祭り3
「こんなところにいた!もー、立科さんと2人で結構探したんだよ!」
「てか、メッセ返信しろし!なんでアタシのも千曲ちゃんのも返さないわけ?」
俺の両腕を抱く2人の美少女は、覗き込むようにしてこちらに話しかけてきた。二の腕に感じるその魅惑的な感触に一瞬酔いしれそうになり、慌てて振り解く。
「おぉ、来てたのか。てっきりブッチされたとばかり」
『ソレこっちのセリフだから!』
俺の言葉に、2人の少女は息ピッタリにそう返してきた。普段の親交が希薄だとは思えない連携である。
「まさか、本当に来てくれるとはなぁ」
「来るに決まってるし!ねね、それよりさ、どう?」
立科はそう言うと、両手を広げて少し体を傾けて、その姿を俺に見せるように尋ねてくる。
大きな花がいくつも咲いているその黄色を基調とした明るいデザインの着物は、普段の少し退廃的な立科の雰囲気を眩く包み込んでいて、いつもよりもポップな印象を与えている。しかして、それは彼女の魅力を損なっているわけではなく、むしろ知らない一面を見てしまったような背徳的ギャップに、思わず胸がドキッとしてしまった。
まぁ、つべこべ言葉を弄さずに表現すると、死ぬほどかわいかった。
「え、えっと……その、すごく似合ってると、思います……すいませんキモくて」
ヒトを素直に褒めることに未だ慣れない俺は、ボソボソと陰キャ丸出しの賛辞と不必要な自虐を述べてしまった。いや、これでも結構頑張ったほうよ?
その言葉を聞いた立科は、満足げな表情でイタズラっぽく微笑む。
「へへ、でしょでしょ?あと、別にキモくないし、雄太から褒められるの、普通に嬉しいし」
「ど、どうも……」
「なんそれ、変なの」
そんな晴れ着姿で呆れたように微笑する立科に俺がつい見惚れていると、不意に袖口が引っ張られた。そちらを向くと、俺の袖をチョコンとつまんだ千曲が、もう片方の手を胸元に寄せて、自信のなさそうな表情で伏し目がちに俺を見ていた。
「あ、あの……私は、どうかな?」
そう言って、少女は不安そうに小首を傾げる。
その艶やかな青を基調とした着物には、滑らかな曲線が描かれていて、それに沿って美しく撓った華が咲き乱れていた。その優美なデザインが、少女の持っている美麗さを更に引き出していて、浮世離れした美しさに拍車がかかっている。本当にこの次元の存在か疑わしいほどの、ポッカリと浮いているような妖艶さがあった。
立科がギャップによる破壊力だとするならば、千曲は強みのさらなる強化といった感じである。
まぁ、ガタガタ言葉を弄さずに表現すると、死ぬほどかわいかった。
「え、えっと……その、すごく似合ってると、思います……すいませんやっぱりキモくて」
2回目だと言うのに、やはり俺はボソボソと小さな声で根暗丸出しの賛辞と蛇足でしかない自虐を述べてしまった。自信はおろか、俺には学習能力さえなかったらしい。どんだけ卑屈なんだよ俺。
その言葉を聞いた千曲は、安心したようにホッと胸を撫で下ろすと、着物の袖を靡かせながら可憐にくるっと一周回って、覗き込みながら俺に微笑む。
「えへへ、やった!雄太くんにそう言って欲しくて、浴衣着てきたんだよ?」
「そ、それは随分と変わったご趣味で……」
「まーたそういうこと言う!けど、そんな雄太くんも、私は好きだよ!」
そう言って、千曲は小首を傾げながら呆れたように笑った。
さて、お母さんに買ってきて貰った鈍色のTシャツを着た鈍色の俺の目の前には、極彩色の浴衣を着た極彩色の少女が2人。俺のこの飾り気のなさも祭りには不釣り合いだったが、美少女たちの艶やかさもこの小さな祭りには逆の意味で不釣り合いだった。
この2人の間に立っている俺は、端から見たら石ころくらい存在感が無くなっているであろう。何それ悲し、タダでさえ存在感の無さには定評があるのに。
「ねね、早くお祭り一緒に回ろうよ!」
「ね!雄太くん何がしたい?」
2人の少女は、再び俺の両腕を双方からひしと抱き、屋台の方の明かりへ連れ出そうと歩き出した。まぁ、この2人の圧倒的な美少女オーラがあれば、指摘されたような俺の身から出る湿った瘴気もかき消されるだろうから、他の人のお祭り気分に水を差す心配もないだろう。さて、女の子と一緒に夏祭りを回れるという幸せを噛み締めるとしますか。
「ちょっと!待ちなさいよ!」
不意に、強引に服が引っ張られて俺は体をみっともなく仰け反らせた。振り向くと、鬼の形相で俺たちを睨みつける安曇野の姿。
「何よこの子たち!どういうことよこれは!」
「え、あれ、言ってなかったっけ?」
「何も聞いてないわよ!」
「いや、友達も呼ぶって話しただろ、前に車乗ってる時に」
俺がそう言うと、安曇野は一瞬眉を顰めた後に、何かに気付いたように口を大きく開いて狼狽えた。
「と、友達って……お、女の子だったの……?」
「まぁ、そうなるな」
確かに、人脈の少なさ以外誇れることが特にない俺がお祭りに誘っている数少ない友人が、まさか女の子だなんてゆめゆめ思わないのは無理もない話である。とはいえ失礼な話だけどな。
「ア、アンタに、女の子の友達……?し、しかも、こんな……ウソよ」
「いや、これにウソとかないだろ」
「いやウソ!絶対ウソ!ウソに決まってる!」
安曇野は今までにないほど狼狽しきった表情で俺を指差して捲し立てる。
「ありえない!アンタみたいな根暗陰キャに、こんな女の子の友達がいるわけない!」
「いや、いるわけないっていっても、現にいるからなぁ」
「いない!」
ダメだ、この人話聞いてない。どうやら目の前で起こっていることがあまりにも非現実的すぎて、受け入れるのを拒んでいるらしい。けど、それって俺が死ぬほどモテないというのを前提としてますよね、当事者の俺が現実を受け入れられないならまだしも、アンタがその状態なの釈然としないんですが。
「そう!レンタル彼女でしょ!私に対して見栄を張りたくて、わざわざ可愛い女の子レンタルしたんでしょ!」
「するか!そもそも、あれ1時間5000円以上するし、着物なんて着て貰ったらもっと値が張るんだぞ、俺にそんな金ねえよ」
「え、借りようとしてんじゃん雄太……」
「1回調べて諦めたんだね……」
「おい、そんな恥ずかしいことを推察するな」
良いじゃんちょっと調べるくらい、俺だって女の子とデートしてみたかったんだよ。おいそんな哀れみの目でこっち見んな、羞恥心で爆散すんぞ。
俺が2人の視線に顔を引き攣らせていると、その様子が余計に気に入らなかったのか、安曇野は俺に詰め寄って更に問い詰めた。
「じゃあ美人局!絶対美人局!アンタ騙されてるわよ、目を覚ましなさい!アンタみたいな非モテ男が、こんな女の子たちになんの打算もなく好かれるわけないでしょ!」
「それはそうだな、完全に同意だ」
「そこ同意しちゃうんだ!?」
「どんだけ卑屈だし!」
俺がうんうん頷くと、両サイドからツッコミが飛び交った。いやはや、両耳から女の子の可愛い声を摂取出来るなんて、ムフフなASMR好きとしては贅沢この上ない。この2人の誕生日があったら、バイノーラルマイクでもプレゼントしようかな、流石にキモすぎて絶縁されそうだからやめよ。
「そう!この子たちは、アンタのことをカモにして、弄んでるの!じゃなきゃ、アンタみたいな怠惰で何の取り柄もないゴミクズと、遊んでくれるワケがない!」
「まぁ、そうかもな」
俺がその罵倒をサラッと流そうとすると、傍にいた2人から妙な殺気を感じて、その刹那に千曲と立科が俺の一歩前に出て安曇野と対峙した。
「ねぇ、アンタさ、それは雄太に酷くない?」
「そうだよ、今のは雄太くんに失礼だよ」
2人の眼差しに安曇野は一瞬困惑したが、俺に向けたような鋭い目つきで今度は2人を睨みつけた。
「アンタたちこそ、ゆうく……アイツのこと弄ばないでよ!」
「はぁ?なに言ってんの?アタシは雄太と夏祭りを周りに来ただけだし」
「そんなハズないじゃない!アンタたちみたいなキラキラした女の子が、アイツみたいなどんよりしたヤツを気にかけるワケがない!アイツは全然モテないし、なんの魅力もないカスなの!1人じゃ何にもできないロクでなしなの!」
「ちょ、アンタいい加減に……」
「アナタ、さっきから雄太くんへの不当な評価を言いたい放題で、虫唾が走るのだけれど」
安曇野が俺を指差すのを見て、立科が口角を引き攣らせて言い返そうとした矢先、思わず凍えるような氷結のオーラが千曲から発せられた。あ、これはマズいやつかも。
「まず、アナタのそれは雄太くんを傷つける言葉選びをしているようだけれど、罵倒として不出来ね。カスだのロクでなしだの、抽象的で中身がないわ。相手を傷つけたいなら、ちゃんと深く突き刺せるように相手の言行の実例をあげなさいな」
冷気を帯びたその言葉を、千曲は澱みなく続けていく。久々に見たけど、やはり二重人格さえ疑うレベルの変わり身である。こっわ。
「さて、そもそも不用意にヒトを傷つけることを目的としている時点で、アナタの道徳的な程度の低さが窺い知れるのだけれど。アナタ、インターネット上でレスバなどと称して意味のない揚げ足取りに精を出している、前頭前野が未発達で生産性ゼロの低脳どもと、やっていることは変わらないことに気付いていないのかしら?」
おい、それは俺にも刺さるからやめろ。俺って前頭前野が未発達で生産性ゼロの低脳だったのかよ、流石に酷すぎるだろ。
「それと、相手を貶すことで自分の優位性を担保しようとする行為は、かえって自らの品位を下げることに繋がることを肝に銘じたほうが良いわね。それから……」
「お、おい!ちょ、ストップストップ!」
千曲の舌鋒に呆気に取られている安曇野を見て、俺は堪らず割って入った。俺の姿が目に入った千曲は、我に帰ったように眉を下げて焦る。
「……あ、えっとその!これは違くて!本当に違くて!」
「だ、大丈夫大丈夫!アレだよな?ちょっと変なスイッチ入っちゃったんだよな?分かる分かる、俺も学生時代明らかに陽キャだったヤツの取ってつけたような陰キャブランディングに対して、変なスイッチ入ってボロクソに罵倒しちゃうこととかあるし!」
「うぅ、ごめんなさい……」
「いや、謝る必要ないって!そんな癇癪誰にでもあるから!あー俺も変なスイッチ入りそう、学生生活楽しそうなヤツ全員くたばれ!スポーツ飲料の青春CM薄寒くてイライラすんだよ!絶対買わねえからなマジで!」
涙目になりながらいじらしくショボンとする千曲を見て、俺は思いつく限りのフォローを入れた。いやこれフォローになってるか?ただ俺が普段思ってること言っただけでは?
そして、依然として放心しきった様子の安曇野に振り返って、なんとか弁明の余地を探る。安曇野は生徒会長ゆえに学校内で顔が広く、いわゆる一軍に属しているために、ここで千曲の悪評を流されてしまっては、先の二の舞になってしまうのだ。
「あー、なんかその、千曲も立科も、悪気があってやったわけじゃないんだ!ただ、俺と安曇野の関係性を知らなかっただけというか、むしろ俺が安曇野のことを説明してなかったのが悪いんだ!まぁつまり、全部俺が悪いってことで!すいませんでした!」
「ねぇ、なんで雄太が謝ってんの?なんも悪くなくない雄太?」
俺が安曇野に対して手を合わせて情けなくお慈悲を乞うていると、立科が俺の肩に手を置いて心配そうに見つめてくる。
「いや!今回はマジで俺が悪いんだよ!立科と千曲のこと、安曇野に何も伝えてなかったから!連絡と報告、いわゆるレンホウが出来てなかったんだ!」
「普通はホウレンソウでやるんじゃないかな……」
あたふたする俺の言葉に、千曲は弱々しくツッコミを入れた。意気消沈してる時でもそこはしっかりやるんですねこの子。
「まぁ、ということで!こちら、友達の千曲双葉さんと立科乃亜さんです!そしてこちらが、俺の幼馴染の安曇野琴音さんです!そして俺が、名前を言ってはいけない人です!気軽にヤハウェって呼んでね!はい、拍手!」
俺がどうにか場を明るくしようと懸命にボケてみたが、3人の少女は誰もそれにツッコむことなく、タダならぬ雰囲気で対峙するばかりだった。ちょーい!俺が滑ったみたいになってんじゃん!みたいな滑り芸でもかまそうかな、流石に端から見てて痛々しすぎるからやめておこう。
俺がキャラじゃない振る舞いに疲弊していると、安曇野は訝しい表情で立科と千曲を交互に見やる。
「千曲双葉……!?立科乃亜……!?通りで、見覚えがあるなと思ったのよ……!」
「あれ、もしかして知ってたか?」
「知ってるもなにも、東高の問題児2強じゃない!」
安曇野は驚愕したような表情を浮かべつつ、俺を見ながらそう言った。
「え、そんな感じなの?」
「千曲双葉って、転校早々から紗奈を泣かせて、1組を崩壊させた張本人でしょ!?立科乃亜は、ロクに学校にも来てない、金髪の不良娘じゃない!」
いやはや、やはり学校という閉鎖空間での情報伝播力というのは恐ろしいもので、この手の悪評はすぐに轟くらしい。しかも、その如何ともし難さや個々人の苦悩は勘案されず、表層的な出来事だけが伝わってしまうことで、真実ではないが事実ではある悪評が蔓延ってしまうのが、余計に難儀極まって思わずため息が出そうになる。
「いや、安曇野が思ってるような子たちでは……」
「うるさい!この子たち、可愛いとかなんとかで妙に人気だけあるから、生徒会も手を焼いてるのよ!裏サイトとかグループチャットでファンクラブまであるのよ!?こんな子たちが東高の模範になっちゃったら困るの!」
やっぱ凄いな美少女って、ファンクラブなんてあんのかよ。まぁ確かに、この2人の美貌で捨て置かれているほうが不自然なのは分かるが。
そして、同じ学校なのにそんなことを全く知らない俺の情報網の少なさよ。人付き合い無さすぎて、自分の高校のこと1つも知らないじゃん俺。
「なんでこんな子たちとアンタが関係あんのよ!」
「えー、まぁ、紆余曲折としか言いようがないなぁ」
「何よそれ!何があったか説明……ねぇ、アンタが紗奈を泣かせたり、停学になったりしたのって、もしかして……」
どうやら、安曇野の中の点と点が、今この瞬間に線で結ばれたらしい。彼女は信じられないといった様子で俺を見つめる。
「……アンタ、この子たちと関わったから、そんなこと、したんでしょ」
「いや、その言い方だとだいぶ語弊があるというか……」
「うるさい!ずっとおかしいと思ってた!アンタは誰かを泣かせたり、停学になるくらいの非行に走るような人間じゃない!こんな子たちと関わったせいで、悪い影響を受けちゃったんでしょ!」
「いや、だからそれには事情があって……」
「もういい!アンタが関係を切れないなら、私が切ってあげる!」
安曇野はそう言うと、千曲と立科に詰め寄って、顔を真っ赤にしながら言い放った。
「アイツのことをこれ以上巻き込まないで!」
「いや、巻き込むとかじゃなくてアタシは……」
「アイツを停学にしたの、アンタなんでしょ!」
安曇野のその言葉に、立科は俯いて押し黙った。辛そうな表情で唇を噛む。その様子を隣で見ていた千曲は、立科の背中をさすってフォローするように安曇野に対して愛想笑いを浮かべる。
「ま、まぁ、立科さんにだって多分事情があってですね、ちょっと言い過ぎなんじゃないかなと……」
「アンタだってそうよ!アイツが紗奈を泣かせたの、アンタがやらせたんでしょ!」
「そ、それは……」
「そう考えれば、アンタが紗奈に喧嘩売ったのと、辻褄が合うでしょ!あのせいでアイツがどんだけ悪口言われてるか知ってる!?」
安曇野の言葉を聞いて、千曲も力なく黙って俯いた。表情からは力がなくなっていき、血色が引いていく。
暗澹と地を見る2人に、安曇野は我慢ならない様子で続ける。
「アイツとこれ以上関わらないで!アンタたちなら、もっと他に居場所があるでしょ!?なんでアイツなのよ!アンタたちに巻き込まれてから、アイツがどれだけ……」
「……おい!……もう、そこまでにしてくれ」
俺は我慢ならず、強い力で安曇野の肩を掴み、静止してしまった。浴衣にできたその皺を見て、安曇野は俺をまた睨みつける。
「この子たちの肩を、持つんだ」
「いや、そんなんじゃないけどな。俺がクラスで嫌われ者になったのも、停学したのも、全部俺が自分で勝手にやったことだ、千曲と立科は関係ない」
「……ウソ」
「ウソじゃない。俺は不利益を被ってまで他人を助けるほど殊勝な人間じゃない。幼馴染の安曇野なら、それくらい分かるだろ」
そう、俺が彼女らを救ってやったことなんて1度たりとてない。俺は誰かの救世主になれるような、力も、高潔さも、ましてや哲学だって待ち合わせてなどいない。俺はただ、たまたま彼女らの傍にいる機会があって、美少女に対しての下心によって、提供可能な大したことのないリソースを分け与えただけである。
これは救いなどという、傲慢でクソッタレな偽善ではなく、美少女を前にした打算的ギブアンドテイクに過ぎない。ガールズバーで女の子を落とそうとして散財しているオッサンと、やっていることは大差ないのだ。
「少なくとも、今回の俺の不利益は、全て俺の勝手な選択だ。だから、千曲と立科にそれを言うのは、やめてくれ」
「……」
俺のその言葉に、安曇野はただ黙って、少しだけ寂しそうな表情を浮かべるばかりだった。
「……ほら、みんなでお祭り回るんだろ?行こうぜ」
俺が無理やり切り替えて、ポケットに手を突っ込みながら屋台の方に歩き出し、3人の方を振り返ったが、全員が俯いて表情に影を落としている。
おい、重いってこの状況。俺がどうにかできる雰囲気じゃないぞコレ。まさか俺が、私のために争うのはやめて!状態に陥ってしまうとは。美少女3人揃えておいて、なんで俺がヒロインなんだよ、圧倒的に配役ミスだろコレ。
俺がにっちもさっちもいかない状況に頭をかいていると、小さな影が近づいてくる気配がした。
「雄太たち、こんなとこで何やってるの?お祭りあっちだよ?」
ふと、俺の足元には、その様子を不思議そうに見上げている安曇野の弟がいた。
「ちょ、りっくん!おばさんと一緒にいるんじゃなかったの!?」
「はぐれちゃった!おばさん迷子だね、大丈夫かな?」
「りっくんが迷子なの!もー!無事だって連絡しなきゃ……」
安曇野は弟の頭を握り拳で優しくコツンと小突いて、同じ部分を今度は優しく撫でつけた。こういう面倒見の良いところを見ると、まるで小さな母親のようにさえ映る。
姉に撫でられていた弟は、不意に千曲と立科のほうに視線を移して首を傾げた。
「このお姉ちゃんたち、だれ?」
「え?えっと、この人たちは……」
「お姉ちゃんの友達?」
「え、えっと……」
その弟の無垢な眼差しに安曇野が解答に窮していると、立科はしゃがみ込んでその幼児と目線を合わせ、ニコッと微笑んだ。
「うん!アタシはお姉ちゃんの友達の、乃亜って言うの!お名前は?」
「安曇野陸!」
「そっか!じゃありっくんだね!よろしくね!」
「うん!よろしく乃亜お姉ちゃん!」
元気に挨拶する安曇野弟にニッコリ笑顔で返すと、立科は頭を優しく撫でた。意外と小さな子への愛想に慣れているようである。
「そっちのお姉ちゃんは?」
「え、私ですか?私は千曲双葉と申しまして……」
「千曲ちゃん目線目線!」
幼子に話しかけられてぎこちなく笑顔を作る千曲に、立科はしゃがむように促した。それを見た千曲が慌ててしゃがみ込んで安曇野弟と目線を合わせる。
「双葉お姉ちゃん?」
「呼称に関しましては、お好きなように決めていただいて構いません……」
「……?」
「……ごめんなさい、双葉お姉ちゃんで大丈夫です」
「そうなの?よろしく双葉お姉ちゃん!」
そう言って安曇野弟が小さな手を差し出すので、千曲はヘタな笑顔を浮かべながら、遠慮がちにその手を取ってたどたどしく握手を交わした。立科と打って変わって、千曲は小さな子供への対応に全く慣れていないらしい。コレ俺と同じレベルじゃないか?
「ねーねー!雄太たちもお祭り回ろうよ!」
「……君を今日から救世主と呼んでも良いか?」
「ん?僕の名前は陸だよ?」
いいえ、君の名前はメシアです。なぜなら、あんな地獄みたいな雰囲気を子どもパワーで完全に吹き飛ばしてしまったのですから。アーメン。
小さな子供というのは、いるだけでその場をほのぼの空間にしてしまう魔力を備えている。あるいは、子供を喧嘩や戦争に巻き込んではいけないという社会的要請を、全ての人間に守らせる道徳的特異点なのだ。しかし、ニュースなどで戦争に子供が巻き込まれていることを殊更に強調されると、いや仮に子供がいなくても戦争はすんなよ、などと思ってしまうのだが。
「何かやりたいことはあるか?」
「僕ね、金魚すくいがやりたい!勝負しよ勝負!」
「良いのか?こう見えて俺は、手先の不器用さには定評のある男だぞ?無惨に破られたポイの屍の山を築くことになるが、覚悟は出来ているのか?」
「下手くそなのを強キャラみたいに言うなし」
「けど、雄太くん金魚取れても絶対放置して死なせちゃうから、むしろ下手で良かったかも」
「ほっとけ」
はてさて、この小さな救世主の登場によりなんとか雰囲気を立て直した俺たちは、当初の目的であるお祭りの屋台に向かって歩き始めたのである。




