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祭り4


 すっかり日は落ち、街灯さえ皆無な田園の中で、一際煌びやかに輝く神社の境内。普段はヤンチャな小中学生の肝試しなんかに使われている暗闇の寂れた社が、年に一度の鮮やかな光を帯びる今日。

 俺たちはその石畳の上を、連れ立って歩いていた。はてさてメンバー構成は、お祭りの中でさえ一際目を引く美少女が3人、小さな男の子が1人、そして俺。敢えて言おう、完全なる場違いである。


 「あ!わたあめ食べたい!」


 立ち並ぶ屋台をキョロキョロと見渡していた安曇野弟は、小さく飛び跳ねて両サイドの少女にそう言った。

 さて、その両サイドの少女とは、千曲双葉と立科乃亜である。安曇野弟は千曲に右手を、立科に左手を繋いでもらって、交互に美少女2人を嬉しそうに見上げる。

 おい、そこ代われ。


 「わたあめ食べたいの?じゃあ、乃亜お姉ちゃんも食べたいから、半分こしよっか!ね!」


 「うん!双葉お姉ちゃんもいる?」


 「え、この場合わたあめの所有権は購入者の立科さんに付与されるので、私が許可なく食べるのは最悪窃盗にあたるような……」


 千曲が不慣れからあたふたとそう返すと、立科が隣で首を小さく横に振りながら大きく目を見開いて目配せをした。それを見た千曲がハッとしたようにぎこちない愛想笑いを浮かべて安曇野弟に小さく首を傾げる。


 「ふ、双葉お姉ちゃんもわたあめ食べたいな〜、ハハハ……」


 「そうなんだ!乃亜お姉ちゃん、双葉お姉ちゃんにもわたあめ分けてあげて!」


 「りっくんやっさしー!将来女の子にモテモテだね!ね、双葉ちゃん!」


 「そ、そうですね!陸くんありがとう!」


 千曲に微笑みかけられながら立科に頭を撫でられて、安曇野弟は満更でもなさそうな表情を浮かべた。

 おい、マジでそこ代われ。チクショー羨ましいな、幼いだけのクセに!もし俺が薬を飲まされて体が縮んでしまっていたら、真っ先に綺麗なお姉さんに無垢なフリして頭撫でられに行こう。だって俺名探偵じゃないからな、事件は全て警察に任せます。


 「わたあめ1つくださーい!」


 立科がそう言って巾着袋から財布を取り出し、100円玉3枚を屋台の店主に手渡す。その様子を見ていた安曇野が慌てて声をかけた。


 「ちょ、立科乃亜、それは悪いわよ」


 「ん?別に良いしこんくらい。」


 「こんくらいって、アンタのお金なんだから、それは流石にダメでしょ」


 「あーはいはい、じゃあ後で返して。ほらりっくん!わたあめだよ!お姉ちゃんたちと一緒に食べようね!」


 「わーいやったー!」


 立科が受け取ったわたあめをそのまま安曇野弟に手渡そうとしたところで、幼子はそれに夢中になったからか足を縺れさせて転びそうになり、その様子を見た千曲が慌ててかがみ込んで小さな体を支えるように抱き寄せた。


 「だ、大丈夫ですか!?救急車!救急車を!」


 「いや、大丈夫だって。双葉ちゃんが支えてくれたし」


 「本当ですか!?陸くん大丈夫!?脈拍は正常なの!?」


 「みゃくはくってなに?」


 「良かった……意識はあるみたい」


 あっけらかんと首を傾げる安曇野弟に、千曲は安心したように胸を撫で下ろした。どんだけ子供を脆弱な存在だと思ってんだよこの子、見るの初めてか。


 「ねーねー金魚すくいどこ?」


 「確かに!じゃあ、お姉ちゃんたちと一緒に探そっか!」


 「わ、私も探します!」


 代わる代わる大きなわたあめを頬張りながらキャッキャと歩く3人の後ろを、俺と安曇野は見守るように一歩引いて歩いた。


 「……なんか、聞いてた話と、違う」


 「え、なんの話だ?」


 何やら釈然としない面持ちでボソッと呟く安曇野に俺はそう聞き返す。


 「だから!千曲双葉と立科乃亜のこと!あの2人、聞いてた話と全然印象が違う!」


 「そんなの当たり前だろ。実際会ったことないのにその人間の人格を都合良く決定づけるのは現代人の悪い癖だ。清純派アイドルには彼氏が付き物だし、だから俺は裏切られないように2次元に嫁を作っていて……」


 「そんな話してない!それはアンタがマトモじゃないだけでしょ!」


 はて、彼女の言うマトモとは一体なんだろうか。俺からすれば、清純派ブランディングされた有名人にガチ恋して、彼氏彼女バレするたびに阿鼻叫喚しているリアコ勢の方が、よっぽど学習能力が低くてマトモじゃないと思うけど。

 そして、他人の流布した何らかの作為に満ちた悪評を信じ込んで、マイナスの印象を勝手に抱くこともまた、構造としては全く一緒である。

 要するに、会ってから判断しろ、ということなのだ。清純派アイドルも、悪い噂のある同級生も。


 「……あの子たちを見る目は変わったか?」


 「……」


 俺の問いかけに、安曇野は不服そうにしながらそっぽを向いた。彼女らの悪評が増長してしまうのを危惧していたのだが、どうやら俺の弁明など必要なかったみたいだ。


 「……でも、アンタがあの子たちに貶められたのは、事実なんでしょ」


 「いや、貶められたって……さっきも言ったけどな、俺にはちゃんと自由意志があるんだよ。哲学的ゾンビじゃないぞ俺は」


 「意味わかんない……そうやってあの子たちの味方するんだ」


 「だからなんでそういう解釈になる……」


 面倒そうにため息をつく俺を、安曇野はジトっとした眼差しで見つめた。


 「……可愛いからでしょ」


 「え?」


 「千曲双葉も立科乃亜も!可愛いから味方するんでしょ!」


 はい、おっしゃる通りです。

 などと言うと、また脛にローキックを喰らいそうなのでやめておこう。てか、可愛いだけだったらアンタも一緒なんだから、どっちについたって変わらないだろ。

 俺がその論理の穴に言及しようとすると、安曇野は目線を自分の胸あたりに下げて、ボソッと呟く。


 「……胸も、私よりありそうだし」


 「あー確かに、それなら俺があっちの味方につく論理的整合性が……」


 「死ねぇっっ!!」


 俺がなるほどと手を打った刹那、脛に痛みが走って思わず飛び跳ねるように片膝を抱えた。おい痛みの方が先に来たぞ今、切られたことに気が付かずにやられる敵キャラってこんな気持ちなんだ。


 「おい電光石火すぎるだろ、ワンチャン世界取れるぞそのローは」


 「うるさい!死ねバカ!この変態スケベ大臣!」


 なんでちょっと偉いんだよ、変態スケベ省があるじゃんその国。文科省とか農水省みたいな感じで、変スケ省って呼ばれてんのかな、そんなとこに税金使うな。

 結局ローキックを回避できなかった俺は、脛をさすりながら嘆息しつつ、前の3人が屋台の前にしゃがみ込んでいたので、後ろからその様子を覗き込んだ。


 「わー、金魚がいっぱい!」


 「ね、やろやろ!おじさんポイください!」


 「わ、私もお願いします!」


 立科は店主からポイを受け取ると、それを千曲と安曇野弟に配る。そして、後ろで立っていた俺に振り返って、手に持っているポイを小さく振った。


 「雄太もやろうよ」


 「え、俺もやんの?」


 「当たり前だし。せっかくお祭りなんだから、それらしいことしようよ」


 「いやぁ、俺はなぁ……」


 完全に傍観を決め込む気満々だった俺が少し面倒で躊躇していると、千曲も俺を覗き込んで手招きしてくる。


 「私も、雄太くんと金魚すくいやりたい!」


 「いや、俺下手だよ?そんなにポイが惨殺される狂気の殺戮ショーが見たいの?」


 「それただポイが破れてるだけかも!そうじゃなくて、雄太くんと一緒にやりたいの!」


 2人の少女がしゃがみながらこちらを覗き込むので、俺が解答に窮して頭を気怠くかいていると、安曇野の弟が俺のズボンをグイグイと引っ張った。


 「雄太もやろうよ!勝負しよ!」


 「……賛成多数で可決か、分かったよ。金魚すくい最弱王の名を冠すのは俺だ、絶対負けない」


 「負ける気満々のヤツがいると萎えるから本気でやって、すいませんポイもう1本ください!」


 立科は俺の言葉をそうあしらうと、店主からもう1本ポイを受け取って俺に手渡した。俺はその紙の詐欺じみた薄さを確認しながら、隣の安曇野に声をかける。


 「安曇野もやるか?」


 「私は……いい」


 「……そうか」


 俺はばつの悪そうにそう言った安曇野を一瞥した後、3人の隣に同じようにしゃがみ込んで水槽を泳ぐ金魚たちと睨めっこした。


 「いろんな色のヤツがいるよ!」


 「そうだな、別の色の金魚が1つの水槽で争うことなく泳いでいるのは、なかなか示唆的だよな」


 「どういう意味?」


 「そのうち小学校でも習うと思うけど、人類史にはアパルトヘイトという陰惨な出来事があってな、こうして見た目の違う者たちが争わずに共存しているというのは素晴らしいことなんだ。つまり、金魚すくいというのは差別の歴史を我々は繰り返さないという明確な意思表示であって……」


 「アンタなに意味わからないこと言って……」


 「金魚すくいにそんなレガシー無いよ!そもそも、田舎のお祭り運営してる人に、そんなコスモポリタン的左派は少数派なんじゃないかな!?」


 「おい決めつけんな、確かに田舎のお祭りやってるオッサンは保守派が多いイメージあるけど、保守派ゆえにお祭りやってる可能性あるけど」


 俺が安曇野の弟に金魚すくいの嘘雑学を語っていると、安曇野が何かを言おうとした矢先に、千曲が的確にツッコミを入れてきた。


 「雄太くんって子供に対してもソレやるんだ!?」


 「むしろ子供に対してだからこそだろ。可塑性が高くて柔軟な脳みそを持ってるうちに、この世にある遊びもエンタメも、決して一義的ではなく示唆や暗喩に富んでいると体感して貰わねば」


 「雄太くんの場合嘘のメタファー教えてるから!間違った解釈を与えちゃってるから!」


 俺と千曲はいつもの調子でやり取りを続ける。いつも思うけど、なんでこの子こんな変な会話について来れるんだよ、中身がJKじゃなさすぎるだろ。まぁ、正直楽しいけど。

 俺がすくえそうな金魚を見定めながら、しかしてアッサリ失敗しそうでなかなか手が出ず、ふと隣で楽しそうに水槽を覗く少女たちを見てぼやく。


 「夏祭りで浴衣姿の女の子と金魚すくいって、ちょっとありきたりすぎて冷めるよな、何万回創作物で見せられたんだよって感じだし。けど、人間の情緒とかカタルシスの種類に限界がある以上、新鮮な体験にも限界はあるか」


 「またアンタ意味わかんないことを……」


 「良いじゃん女の子との夏祭り!浴衣姿の可愛い女の子が自分の隣で楽しそうに金魚すくいしてんのなんて、全オタクの夢っしょ!」


 俺のぼやきに安曇野が後ろから何かを言おうとしたところで、今度は立科が目を輝かせてこちらを見てきた。


 「いや、確かに浴衣は可愛いとは思うよ?割とキャンペーンイラストとかで採用されてるイメージはあるし。けど、それだったらバニーガールとかランジェリー姿の方が、肌の面積多くて良いだろ」


 「わかってないなぁ、それ言い出したら、もう全部ハダカの方が良いってなっちゃうし。着衣の面積はね、妄想の可能性の大きさなの!その衣の1枚向こう側に、可愛い女の子の柔肌があるの!その見えなさが、余計にアタシたちをそそらせるんじゃん!」


 「確かに、一理あるな。その不可視性が俺たちの妄想を膨らませて、未知数の魅力が形成されるということか。ビジュアルが判明していない強キャラの方が興奮するみたいな」


 「まぁ、それと一緒かは分かんないけど。正直、双葉ちゃんの浴衣姿見れた時、今日は勝ったなって思った」


 何言ってんのこの人。姉だけでは飽き足らず、千曲とまで百合展開を起こすつもりなのだろうか。うーん、結構アリですなぁ。

 ふと、俺が後ろを振り返ると、安曇野が腕を組みながら心底つまらなそうな表情を浮かべてコチラを見ていた。


 「なんだよ、アンタも金魚すくいやりたかったのか?」


 「……やりたくない」


 「見てるだけじゃ退屈だろ、ほれ、俺のポイやるから」


 「やりたくないって言ってるでしょ!」


 安曇野はそう言って、俺が差し出したポイを手で払いのけた。その拍子にポイが手からすっぽ抜けて、目の前の水槽に落ちる。俺がその沈んだポイを救出した頃には、すっかり破けてしまっていた。脆すぎるだろ、消費者庁はどうにかしろこの悪徳商売。


 「はい、雄太の負け!僕の勝ち!」


 「え、まだ君も金魚すくえてないだろ、引き分けの可能性もある」


 「先に破れたのは雄太だから、雄太の負け!」


 「異議あり!なんで生き残り方式なんだよ、取った金魚の数で勝敗を分けるべきだ!」


 「雄太おとなげなっ」


 「破れたのは事実なんだから、陸くんに勝ちを譲ってあげなよ」


 「賛成多数で俺の負けかよ……」


 子供に世の中の厳しさを教えるのも先人の務めだろ、幼子の主張だからと無批判に肯定するのも如何なものか、良いなぁ子供、俺も幼い頃に大人相手にチャイルド忖度で勝ちまくって自己肯定感高めておけば良かった。

 ため息をつきながら白旗を振って、俺がおもむろに立ち上がると、相変わらず安曇野が不機嫌そうにそっぽを向いていたので、もう一度小さくため息をついた。俺、アンタの妨害で負けたんだけど。金魚すくいも、早いとこVARの導入を検討すべきではなかろうか。

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