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祭り1


 「……と!起きなさいよ!」


 朦朧とする意識の中、女の子の声が俺の鼓膜を震わせるのが分かった。コレは察するに、俺が夢の中で具現化させた『俺の幼馴染が理想のヒロインすぎるんだが』のヒロインの1人、ツンデレ委員長の五月丘綱手だろうか。


 「ちょっと!いつまで寝てるのよ!このアンポンタン!」


 間違いない、コレは五月丘綱手だ。いやはや、夢にまで好きな作品のヒロインを召喚してしまうとは、俺の妄想力もバカに出来ない次元に到達したようだ。明晰夢レベルまで高めれば、ユナたそと無限にイチャイチャ出来るかもしれない、夢が広がるぜ、夢だけに。


 「もう!私が起こしに来てあげてるんだから!感謝しなさいよね!」


 しかし、『俺の幼馴染が理想のヒロインすぎるんだが』はアニメ化作品ではないので、未だCVは存在していない。故に、俺は勝手に妄想でCVを配役して楽しんだりしているワケだが、どうもこの五月丘は俺の配役した声優さんの声ではない。


 「ちょっと!そろそろいい加減にしなさい!」


 俺は声優さんの声を聞けば大体1発で当てられる程度には声豚の名を欲しいままにしているワケだが、この声優さんは分からないぞ?新人さんかな?相当可愛い声をしているので、作品にさえ恵まれれば大きく羽ばたけると思います。


 「こっの!起きなさいよ!バカ!」


 瞬間、外気温が一瞬にして下がった。というか、俺を包んでいた暖かいものが引き剥がされたような感覚。

 なるほど、どうやら掛け布団を引っ剥がされたらしい。さすがツンデレ委員長。てかたまにある委員長って設定なんだよ、何委員会の委員長なんだよソレ。もしそれが変態委員会の委員長だったら話変わってくるだろ。あ、もしかしてそういう叙述トリック?委員長が真面目な委員会だなんて一言も書いてませんけど?みたいな展開か?くだらなすぎるだろ、叙述トリックに謝れ。


 「早く起きなさいよ!遅刻しちゃうでしょ!」


 俺は上から体を揺さぶられる。うーん、俺あんまり古典的なツンデレヒロインは好みじゃないんだよなぁ。特に、休日の惰眠を邪魔してくるのは相当マイナスポイントだな。

 ん、いや待ておかしい。なんで夢の中の五月丘が、俺の布団を剥がして体を揺さぶることが出来るのだろうか。それではまるで、本当に存在するみたいではないか。


 「もう!やっと起きた!アンタどんだけ起きないのよ!ほんっと昔から変わってないんだから!」


 俺がゆっくりと瞼を開けると、目の前には目鼻立ちの整った女の子が、むくれた表情で俺を見ていた。

 その少女は五月丘ではなかった。水色のショートボブではなく、黒髪のポニーテール。そりゃ、現実の世界に髪の毛が水色の女子高生なんてそうそういるわけもなく。


 「とっとと起きなさい!顔洗って、歯磨く!」


 「んー、どっちもキャンセルでお願いします」


 「なにふざけたこと言ってんのよ!汚いでしょ!このバカ!」


 なぜに起き抜けにこんなお節介を焼かれねばならないのだろうか。別に迷惑かけてないなら汚くても良いだろ。

 俺はベッドに座って目を擦り、腰に手を当てて口を尖らせる目の前の少女を訝しげに見つめた。


 「……なんで安曇野が俺の部屋にいんの?」


 「迎えに来てあげたに決まってるでしょ!ほら、着る服はここに用意してあるから、さっさと洗面所に行く!」


 「……まだ12時なんですけど」


 「もう12時でしょ!なんでこの時間にまだ寝てるのよ!?信じらんない!」


 休日にいくら寝ようが何時に起きようが、誰かにとやかく言われる筋合いはないが。まぁ、ここでレスバしても面倒くさいだけなので、言われるがまま洗面所に行くとしよう。

 俺が洗面台で顔を洗って歯を磨いていると、安曇野が入ってきて鏡越しに俺に話しかける。


 「ちょっと!寝癖ついてるじゃない!もうしょうがないわね!ドライヤー貸しなさい、私が直してあげる!」


 「いいよ別に」


 「自分で直すより私が直したほうが綺麗でしょ!」


 「いやそうじゃなくて、直さなくて良いだろ」


 「ダメに決まってるでしょ!アンタのその外見への無頓着はどうにかしなさいよね!」


 安曇野はそう言って洗面台の下の戸棚からドライヤーを取り出し、コンセントを挿してスイッチを入れた。俺の髪の毛を丁寧に撫で付けながら温風を当てる。


 「ちょっと!あんまり動かないでよ!乱れちゃうでしょ!」


 「あー、すまんすまん」


 「ホントにもう!」


 こうやって繊細に頭を撫でられていると、なんだかトリミングされている犬のような気持ちである。可愛いトリマーさんにトリミングされるプードルに転生する物語とか面白いかな、いや出オチすぎてそれ以上展開出来ないわその設定。


 「はい!寝癖直った!ホント、アンタって1人じゃなんにも出来ないわよね!」


 「うん、ありがとう」


 「ま、まぁ?そうやって感謝する気があるなら?これからも寝癖くらいなら直してあげても良いけど?」


 休日に叩き起こされて寝癖直されるのとか絶対嫌だわ。髪の毛が多少跳ねてることなど、睡眠時間の消失に比べれば瑣末な問題に過ぎない。食い物の恨みと同様に、睡眠の恨みも深いのだ。

 何やら満足げに笑みを浮かべる安曇野を尻目に、俺はまた着替えるために自室へと向かった。その後を追うように、安曇野がチョコチョコと付いてくる。


 「ほら、早く着替えなさい!」


 「あー、はいはい」


 「着替えたら一緒に神社に行くわよ!急いで!」


 「え、まだ早いだろ。お祭りって夕方からじゃないのか?」


 「何言ってんのよ!私たちは設営があるんだから、13時には集合しなきゃダメなの!」


 「えー、いよいよ雑用じゃんソレ」


 「つべこべ言わない!アンタのこと、みんなに紹介しなきゃいけないんだから!」


 そんなことを言われると、余計に気が滅入る。紹介されてなんて言えば良いんだよ、えへへ、とかしか言えないぞ、どんだけコミュ障なんだよ俺。

 俺は着替え終わるや否や、安曇野に急かされるように背中を押されて、家の玄関から出た。


 「ほら!神社行くわよ!」


 「あー、道案内頼む」


 「なんで近所の神社に行くのに道案内が必要なのよ!アンタも地元でしょ!」


 「俺小学校以来あの神社行ってないんだよ。4年ぶりくらいだから、あんま道覚えてなくて」


 「初詣くらい行くでしょ普通は!」


 「俺は毎年寝正月だからなぁ」


 「どんだけ寝てんのよ!このバチ当たり!」


 散々この性格を非難されてきたが、運までなかったら終わりだぞ俺。せめて神だけは俺を見捨てないでくれよ、神社には行かないけど、胸の中で拝んどくからさ。


 「もうしょうがないわね!ついてきなさい!」


 「うん、ありがとう」


 遠くから蝉の音が響く炎天下の住宅街。俺はあくびをしながら、気怠げに立科の後に続いて歩いて行った。

 やがて神社に着くと、既に設営が始まっているようで、ヒトの声やら骨組みを立てる音やらで騒がしかった。安曇野は躊躇なく境内に設置されたテントに入っていくので、俺も少し不安げに後に続く。


 「こんにちは!ご無沙汰してます!」


 「おー!琴音ちゃん!よく来たね!」


 安曇野がパイプ椅子に座っている中年男性に話しかけると、そのヒトは振り返って笑った。それを見たオジサン数人がゾロゾロとこちらにやって来る。


 「琴音ちゃんじゃないか!相変わらずべっぴんさんだね!」


 「そんなそんな!やめてくださいよー!それよりどうですか?設営は順調ですか?」


 「あー、ちょっと押し気味だけどね、なんとか間に合いそうだよ」


 「そうなんだ安心!みなさんありがとうございます!毎年毎年こんな立派なお祭りを開いていただいて!」


 「いやいや、地域のみんなもコレを毎年楽しみにしてくれてるからね。それに、オッサンは家庭で肩身が狭いから、息抜きにもなってるんだよ!」


 「おい、そんなこと言ったらかみさんにまた怒られるぞ!」


 「あれ、こりゃ参ったな!」


 そう言って大きく笑うオジサン連中の中で、安曇野は手で口を押さえて遠慮がちに笑った。

 いや、これ本当に笑ってるか?傍から見たら今の会話全然面白くないぞ。少なくともJKが笑うような内容ではないし、絶対愛想笑いだろソレ。

 なお、俺も空気を読んで笑おうとしてみたが、あまりにも慣れなさ過ぎて口角にガムテープでも貼っているのではと思われるほど引き攣ってしまった。やっぱ女の子って愛想笑い上手いな、だから勘違いしちゃうんだよ男は。


 「私も設営手伝いましょうか?」


 「え?いいよいいよ、こんな可愛い女の子に設営なんてさせられないよ、こういうのは男がやるもんだよ」


 「そうですか?じゃあ、この子を手伝わせてあげてください!」


 安曇野はそう言って、俺を手で指し示す。オジサンたちの視線が、イッキに俺へと集まった。うわぁ、ついに懸念してた自己紹介タイムだ、大人の男性たち相手だと余計に緊張するではないか。


 「えー、どうも、須坂雄太と申します、お見知り置きを……いや、別に無理に覚えなくても良いですけど……」


 なんなら忘れてくれ、今の挨拶含めて。

 俺がボソボソと自己紹介すると、安曇野が最初に話しかけた少し小太りの男性が、眉を顰めて俺を凝視した。え、俺もしかして指名手配犯に似てたりしますか?犯罪だけはやりませんよ俺は。


 「須坂……?この辺で須坂って、あやめちゃんの家しかないよな?」


 このオッサン、地域密着型データベースに基づいて、すぐに俺の素性を割り出しやがった。いやはや、プライバシーなどあったものではない。

 俺が引き攣った愛想笑いを浮かべると、安曇野が俺の隣に来て、寄り添うように首を傾けた。


 「そうです!あやめさんの弟の、雄太くんです!」


 「おお!そうか君か!須坂さんの家に弟がいるのは知ってたけど、小さい頃以来見た記憶がなかったから、てっきり触れちゃいけない話題だと思ってたよ!」


 おいそんな気の使われ方されてたのかよ俺。なに死んだと思われてたってこと?ごめんなさいめちゃくちゃ生きてます。生きててごめんなさい。


 「ほら、あやめちゃんの弟だってこの子!」


 「へー!あやめちゃんとは全然似てねえな!」


 まーた言われたよソレ。俺は人生で何回コレを言われ続けるのだろうか、もう数えとこうかな。

 俺がそんなことを考えてげんなりしていると、傍らの安曇野が俺の肩に手を置いてオジサン達に言う。


 「雄太くんも設営参加したいみたいなので、一緒に手伝って良いですか?」


 「おお!そうかそうか!ちょっと手が足りなかったからね!大歓迎だよ!」


 おい、なんで俺が前向きに設営したいヤツになってんだ。あと、手が足りないのになんで安曇野は手伝わなくて良いんだよ、ジェンダー界隈とルッキズム界隈が燃えるぞその発言。

 などと大人の男性に言ってのけるほどの度胸が俺にあるはずもなく、あいも変わらず不恰好な愛想笑いを浮かべた。


 「じゃあ、君にはパイプ椅子を並べるのを手伝って貰おうかな。あそこにステージがあるから、そこの前に並べてね」


 「あ、わかりました……」


 そんなこんなで、俺は横たわったパイプ椅子をえっちらおっちらステージの前に運び出し、小規模な観客席を作っていく。完全なる無賃労働、アンフェアトレードすぎるだろ、ユニセフ仕事しろ。

 炎天下の中、俺は土の上にパイプ椅子をガチャガチャと並べていく。とはいえ、こういう単純作業はコミュニケーションを伴わないので、黙々と行える点においてさほど苦痛でもない。

 俺がランナーズハイならぬパイプ椅子ハイという聞いたこともない心理状態になって、職人としての自我すら芽生え出した頃、不意に頬に冷たい感触が走った。


 「おわっ!」


 「そんな驚かなくていいでしょ。はい、これ飲んでちょっと休憩しなさい」


 振り返ると、俺の頬に冷えたスポーツ飲料を当てる形で差し出している安曇野の姿があった。


 「いや、今良いところだから」


 「パイプ椅子並べるのに良いところも何もないでしょ!ほら、熱中症になる前に、ちゃんと休みなさいよ」


 「そうだな、ありがとう」


 「べっ!べ、別に、アンタのことが心配でとかじゃないから!熱中症で倒れられても困るから!それだけよそれだけ!」


 俺がペットボトルを受け取って少し微笑むと、安曇野はなぜか急に顔を赤らめて慌てた様子で飛び退き、俺から顔を逸らすようにスポーツ飲料数本を抱えて小走りで去っていった。アイツの方が熱中症の疑いあるんじゃないか?

 俺がパイプ椅子に寄りかかりながらペットボトルを傾けて喉を潤していると、安曇野が他の人たちにスポーツ飲料を配っている様子が目に入った。


 「お疲れ様です!暑いので、ちゃんと休んでくださいね!」


 「おお!ありがとう!こんな可愛い子から差し入れだなんて、おじさん達も精が出るよ!」


 「可愛い子だなんて、そんなそんな!」


 「いやいや、琴音ちゃんはこの地域の育成会のアイドルだからね!みんなもそう思うだろ?」


 「そうだな!俺の倅が琴音ちゃんの1個下でよ、中学校の頃なんてファンクラブがあったり、他校の男子がわざわざ見に来たりしてたって聞いたぜ?」


 「あくまで中学の時の話ですから!もー、そんなに揶揄われたら私も怒りますよ?」


 「あーごめんね!オジサン達もつい調子に乗りすぎたよ!ハッハッハ!」


 スポーツ飲料を配りがてら、安曇野はオジサン連中との談笑に花を咲かせた。ニコニコと笑顔で愛嬌を振りまく。

 おい、俺への接し方と違いすぎるだろ、本当に同一人物かあの女の子は。少しで良いからその愛想を俺と接する時にも分けて欲しいものである。なんでオジサンにだけそんな愛嬌満点なんだよ、やはり権力か、権力なのか。


 「いやぁしかし、こんなべっぴんさんが舞を披露してくれるって言うんだから、このお祭りも余計にやりがいがあるってもんだよ!」


 「まぁ、私も久々なので、大丈夫かなって感じですけど」


 「琴音ちゃんなら大丈夫!期待してるよ!」


 「はい、ありがとうございます!じゃあ、みなさん設営頑張ってください!こまめに休んでくださいね!」


 そう言ってオジサン達にニコニコと手を振ると、安曇野はまたこちらの方に戻ってきて、俺が設置したパイプ椅子に座って首元を手で扇いだ。ショートパンツから伸びる健康的な純白の太ももを交差するように組むので、俺は反射的に目を逸らした。なんで人間ってエロいなって思うと目を逸らしちゃうんだろう、生殖の観点からすれば、むしろエロいものは避けない方がいいはずだけどなぁ。


 「あっつ……アンタも座れば?」


 「あ、どうも……」


 安曇野がそう言って隣のパイプ椅子を指差すので、俺はおずおずとソレに座った。コレ俺が並べたパイプ椅子なんですけどね。

 俺がその気まずさにとりあえずスポーツ飲料をチビチビ飲んでいると、安曇野は隣の席で偉そうに足を組みながら右太ももに頬杖をついて、正面の小さなステージを眉を顰めながら見つめた。


 「なんか、もうちょっと並べ方どうにかならなかったの?」


 「え?」


 「だからパイプ椅子!ここみたいに後列の席だと、前にヒトが座ってたらステージが見にくいじゃない!もっと工夫しなさいよ!」


 「工夫ったって……てか、地域の小さなお祭りのショボいステージをそんなちゃんと見たいヤツなんているか?」


 「いるわよ!高橋さんの大道芸とか、山本さんのマジックショーとか、塚田さんの奥さんの演歌とか、見どころいっぱいあるんだから!」


 おいその香盤表誰1人として知ってる人がいないぞ。小さな地域の大したことないお祭りとはいえ、ステージの香盤にあまりにも惹きが無さすぎるだろ、なんだよ塚田さんの奥さんの演歌って、近所の歌うまオバサンのカラオケ大会じゃねえかもはや。

 俺がそのショボすぎるラインナップにげんなりしていると、安曇野は小さく体を捩ってボソッと呟くように言う。


 「……あとは、私の日本舞踊とか」


 「え、安曇野もステージ出るのか?」


 「出るわよ悪い!?何か文句でもあんの!?」


 「い、いえ、素晴らしいと思います……」


 なんでこんな喧嘩腰なんだよ、俺実は気付かぬうちにアンタの親でも殺しましたか?そうでもないと、ここまでの俺への攻撃力の高さは説明できないだろ。


 「今年は育成会の学生代表としてステージで何か披露して欲しいって話になって……弓道やるのは危険だし、いちおう小学校から中学校の終わりまで日本舞踊をやってたから、それをやろうかなって……」


 「あー、なんかだいぶ前のお祭りでも着物着て踊ってたよなアンタ。てかアレいつだ?俺がお祭りに行ってるってことは相当前だぞ」


 俺がボヤッとした記憶を思い出して、眉を顰めながら首を傾げていると、安曇野は口をポッカリあけて唖然とした表情で俺をジッと見てきた。


 「な、なんだよ」


 「い、いや、ボンクラのアンタが、そんな前のこと覚えてるんだって思って……」


 ボンクラとは聞き捨てならない。俺は記憶力にはかなり自信がある方である。ゆえに、今までの嫌な記憶は忘れたいものまで含めて全て明瞭に記憶されているのだ。ちなみに、興味のないことに関してはこの優秀な海馬もすぐに忘却してしまうようで、英単語などは一切覚えられない。いらないとこだけ高機能だなこの脳みそ。

 

 「まぁ、なんとなく覚えてるだけだけどな。だいぶ小さい頃だったよなアレ」


 「小学校2年生の頃よ、その年まではアンタもお祭り来てたから」


 「そうなんだ、よく覚えてるなそんなこと」


 俺がスポーツ飲料を飲み切ってしまってキャップを閉めながらそう言うと、安曇野は途端にまた顔を真っ赤にして慌てふためいた。


 「べっ!べ、別に、アンタがいたからとかじゃないから!私はバカのアンタと違って、ちゃんと覚えてるってだけ!忘れてるのは、アンタがバカだからよ!このバカ!」


 どうやら、またも身に覚えなく彼女の地雷を踏み抜いてしまったらしい。モテる男曰く、女の子は男よりもヒステリックな傾向が強く、そもそもヒステリーの語源が古代ギリシア語で子宮を意味するヒュステラだそうだ。そう考えると、俺のこの2次元の女の子に対しての筆舌に尽くし難い興奮は、後世にオパーイなどと呼ばれるのだろうか。いや、この場合興奮してんのは男だから、ポコーチンかな?どっちでもいいわ。

 ともあれ、非モテの俺にこの子の沸点を把握できようもなく。俺がその難儀さに嘆息していると、安曇野は顔を赤らめ続けながら、俺を少し覗き込むように上目遣いで尋ねてきた。


 「……その、どこまで覚えてるの?」


 「はい?」


 「だから!その時のお祭りのこと!どこまで覚えてるのかって聞いてんの!」


 安曇野がなぜか意を決したようにそう言うので、俺は顎に手を当てて記憶を辿った。

 記憶にあるのは、提灯の灯火の中で着物を靡かせながら優雅に舞う女の子の姿、近くの高台から見下ろした祭りの明かり、りんご飴を齧った拍子に乳歯が弾け飛んで痛かったこと、金魚すくいのポイの紙が脆すぎて絶対すくわせる気ないだろという苛立ち、水ヨーヨーで遊んでいたら近所のガキ大将に吹き飛ばされて、そのまま手から離れた水ヨーヨーが他の祭り客に踏みつけられて爆散した瞬間の虚しさ。

 な?嫌なことばっか覚えてるだろ?良いことよりも悪いことばかりが記憶に残るのも、俺の性格を捻じ曲げてしまった1つの要素かもしれない。


 「まぁ、あんま覚えてないな、やっぱり」


 「……そう」


 俺がしょうもない記憶を口に出すのを憚ってテキトーに流すと、安曇野のは明らかにテンションを下げて、心底つまらなそうな表情で再びステージを眺めた。


 「ともかく、今回のお祭りは学生代表として携わってる以上、しっかりやらなきゃいけないのよ。出店もステージも、みんなの期待に応えなきゃ」


 「……そうか」


 たかだか地元のお祭りに気負いすぎだなぁなどと素朴に思ったが、彼女の性格上、あんまり肩肘張らずに、などと月並みな言葉を投げかけても、余計に責任感を増すばかりなので、やめておくことにした。

 腐っても幼馴染、この辺りのことはなんとなく分かってしまうのだ。


 「だから、アンタにもしっかりやって貰わなきゃ困るから」


 「はぁ、しっかりも何も、俺何やれば良いのか未だにあんまり分かってないんですけど」


 「はぁ!?1週間前に当日のスケジュールと仕事内容メッセージで送ってるでしょ!?見てないの!?」


 え、マジで?俺はスマホを開き、チャット数の少ないなんとも寂しい履歴を見漁ると、事細かにタイムスケジュールが書かれた安曇野からのメッセージを発見した。最後には『しっかり目を通しておきなさいよこのバカ!』と締めくくられている。実際会うと素直になれないけど、メッセージだと甘々、みたいな優しいツンデレパターンではないらしい。メッセージも実際もどっちも高火力である。


 「すまん、今気付いた」


 「信じらんない!どうして1週間も気付かないのよ!」


 「どうしても何も、メッセージアプリなんて開くタイミングないからなぁ」


 「あるわよ!いくら友達のいないアンタでも、1週間もあれば流石に1回は開くでしょ!」


 「あまり俺を舐めるな、1ヶ月メッセージを開かないことだってザラだ」


 「そんなことを自慢げに言うな!」


 俺が胸を張ってふんぞり返ると、安曇野は声を荒げて俺を睨みつけた。しょうがないじゃん、誰からもメッセージ来ないんだもん。一切更新されないメッセージアプリを逐一開くなんて、まるで自分の孤独を確認する作業みたいで嫌だわ。


 「そこに書いてあるでしょ!私たちは焼きそば屋の出店とステージの裏方の音響を、休憩しつつ交代制で回すの!」


 安曇野はパイプ椅子をズラしてこちらに身を寄せてくると、俺のスマホ画面をスクロールして指差した。


 「え、焼きそば屋やるの?俺料理なんてカップラーメンしか出来ないぞ?」


 「カップラーメンは料理じゃない!というか、アンタが家事全般できないことなんて私は知ってるわよ!アンタは、私が作った焼きそばをお客さんに手渡しして、お会計するの!」


 なるほど、確かにそれなら俺でも出来そうだ。なんなら、お金をちょうどで持ってこない不届き者がいたら、購入拒否にしよう、だって計算めんどくさいからな。俺絶対バイトとか出来ないじゃん。


 「まぁ、俺が焼きそば作るわけじゃないなら、大丈夫そうだな」


 「アンタに作らせるワケないでしょ!アンタの汗が飛び散った焼きそばなんて、誰も食べたくないわよ!」


 それは結構酷いのでは?俺だって好きで発汗してるワケじゃないのに。ともあれ、ヒトの汗が入った食事というのが気分の良いものではないというのは否定できない。俺だって俺の汗が入ってる焼きそばはギリ嫌だ。


 「え、けどそれ安曇野だってそうだろ」


 「は?どういう意味よ?」


 「だから、いくら夜って言っても、鉄板の前で焼きそば焼いてたら安曇野だって汗かいて……あ、なるほど、確かにそれは別に嫌じゃないかもな、むしろ逆か」


 「だからどういう意味……ちょ!バカ!変態!この変態!」


 俺がなるほどと納得したように頷くと、安曇野は一瞬その意味を考えた後に、引き攣った表情を浮かべて俺を睨みつけながら罵倒した。スラッと伸びた足で俺の脛を蹴り上げる。


 「おい的確にローキックするな。先に汗がどうこう言ったのは安曇野の方だろ」


 「うるさい!バカ!死ね!この変質者!」


 変質者ではないだろ、10代の変質者なんて見たことねえよ。

 俺が蹴られた脛をさすっていると、安曇野は顔を真っ赤にしてそっぽを向き、逃げるように運営のテントに走って行った。本当に変質者と遭遇した時の対応だろソレ、今俺陰部でも露出しましたか?

 

 やれやれと首を回して、俺はパイプ椅子並べの続きに取り掛かった。さっき並べ方に文句つけられたからな、ちょっと列ごとにズラしたり工夫してみるか。普段労働を忌み嫌っている割に、殊勝にも真面目に取り組んでしまっているところが、なんとも自分の中の日本人的部分を感じざるを得ず、俺は蝉時雨の中で苦笑いを浮かべた。

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