この辺にある新鮮なお野菜は、きっとイワン達のお野菜でしょ?
でもイワンから直接買ってるのは、あのおじさんだけ。
それなのに、この辺にはたくさん新鮮なお野菜が売られている。
それも、おじさんの所よりも高値で!
それっておかしなことじゃない?」
「あら、ロナちゃん、とーっても、賢い子ン!
そう、可笑しいのよン!
その仕組みはね、イワンと取引しているお店から野菜を買い取って、自分の店で売ってるのン。
いわゆる転売ねン。
利益を出すためにおじさんの店よりも高値になるのよン!」
「どうして?イワンから買えば、もっと安く新鮮な物を買えるのに・・・」
「本当よねン。
それは、差別というものよ。
獣人から直接売買をすることを嫌がっている愚か者が多いってこと。
本当に馬鹿げてるわン!!」
ロナは、イワンをみた。
イワンは、少し悲しそうに笑った。
「仕方ないことだよ。」
その言葉に何故かロナは、ひどく傷ついた。
それに、イワンの悲しそうな顔にどんな言葉をかければいいのか、ロナはわからなかった。
だけど、ロナは一つだけイワンに伝えたい言葉を持っていた。
「イワン、この間、迷子の私を助けてくれてありがとう!」
イワンは笑った。
今度は、嬉しそうに。
「どういたしまして!」