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交際1


 俺は普段昼食を取る時、教室から離れる。教室やら廊下やらは昼休みとあればとかく騒がしいのだ。休み時間の校舎はまさにヒエラルキーの高い人間たちの独壇場と成り果て、我々のような弱者は肩を窄めて時間が過ぎゆくのを待つ他ない。

 高校1年の頃の俺は、こんな現代の階級社会のような惨状にほとほと嫌気がさしていた。元来人間とは、戦いで勝利した人間はそこに住み続け、負けた人間はそこを追われるという歴史を繰り返してきている。学校空間におけるヒエラルキー競争で負けてしまった人間は、新天地を探して然るべきなのである。

 裏門からほど近い、第二体育館の裏手。校舎から少し離れているので喧騒は聞こえず、ゆえに風の音や小鳥のさえずりがよく聞こえる。座るにちょうど良いコンクリートの階段があり、そこに腰掛けると目の前には畑とその向こうにそびえる山々が広がっている。同じ壁で囲まれた校舎内とは思えないほど、静かに、緩やかに時が流れていく。季節の移ろいに気づけるこの場所が、俺の新天地。


 「よっこいしょ」


 俺はコンクリート階段に腰掛け、カバンから昼食を取り出した。今日はサンドウィッチか、こんな春の陽気にはなかなかベストマッチである。


 「よくこんなとこ知ってるね」


 「高一のころ、教室で昼食取るのが嫌すぎて校舎内ウロウロしてたら見つけたんだ、座りなよ」


 「うん、ありがとう」


 俺が座るように促すと、千曲は俺のすぐ隣に腰掛けた。おいおい近い近い、ちょこれ肩くっついてんだけど、パーソナルスペース脅かされてるんだけど。スカートから伸びた白い足が、俺の足を掠める。視線が自ずとそこに引き寄せられそうになって、慌てて千曲の顔に意識を向けた。つーか顔も近いなおい、ほんでカワイイし。


 「ちょ、食べにくいかも……」


 俺はなんとか理性をフル出力で動かし、少し千曲と距離を取った。


 「あ、んー!」


 俺が距離を取ったと見るや、千曲はほっぺたを膨らましてまた距離を詰めてくる。おいさっきより近いぞ、もうなんか、良い香りとかするからホントやめてほしい。


 「大丈夫?こんな近くて、俺臭くない?」


 「なにその気の使い方!別に臭くないし」


 千曲はそう言いながら、持っていた袋からお弁当箱を取り出した。


 「で?話ってなに?」


 「あー、えっと、まぁ、昨日の件の続きを話そうと思って」


 「あーなるほどね、まぁそれだよね」


 「昨日も聞いたけどさ、やっぱり千曲が俺のことが好きっていうのは、どうも釈然としないんだ」


 こんなに女の子の顔が近くにあることが滅多にないので、なんだか目を合わせて話せず俺は目の前のクローバーを虚な目で見ながら話した。


 「まー、そうだよね。でも告白した理由は雄太くんが好きだから。それ以上でもそれ以下でもないよ」


 「いや、好きになる場面一つもなかっただろ。なんで好きなのかが知りたいんだよ」


 「んー、そうだなぁ……」


 千曲は頬杖をついて何事かを思案した後、俺に向き直って尋ねた。


 「雄太くんはさ、もし目の前に困ってる人がいて、でもその人に手を差し伸べるのにリスクがあるって分かってたら、どうする?」


 「なんだ急に、なんか質問者いつのまにか交代してない?まだ俺ターンエンドって言ってないよ?」


 「いいから!ちょっと考えてみて」


 この子まだターンエンドって言ってないのに勝手に山札引いちゃうタイプか?あれやると進行グダグダになるんだよなぁ。


 「……まぁケースバイケースだけど、見て見ぬふりする、かなぁ」


 「へー、そうなんだ、カッコつけないんだね」


 「というか、この場合手を差し伸べるとか助けるとか言っちゃうやつの方が信用できないだろ。口ではなんとでも言えるし、実際その状況で手を差し伸べる人間かどうかはなってみないと分からなくないか?」


 俺がサンドウィッチの包装をペリペリ開けながらそう答えると、千曲はパチンと指を鳴らして俺を指差した。


 「そう!つまりそういうこと!」


 「は!?何が!?なにもつまりじゃないですけど!?」


 「これで私が雄太くんを好きな理由は答えました!いやー解決解決よかったねー!」


 「待て待て、これを解決と呼ぶならこの世の問題大体解決って言って良い程度には何も解決されてないと思うが!?」


 天才数学者は途中式をすっ飛ばして答えに辿り着くことがあるそうだが、凡人には途中式がないと理解できない。俺は天才数学者ではないので、このあまりに途中式がない解答を飲み込むことはできない。難解すぎるわ。


 「とにかく、そんなこんなで私は雄太くんが好きなのです!ドゥーユーアンダースタンド?」


 「アイムノットアンダースタンド!もっと分かりやすく言ってもらえないと困る!あと出来れば日本語で!」


 「んー、でも、私は雄太くんのこと好きだし、雄太くんに好きになって貰えば全部解決なんだよなー私的に」


 まぁ、やはり彼女の口からなぜ俺が好きなのかを引き出すことはできないみたいだ。よっぽど何か言いたくない秘密があるのか。あるいは、そもそも好きではないけどそのフリをして俺に近づき何かしらの企てを遂行しようとしているのか。

 いずれにせよ、尻尾を掴むには、彼女の計画にまんまと引っかかったフリをするしかあるまい。


 「いや、まぁ、正直な話をすると、俺は告白されて嬉しかった」


 俺が千曲の方を向き少し恥じらいながら言葉を紡ぐと、何故だか千曲も顔を赤らめて視線を泳がせた。


 「そ、そっか……」


 「正直、俺が思い描いた理想のヒロインに千曲を重ねてしまったくらいには、舞い上がったと言って良いだろう」


 「そ、そう、結構正直だね……」


 「端的に言うと、好きになりかけてる!というか、この懸案事項さえなければ好きになってる!というか好きだ!ホントはもう好きだ正直!」


 「ええ!言っちゃうんだそこまで!?いや嬉しいんだけどね!言っちゃうんだ!?」


 とりあえず千曲の告白をOKする方向に持って行こうと思ったのだが、いざこっちにハンドルをきったらタガが外れて全部心の声が漏れた。おい大丈夫かこれ、我ながら急ハンドル切りすぎじゃない?教習所なら不合格じゃない?

 しかし、思いがけないのは千曲の反応である。自分の告白を受け入れそうな流れになっているのだから、何か企みがあるならば喜び勇んで付き合う流れに持っていこうとするハズだが、予想に反していやに恥じらっている感じだ。顔を赤らめ手を前で組み先程とは打って変わって視線を逸らしている。今までのグイグイ距離を詰めてくるラテン人顔負けの勢いはどこへやら、大和撫子らしい奥ゆかしい羞恥を見せてくる。なんじゃこりゃ、いやカワイイけど。


 「そう、断るのは俺も心苦しい!こんなカワイイ子に告白されるなんてもう無いかもしれないし!」


 「カワイイ……へへへ、そ、そっかそっか……」


 手で顔を仰ぎながら、千曲はニマニマとした表情を浮かべた。先ほどまでの少し芝居がかった小悪魔的振る舞いが一変、感情を抑えているようにも見える。


 「……は!?今どんな顔してる私、人に見せられる顔してるかしら私!?」


 「いや、大丈夫だと思うけど……」


 ほっぺたを両手で抑えて、千曲は顔を背けた。


 「あんまり、見ないで……」


 え、なんなんだこの子。2次元から出てきたヒロインのような所作が一変、人間らしい恥じらいが前面に出ている。まるでさっきとは別人だ、ユナたそとは似ても似つかない反応である。

 俺が先程までと変わりすぎている反応に戸惑っていると、千曲は胸に手を当て目を瞑って深呼吸をした。そして俺の方を向き直って笑いかける。


 「じゃあさ、付き合っちゃっても、良いんじゃない?」


 ユナたそだ。少しイタズラっぽくはにかんだ表情、上目遣いでじっと見つめる視線、スラっと伸びた足を畳んで華奢な両腕で抱え込み、体育座りをしながら首を可愛らしく傾げるその様、頭からつま先まで、所作も佇まいも何もかも、ユナたそを、俺のヒロインを顕現させたようにしか見えない。

 先程までの等身大の女の子はどこへやら、俺がユナたそと重ねた千曲双葉がそこにいた。


 「……えっと」


 「ん?どうしたの?」


 俺がその変容に、あるいは目の前の少女の麗しさに思考が止まっていると、千曲はひしと俺の左腕を抱き寄せてきた。


 「ほら、付き合ったら、こんなふうにくっつき放題だよ?そんなに悪くないでしょ?」


 千曲は俺の体を引き寄せ、ギュッと左腕をホールドする。わー、休日のデートスポットでベンチに座ったイチャイチャカップルがよくやってるやつだ!アレ部外者からするとマジで癪に障るんだけど、実際やってみるとこんな感じなんだ。確かに、これは、良い。なんかすげえ密着してる感じするし、女の子の細さとか柔らかさとか匂いとかが間近で感じられる。なにより、二の腕あたりに特筆して柔らかなものが当たってる当たってる。こ、これが、女性の……ほう。


 「さっすがに刺激が強すぎます、すいませんチェリーなんですいません」


 俺はそのあまりの強烈な状況に耐えかねて慌てて左腕を振り解いた。クソ、本当は一生このままでいて絶命して人生を終えたいと思っているのに、恥じらっちゃう俺のバカ!


 「あ、ちょっと!むー!」


 「いやね!?まだ早いでしょ高校生だし!俺たち高校生だし!未成年にはまだちと早いでしょコレは!」


 「ふーん、じゃあお互い成人するまで待ってよーっと!そしたら……ね?」


 「おいもう鼻血出ちゃう鼻血!俺が漫画のキャラなら鼻血吹き出して貧血で倒れてるから!弄ばないで!」


 やばい、完全にユナたそ、もとい千曲のペースである。いやまぁ理想のヒロインにペースを握られるのは悪い気分では無いが、しかし彼女はユナたそではない。話を元に戻さねば、計画の第一フェーズはまだ達成されていない。


 「とにかく!まぁ懸案事項があるのも事実だが、君がせっかく告白してくれたのをみすみす逃すのも釈然としないわけだ!」


 「うん、そう思って貰えるのは嬉しい!」


 「だから、その、つまり……」


 「つまり?」


 「つまり……」


 千曲と付き合って距離を詰め、そこから真意を突き止める。これが昨晩姉と立てた計画である。つまり、まず付き合う必要があるのだ。

 さて、人と付き合うために必要な手順とは一体なんだろう。海外ではお互い明確な合意なく自然と恋仲になるような文化もあるらしいのだが、ことここ日本では割とわかりやすく手順が存在している。告白をし、受け入れる、という明確な手順が。


 「えっと、えー……」


 「うん?」


 告白は別にどちらがすべきとかそういうものではない。そもそも、告白を受け入れている側も、たまたま受動側になっているだけで相手を好意的に思っているという表明をしている点は告白する側となんら変わらないのだ。つまり、告白を受け入れる側も言うべきセリフは告白する側と大して違いはなくて良い。

 さて、ここで俺が千曲と付き合うために言うべきセリフはなんだろう。『君の告白を受け入れるよ』なんてちょっと回りくどすぎやしないだろうか。俺はあくまで受動側ですよというプライドがひしひし伝わってくる感じだ。つまるとこ、端的に『俺と付き合ってください』と言ってしまえば良いのである。どのみち付き合いたいと思うならこれ以上過不足ない言葉もあるまい。


 「えー、俺と、俺と……」


 「俺と?」


 緊張で手が震える。冷や汗が出て、顔の温度が上昇していくのを感じた。

 そっか、自分から改めて千曲と付き合うということは、告白するということなのか。すでに告白されたからすっかりそれが頭から抜け落ちていた。さすがにもう千曲から告白してもらってというわけにもいかないし。

 人生初めての告白。まさか今日することになるなんて、全然心の準備とかしてなかった。滑舌とか大丈夫かな、アメンボ赤いなあいうえお、てかアメンボ赤くないだろ。


 「俺と、俺と!」


 「うん」


 「俺と!仮交際してくれ!」


 「……はい?」




 


 

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