誘い2
俺はベッドの上で、深く深呼吸をした。身内以外の女の子に電話をかけるなんて、初めてだからである。
着信拒否されてたらどうしよう、1回もかけたことないのに既に拒否されてるってどんだけ嫌われてんだよ俺。などと被害妄想を膨らませていても仕方がないので、俺は意を決して着信ボタンを押した。
コール音が部屋に鳴り響く。心臓の早鐘を誤魔化すように、俺は忙しなく体を動かした。
「……は、は、はい!はい!も、もしもし!?」
コール音が途切れて、少し慌てたような声色が向こうから聞こえた。よし、とりあえずブロックはされてなかったぞ。
「あー、もしもし?立科か?」
「な、な、なに!?なに!?なに急に!」
「え、ごめんそんな俺から電話されるの嫌だった?」
「い、いやそういうわけじゃなくて!急に電話なんてしてくるから!てっきり雄太は電話とか嫌いなタイプだと思ってたし!」
「いや、別に好きってワケじゃないけど」
なぜか慌てた様子の立科に、俺は少し上擦った声でそう返した。うわぁ、俺今女の子と電話しちゃってるよ、ちょっとリア充すぎません?あ、これもう死語か。
「その、今大丈夫だったか?」
「ま、まぁ大丈夫っちゃ大丈夫だけど?どうしたの?」
「いや、まぁ大した話じゃないんだけど、明後日って暇か?」
俺がそう質問すると、何やらバシャバシャと水の音のような雑音が聞こえた。なんだ?料理でもしていたのだろうか。
「そ、それって、その、アタシを誘ってるってこと?」
「まぁ、そういうことだ。前にそっちから誘えって言ってただろ?だから、まぁ、それのやつだ」
「それ言わなくて良かったし……でもまぁ、及第点かな」
なんかよく分からんが、とりあえず進級させてもらえるみたいである、よかったー。
しかし、実際会って話す以上に、なぜだか電話というのは余計に声が近い気がして、ドキドキするところがある。立科ってこんなに声可愛かったんだ、ちょっと今安眠用に耳責めとかしてもらおうかな、マジでブロックされそうだからやめておこう。
「まぁ、予定はないけど?どこ行くの?」
「ああ、俺の近所でお祭りをやるらしくてな、それに立科も一緒にどうかと」
「お、お祭り!?」
立科が驚いたような声を上げるので、俺は慌ててスマホ画面に顔を近づけた。
「あ、ごめん、嫌だったか?そうだよな、こういう地域の絆という名の相互監視社会の風通しの悪さに中指を立てるのがロックだよな、くそったれな地元を捨てて下北で一旗あげるのを邪魔するつもりはないんだ、悪い」
「アタシそんなこと一言も言ってないし!」
立科は電話の向こうで少し憤慨した後に、間を置いてから話し始めた。
「お祭りって、その、準備とか、あるじゃん?だからその、もうちょっと早く言ってくれると、嬉しかった」
「準備?あぁ、別に立科は何も準備してこなくて平気だぞ。起き抜けのまま丸腰で来てくれ」
「そういうワケにはいかないし!女の子には色々あんの!特にお祭りってなったらなおさら!」
「はぁ、別に寝癖爆発させて来ても誰も文句言わないぞ。なんならビジュアル系バンドみたいで、軽音部の立科には似合うまである」
「ビジュアル系のアレは寝癖じゃないし!そんな格好で外に出られるの雄太だけだから!」
さらっと俺に恥知らずなダサ男のレッテルを貼るな。まぁ、髪の毛の右側だけ明らかに跳ねてる状態で学校に行くことはよくあるけど。
「まぁ、そんなに気を張らずに来てくれ。俺はちょっと働かなきゃいけないみたいだけど、立科は好きなようにお祭りを楽しんでくれれば良いだけだから」
「ん?雄太なんかすんの?」
「あぁ、そもそもそのお祭りの裏方に駆り出されることになっちゃってるんだよ。だから立科も誘って、合間で遊べたらなと」
「えー?じゃあ2人で一緒に回れるワケじゃないってこと?」
「まぁ、そうなるな。お姉ちゃんもいるし」
「あやめさんもいるんだ。てか、近所のお祭りの手伝いってことは、他にも雄太の知り合い色々いるってことでしょ?」
「まぁ、知り合いって呼べるか怪しい人ばっかだけどな。あとは千曲とか……」
俺がベッドに寝そべって枕元にスマホを置きながら、天井を見上げて何の気なしにそう言うと、まるで誰もいなくなったかのように電話の向こうから音が消えた。
「……え、生きてる?」
「……」
「お、おい、ヤバいヤバいぞ、110番か119番かどっちだコレ?もうどっちも行くかコレ?いや、それは流石に迷惑過ぎるか……」
「……生きてる」
「おい、姿が見えないんだから急に黙るのはやめてくれ、うっかり救急車とパトカーと役に立たない俺が立科の家に急行するところだったぞ」
先ほどと比べて不機嫌そうな声色の立科の応答を聞いて、俺はホッと胸を撫で下ろした。いたずらに怖がらせるなよ、結構ビビりなんだから俺。
「ふーん、千曲ちゃん来るんだ、ふーん」
「え、いや、まぁそうだな」
「……ふーん」
姿が見えないので表情やら所作やらは定かではないが、なんとなく立科が不機嫌そうであることは容易に感じ取れる。
あれ、なんかデジャブだぞコレ、今日2回目な気がするぞコレ。
「……あのー、立科さん?」
「……なに?」
「もしかして、千曲とあまり仲が良くなかったり、します?」
「……女の子が答えにくい質問ランキング、堂々の1位だしソレ」
やはり、女の子は男よりも社会性の強い生態系だからか、嫌悪の類を言明するのは憚られるらしい。
「別に、仲悪いというより、コミュニティがズレてるからそもそもあんまり関わらない感じだけど……けど、そりゃ意識はするし。少なくともアタシはしてる」
「そ、そうなの?なんでだ?」
「なんでって……もういい」
俺の質問に呆れたように嘆息した立科は、少し間を置いて電話越しに呟くように言う。
「……行く」
「え?」
「だから!お祭りのこと!アタシも行く!」
「え、ああそうなの?けど千曲いるぞ?」
「だから行くんだし!アタシ絶対行くから!隕石が降っても行くから!」
「隕石が降ったらお祭りは中止だろ」
「中止でも!」
なんで中止のお祭りに来るんだよ。隕石の降り注ぐ地球最後の日にお祭りの設営だけされた神社に行くって粋が過ぎるだろ。絶対立科が神社の加護によって瓦礫の中で生き残って、もう1人の生き残りの男と結ばれるアダムとイブの物語だろソレ。俺が弥生時代に生まれてたら、結構面白い建国神話作れる自信あるけどなぁ。
などと無駄な妄想に耽っていると、電話の向こうからまたバシャバシャと雑音が聞こえてきた。
「ちょっと、一回切って良い?」
「あー悪い、もう夜の10時だもんな、こんな時間に電話してごめんな」
「いや、アタシ今お風呂入ってんの。あがって髪乾かしたらまたかけ直す」
おいおい勘弁してくれ。じゃあ俺は今湯船に浸かった立科と電話してるってこと?そんなことを知っては、一糸纏わぬ金髪美少女の姿を否応なく想像してしまうではないか。この子ちょっとエロトラップ多いよ。
「す、すまん!別に狙ったワケじゃないんだ!キャー!〇〇さんのエッチー!などというラッキースケベ展開は昨今フェミニズム界隈で糾弾の対象になっているらしいが、電話は勘弁してくれ電話は!」
「は?意味わかんないけど、とりま10分待ってて」
「いや、別にかけ直さなくて良いぞ、憩いのバスタイムにキモい声を聞かせてすまん」
「どんだけ卑屈だし!てか、そっちから電話かけてきたんだから、アタシが寝るまで付き合って、それじゃ」
俺が返答を返す間もなく、プツッと電話が途切れる音がした。
俺は立科からの折り返しを待つ間、パラパラとラノベを流し読みしていた。はて、立科が寝るまでって一体何時のことなのだろうか。期限を決めないといつまでも時間は飽和していくという法則があるらしく、それに当てはめると永遠に電話することになるワケだが。
などと考えていると、スマホに立科からの着信が入ったので、俺は応答をタップする。
「……もしもし」
やっぱ電話越しに女の子の声がするのってドキドキするな、謎の音声チャットアプリに重課金してしまう人の気持ちが多少わかる気がする。
「もしもし、とは言ったものの、さっきので要件は伝え切ってるから、俺から話すことないんだけどな」
「要件だけ伝えるって、仕事みたいでつまんないし。てか、今日部活長引いちゃってさ、結構眠いんだよね今」
「だったらやっぱ切ったほうが良いだろ」
「ちょっと!勝手に切るなし!寝落ち通話しようよ!」
寝落ち通話、SNSの跋扈してるしゃばい恋愛アカウントでしか聞いたことのない単語である。本当に存在するんだそれ。
「けど、俺も結構眠いぞ今。頭の回転鈍ってるからあんま喋れないし、いつもみたいに鋭く社会を切れないけど良いのか?」
「いつものアレ、鋭く社会を切ってるつもりだったんだ……別に、そんな喋らなくても良いし」
「喋らなかったら電話繋いでる意味ないだろ」
「意味あんの!……繋いでるってだけで、良いの」
「なんだそれ」
「それが寝落ち通話ってモンでしょ?」
何の意味があるのか理解不能だが、こちらから電話を不躾にかけてしまった以上、立科のご所望の通りにするのが道理だろう。
少しずつゆったりとしていく意識の中、俺と立科は中身のない会話をした。
「お祭りといったら金魚すくいだよね。雄太は?お祭りといったら?」
「お祭りといったら……面倒くさい」
「なにその主観的すぎる連想、マジカルバナナだったら失格だからソレ」
「え、そうなの?俺ヒトとマジカルバナナやったことないからなぁ」
「かなしっ」
「ほっとけ、じゃあ立科だったらマジカルバナナなんて答えるんだよ」
「……バナナと言ったら……美味しい?」
少しずつ、立科の声が寝息混じりになっていき、幼子のような声色に変わっていく。ヤバい、可愛い。寝落ち通話サイコーかもしれない。
「美味しいも主観じゃねえか。じゃあ、美味しいと言ったらヒトの不幸、ヒトの不幸と言ったら?」
「ヒトの不幸と言ったら……ヒトの……不幸……」
やがて、ゆっくりとした拍の優しい寝息だけが電話越しに聞こえるようになった。
なんか最悪のワードで1日を締め括っちゃったんですけどこの子、俺は苦笑いを浮かべつつ、彼女を起こさないように小さく言った。
「……おやすみ」
「……おや……すみ」
柔らかな声で、立科は夢の中へと落ちていった。縁起の悪いワードで彼女が寝落ちするのを回避したことに俺は胸を撫で下ろしつつ、通話を切る音で彼女を夢の入り口から引き戻さないように、しばらく繋いでいた。




