01
「エマ・ブリンドル公爵令嬢との婚約を破棄し、
そしてメアリー・クラー男爵令嬢を新たな婚約者とする!」
片手で女学生を抱きしめ、ドラゴン・テイル国の第一王子メイソンは高らかに宣言した。
きっと、あの女学生がメアリーなのだろう…と、どこか他人事のようにエマ・ブリンドル公爵令嬢は王子達を見つめていた。
ここは王都内にある貴族や裕福な家の子どもたちが集まる学園の講堂である。
エマはこの学園の学生でありながら、半年ぶりにこの学園に戻ってきた。
理由はブリンドル公爵領の方に問題が発生したからだ。
このドラゴン・テイル国はまさにドラゴンの尻尾のように細長い国土である。
そして、エマの家の領地は、尻尾の付け根の部分、他国との国境沿いの領地を治めていた。
半年ほど前から、国境沿いにモンスターが大量発生し、エマ自身もモンスター退治に駆けつけなければならない状態だったのだ。
それが、ようやく落ち着いて、学園のある王都に戻ってきたのが、今しがた。
そして、婚約者である王子から学園にすぐ来るように呼び出された。
休む時間もなく学園へと向かい、王子の使いに講堂まで導かれ来たと思えば、
王子は久方ぶりに会った婚約者への挨拶も、労いの言葉もなく、このような発言をするのだった。
しかも、観客のように多くの学生がいる面前で、だ。
頭が痛い。
ため息しか出なかった。
そもそも王子とエマの婚約は政治的なものだ。
ドラゴン・テイル国は付け根が一番豊かな地であり、先端部分が最も貧しい土地である。
つまり、付け根部分を治めるエマの家が最も裕福であり、そのため王家につぐ権力をもち、国を支えている存在なのである。
王子との婚約は、国境沿いの家とのつながりを大事にする意味、そしてあわよくば裕福な土地の恩恵を受けたいがための意図があった。
だが、王子はそれを理解していないのだろうか?
「婚約破棄の理由をお聞かせいただいても?」
「わからないのか?
お前は、領地に戻って不貞を働いていたそうだな。
すでに、お前が多くの男達と寝ていたと証言は上がっている!
それに、領地から学園の子女たちに手紙を送り、メアリーに嫌がらせをしていた!
そんな者が、この国の未来の王妃に相応しいわけがない。
それにな、俺はメアリーと出会って気がついた。
この国の貴族は腐っている!
権力によって国民を抑圧し、貴族だけが多くの特権を得、甘い汁を吸い、富を独占している。
俺は、そんなこの国を変える!
腐った貴族の特権を剥奪する。
その第一歩として、お前を処罰しよう!
お前を流刑とする!
この国の最果ての大砂漠へ、な!」
どうしようもないやつだ。
まず、メアリーへの嫌がらせなどしていない。
自分の記憶が正しければ「はじめまして」のはずだ。
そんな人物に嫌がらせなどする訳がない。
誰かが自分の名前を使って、嫌がらせをしたのだろうか?
残念ながら、半年不在にしていた学園の内部事情など知らない。
あと、不貞も働いていない。
確かに、男、まあ兵士とは寝食を共にした、と言えなくもない、のか?
モンスター討伐の最前線のキャンプ地で寝食を共にした。
もちろん、テントは男女別。
さらに自分は、領主の子なのだから一人でテントは使っていた。
不貞を疑うなど、私どころか我が領兵への侮辱である。
それに、この王子は何を言っているのだろう。
貴族の特権の剥奪?
甘い汁を吸っている、だと?
今、王子の取り巻きこそが、甘い汁を吸いに吸いまくっている連中ではないか。
さまざまな貴族領の中で、不当に税金の高い貴族ばかりが王子の側にいる。
それに、彼らは過激派と呼ばれる一派だ。
戦争をしてでも、この国の領土拡大を推進する一派。
現国王、そしてブリンドル公爵を筆頭とした穏健派は、他国と友好的な政治を目指す政権であり、過激派とは相意なれない。
最近、そんな過激派が表だって動くことが多くなってきていた。
理由は現国王が病に臥せっており、多分数年の間に他界すると予想されるからだ。
それを見越して、過激派は王子に接近したのだろう。
まさか、王子が彼らに取り込まれるとは思いもしなかった。
まさか、ハニートラップに引っかかるとは…いや、ハニートラップは失礼かもしれない。
純愛(凄くこそばゆい)なのかもしれない。
しかし、あのメアリーという子。
クラー男爵というファミリーネームに、全く心当たりがない。
古くからある家ではないだろう。
爵位を最近買った家か?
とにかく、この家も過激派の一派なのだろう。
このままでは、過激派の都合の良い言葉を鵜呑みにしてしまった王子が王位を継ぐことになる。
このまま王になれば、貴族の特権剥奪を理由に穏健派の貴族の領地の没収、
もしかしたら貴族位の剥奪、資産の差押もあるかもしれない。
それが終わった頃に、今度は過激派の連中は手のひらを返して自分たちの富を守りつつ穏健派の資産を懐に収め、他国への侵略戦争を仕掛けるに違いない。
・・・・困ったものだ。
本当にそうなったらば、この国の平和は終わるだろう。
王子は、知らないのだろうか?
隣国がとんでもなく強い国で、攻め込まれたらこの国は、ひとたまりもないことを。
戦争に発展した時点で我が国の敗北は決まったも同然なのだ。
悲しい未来を防ぐためにも、王子を殺した方がいいかもしれない。
そうすれば、王位は第2王子が継ぐ。
彼は中立派だったはず。
この王子が王になるよりは、良いだろう。
とはいえ、
もし、ここで王子を殺したら甘い汁を吸いたい貴族が王子の意向を阻止したくて殺したことになる。
そうなれば、過激派の思惑に乗るようなものだ。
ここは、黙って従おう。
きっと、王子は弁明を聞かないだろうから。
「承知いたしました。
では、準備をするために一度屋敷に戻ります。」
「いや、すでに馬車を待たせている。
今すぐに旅立て。」
「使用人を連れてこなければなりません。
身支度もあります。」
「お前は罪人だ。
使用人を連れて行ける立場ではない。
着の身着のまま行くのだ。
あと、公爵位は剥奪。
お前はただの平民だ。」
本当に好き勝手やるやつだな。
権力を好き勝手使っているのは、そちらの方ではないか。
それに、王子にそこまで出来る力はないはずだ。
越権行為も甚だしい。
そう言いたい気持ちをグッと堪え、
「承知いたしました。」
「ふん、つまらない女だ。
そうやってお高くとまっているところが気に食わなかった」
「ダメですよぉ。
王子、そんなことを言ってはエマ様がお可哀想ですぅ」
「メアリーは優しいな。
いつまで、そこにいる!
さっさと、いけ!」
「失礼致します」
こうして、エマ・ブリンドル公爵令嬢は、ただの平民のエマとなったのだ。
○●○●○●○●○●
エマが去った講堂。
「さて、メアリー。
これで俺たちは婚約者になることができる。」
「とっても嬉しい!!」
メアリーは、涙を流しながら顔をほころばせた。
しかし、その表情とは裏腹に
(あ~ぁ、馬鹿馬鹿しい)
と心の中で鼻で笑っていた。
「メアリー、必ず君を幸せにするよ。
そして、二人で最高の国を作って行こう!」
「はい!
二人ならきっと出来ます!」
(本当に馬鹿馬鹿しい)
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