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伯爵家の執事長オズは、数日前に人生の岐路に立たされた。


伯爵は、前伯爵が亡くなって以来、一度も伯爵領を訪れていない。

前伯爵も領地に顔を出すことが少なかったが、現伯爵はそれ以上だ。

もう十数年、伯爵の顔を見ていない。


オズがこの家に仕えてもう40年近くになるだろうか?

執事長としては、20年を越えるくらい。

その中でもオズにとって、数日前の出来事は一番衝撃的だった。




数日前。



「執事長、執事長にお客様がいらっしゃっております。

中にお通ししてもよろしいでしょうか?」


「私に?」


オズは今日の予定を思い出すも、誰とも会う予定はなかった。

だから、また借金の督促に来たのだろうと思った。


「わかった、応接室へお通ししろ」



この伯爵領の半分以上は、砂漠地帯。

国に納めるための税は、農作物か現金。

不毛地帯であるためにほとんどを現金で支払っている。

もちろん、不毛地帯で且つこれといった資源もないため、ある程度はそれを考慮して税を安くして貰っている。

気候変動のせいか砂漠地帯が年々広がりを見せ、気づけば領地の半分以上が砂漠となった。

以前から納税はギリギリだった。

それなのに伯爵は領地に戻りもせず、王都で豪遊して金をせびる。


オズは、領地の管理を長年任されていた。

どうにかこうにか金の工面をしてきたが、もう数年前から限界がきていた。

高利貸しに借金をするしかなくなっていた。

伯爵にそれを伝え、節約を訴えるも聞き入れて貰えず、変わらず王都で贅を尽くすばかり。

さらに、借金は増え続ける。


このままでは、財政破綻。

そろそろ書類を用意しなければならない時だ。


しかし、オズの腰は重かった。

財政破綻をした後の領民達のことを考えると、何か他に手があるのではないだろうか?と考えてしまい、なかなか前に進めなかった。


そんな時だったのた。

予想外の来訪者がオズの前に現れたのは。



オズあての来訪者は借金取りばかりだった。

だからオズは、今日も返済をもう少し待って欲しいと伝えなければならないのか、と気が重くなりながら応接室に訪れた。


そこで待っていたのは、美しい女性であった。

どう見ても借金の督促にきた人間ではない。


「ごきげんよう。わたくし、エマと申します。」


そこでオズはハッとした。


「もしかすると、貴方はエマ・ブリンドル公爵令嬢であらせられますか?」


オズは仰々しく頭を下げた。


「今はただの平民エマ。

そんな立派なご挨拶は不要です、執事長。」


「本日は、どのような要件でこちらに?」


まさか、伯爵家に保護を求めにきたのだろうか?

これ以上、金食い虫は御免だ!


「今日は、取引に来たの」


「取引、と申されますと?」


「執事長、この伯爵領をわたくしに下さい」

「はい?」


どういうことだ。

そもそもここは、伯爵家のもの。

たしかに自分が領地運営をしているが、自分のものではない。

取引したいなら、伯爵に言うべきだ。


「伯爵に申し出るべき、とお考えでしょう?

でも、わたくしが取引をしたいのは、この領地を任されている貴方。」


「浅学な者で話がみえないのですが・・・」


オズは、ますます困惑した。


「今、最南端砂漠が森林と化しているのは、ご存じでしょう?」


オズは、コクリと頷いた。


「もちろんです。

先日も部隊を送りましたが、砂漠地帯から何故か追い出され、森林に入ることも叶わなかったと報告を受けています。」


その報告をもちろん伯爵にしたが、それでも「任せる」の手紙を送られたのは、記憶に新しい。

ただでさえ、財政難で大変な状況なのに領地の侵略。

オズは、心労で倒れそうだった。

それなのに伯爵は何もせず、自分任せの状況にオズは嫌気がさしていた。


「その原因は、わたくしよ。

わたくしが集落と街を侵略し、兵士達を外へ追いやったの」


「ま、まさか、そんなこと・・・。

ですが、モンスターが街まで来たと報告を受けています。

恐れながら、人間がモンスターを操るなど聞いたことがありません。」


「できるのよ。

その方法は、まだ秘密だけれど」


オズは、それが真実か判断がつかなかった。

もし、真実だとするとこの街までモンスターがやってきても可笑しくないない。


体中から、嫌な汗が噴き出てくる。


「怖がらなくていいわ。

今回貴方と取引したいのは、残りの伯爵領を平和的に侵略させて欲しいということなの。

今、この伯爵領は財政難に陥っている。

そのお金を全て肩代わりします。

というか、数日以内に必要な金額を全てここに持ってくるわ。

それで借金を返してちょうだい。

あっ、もちそん伯爵達の生活費や豪遊した借金のお金は出さないわよ?

あくまでも、領地運営の借金のみ」


「その変わり侵略を見逃して欲しい、そういうことですか?」


「ええ。

このままでは、この地の民は、財政破綻に巻き込まれる。

まともな金貸しから借りていないのなら、領民から借金返済のため財産を取り上げるでしょうね。

財産だけなら、まだ良いわ。

奴隷にされる人だって出てくる。

なんたって、この地にあるものすべては伯爵家のもの。

金貸し達は、借金の分だけこの地で好き放題できる。

どれもこれも、伯爵家のせいでね。」


オズは、顔が真っ青になった。


財政破綻後の未来を想像してしまった。

全て自分がうまく管理出来なかったせいだ。


「貴方だけのせいではないわ。

あなたは、よくやった。

伯爵家の散財のために膨れ上がった借金を領民の税を引き上げることで解決しなかった。

それなのに、ここまで持ち堪えさせたのは立派よ。

でも、これからの責任をあなたが背負う必要はない。

本来は、伯爵家が背負うべきものなのだから。

あなたは、ただわたくしからお金を受け取り、借金を返済する。

そして、わたくしに領地の管理を任せる。

それでいいのよ。」


悪魔の声に聞こえた。

全ての責任から逃れられる。

とても甘美な誘惑。


オズは今まで、責任の重さで押し潰されそうだった。

それが、解放されるのだ。

自由になれる。

だが、もしこれで悪魔の声に従ったならば、次に自分は罪の重さに苛まれる。


どちらも地獄。


「りょ、領民はどうなるのでしょう?

モンスターのエサにされるのですか?」


「ふふっ、まさか、そんな!

今まで通りの生活をしてもらうわ。

税金を取るつもりはない。

だって、もうドラゴン・テイル国ではなくなるのだから。」


「そんなことしたら、王都から、いや、ありとあらゆる領地から部隊が編成され、この地を取り戻そうとやってきます。」


「いつかは、戦うことになるわ。

でも、ここが最前線とは考えていないし、領民達が戦うこともない。

戦うのは、モンスター。

ここの兵士だって、何も出来ずに帰った、その力で対抗するの。」


どうすれば・・・


オズは、人生の岐路、

いや、領民達全員の今後の運命を今、握っていた。


だが、現状維持はもはや出来ないところまで来ている。


「分かりました。受け入れます。」


この判断は正しかったのだろうか?



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