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イワンは自慢の翼で器用に森の中をスイスイ飛んでいく。
砂漠地帯だった頃は、暑くて長時間飛ぼうなんて思わなかった。
だが、この緑豊かな地では、いつまでも飛んでいたいと思う。
もう細かい砂が目に入ることを恐れる必要もない。
イワンは、一本の大木に沿って上へ上へと上昇し、ちょうど良い太い枝に腰掛けた。
風が気持ちいい。
今でもイワンは、新聞配達の仕事を続けている。
一方、大人達はというと苗木を植える仕事がなくなり、新たな仕事をエマから得た。
一つは、密林と化してしまったため、木々の一部を伐採すること。
(伐採した木々は、集落で活用している。)
そして、もう一つは畑仕事である。
森と化したことで、様々な植物を育てられる環境が整った。
イワン達の生活基盤を整える意味も込めて、野菜や果物を育てることになった。
『成長の水』を与えていないにも関わらず、ダンジョンの力のせいか、植物の成長速度は驚くほど早い。
すでに収穫をむかえた野菜もあり、どれもこれも豊作だ。
イワンも畑仕事を手伝っている。
みずみずしい野菜を食べる機会など今までなく、どれもこれも初めての美味しい経験だ。
あまりにもたくさん採れるので、イワンはいつも収穫物を食べながら、収穫している。
採れたてのトマトをその場で頬張る美味しさと言ったら!
美味しそうに頬張るイワンを咎める大人は、いない。
だって、大人達も同じようにしているのだから。
集落で必要な野菜以外は、街に卸し、さらにお金を得ることもできている。
そのお陰で、集落の皆は、今までにはないほどの蓄えを得た。
今ならば、このダンジョンエリアから他の領地に移り住むのだって夢ではない。
だが、そんな話をする者はいない。
彼らにとって、この森は大層居心地がいい。
自由に羽ばたくことができ、人間に後ろ指差さされることもない。
お金の心配も食べ物の心配もしなくていい。
彼らは、今までの心配事から解放され、安心感に包まれている。
そんな場所から、誰が他の地に移り住みたいなどと思うだろうか。
砂漠地帯しか知らないイワンにとっても同じこと。
森の中で自由自在に安全に飛べる機会を与えてくれたエマには、感謝しかなかった。
エマの民になってから、
金策に走る必要がなくなった。
今日食べる物を心配しなくて良くなった。
水を求めて遠くにいく必要もなくなった。
自分にとっては、良いことばかりだ。
イワンは、大木に寄りかかりトマトをかじりながら、遠くを見つめた。
「エマ様は、今あの街を目指しているんだよね」
高い壁に囲まれた伯爵領中心街。
イワンは、行ったこともない場所だ。
「もーっ、ここどこ!?」
「!!」
大木の真下から大声が聞こえ、イワンはビクッと大きく身体を震わせ、危うく落ちそうになった。
バッと下を覗きこむと、自分と年の変わらなさそうな人間の女の子がいた。
女の子は、キョロキョロと辺りを見回しては、右往左往している。
道に迷ったのかな?
困っている人には親切にすること、と教わっているイワンは、迷わず下に舞い降りた。
「どうしたの、迷子?」
「ひっ、じゅ、獣人っ!こ、来ないでっ!!」
イワンは獣人と言うだけで、怯えられることに少なからずショックを受けた。
それも自分と変わらない年頃の女の子相手には、尚更だ。
それでも、困っているならば助けよう。
エマ様が困っている僕達を助けてくれたように。
「ここは、僕達の集落の近くだよ。
街には、真っ直ぐ向こうに行けば着くよ。
一緒に行こうか?」
「だッ、大丈夫っ!」
逃げるように去って行った女の子の背中を見て、イワンはションボリした。