帰り
俺と姉はセルフレジで我が家の分の買い物を済ませ、未だ会計をしている安曇野姉弟に声をかけた。
「私たちは終わったよー!」
「あ、追いかけるので、先行ってて大丈夫です!ありがとうございます!」
安曇野のその言葉を聞いて、俺がノソノソとスーパーの出口に向かって歩き出すと、姉がパシッと俺の手首を掴んで引っ張った。
「ちょいちょい!どこにいくのかね!」
「は?だって先行ってろって安曇野が」
「いやいや、小さい弟の面倒みてる女子高生に荷物まで持たせる気なの?この妖怪甲斐性なし!」
「誰が妖怪甲斐性なしだ。どの地域の伝承だよそれ」
俺と姉がそんな押し問答をしていると、右手にビニール袋を持って左手で弟の手を引きながら、少し急いだ様子で安曇野がこちらに向かってきた。ビニール袋から飛び出したネギが、家庭的な女の子であろうことをこれでもかと演出している。
「お待たせしました!すいません!」
「良いの良いの!それより琴音ちゃん絵になるねー!小さな弟を連れて料理の買い出しをする美少女JK!これ動画に撮れば大バズりするんじゃない?」
「こういうのは美少女なのに庶民的で素朴だから良いのであって、それを動画に撮ってSNSに載せた瞬間に嘘くさくなって魅力半減するんだよ」
「えー!でも勿体ないよね、琴音ちゃんこんな可愛いのに」
「可愛いのに面倒見が良くて家庭的なJKという眼福を得られただけで良いだろ、偽物のマーケティングとは違う本物の魅力は俺たちの心の中で留めておこう」
俺と姉がいつも通りのくだらないやり取りをしていると、安曇野は何故だか急に俯いてしまった。その様子を安曇野弟が不思議そうに見上げる。
「お姉ちゃんどうしたの?」
「え、ええ!?な、な、何が!?」
「なんで顔真っ赤なの?熱あるの?」
「な、なな、なんでもないわよ!?コイツが!コイツが急に変なこと言うから!美少女とか可愛いとか!何なのよホントに!このバカ!」
安曇野はそう言って、俺の方を指差す。
「え、なんで急に俺に飛び火したの?」
「うるさい!というか、さっさと私の荷物も持ちなさいよ!バカ!」
安曇野はそう言うと、俺の方にズカズカと近づいてきて、俺の胸元に押し付けるようにビニール袋を突き出した。
「私はりっくんの手を引いてあげなきゃいけないの!駐車場は危ないから!このままだと両手塞がっちゃって危険でしょ!持ちなさいよ!」
俺もすでに我が家の買い物袋を持っているので、両手塞がっちゃって危険なんですが。などと抗弁すると面倒そうなので、黙って袋を受け取った。結構重いぞおい。
「さ、買い物も終わったところで、帰りますか!」
俺たちはスーパーを出て、駐車場に置いてある車に各々乗り込んだ。
「しゅっぱつしんこー!」
「りっくん!ちゃんとあやめお姉ちゃんにお願いしますしなさい!お願いします!」
「あやめ姉ちゃん、おねがいします!」
「よしきた!つかまっときな!飛ばすよ!」
「しょっぴかれるから安全運転してくれ」
俺たちはそんなやり取りをしながら、自宅に向かって車を走らせる。
道中、ふと横を見やると、安曇野がまた俺を睨みつけていた。どんだけ俺のこと嫌いなんだよ。
「……どうすんの?」
「え、なんの話だ?」
「だから!来週のお祭り!あやめさんにも誘われたでしょ!前は意味わかんないこと言って誤魔化してたけど、結局くるのこないの!?」
いや、俺はあの時キッパリ断ったつもりだったんですけど。全然誤魔化して無かったろ、YESかNOかを明瞭に伝えるには少々言葉を弄しすぎただろうか。
「あー、その件ね、琴音ちゃんに伝えそびれてたんだけど、雄太は今回はパス……」
「雄太お祭り来るって!」
運転中の姉が、少し気を遣いつつやんわり断ろうとした矢先、安曇野弟が元気よく言い放った。
うわぁ、幼児に善処するなんてニュアンス伝わらないか、マズいぞこれは。
「え、雄太やっぱ行くの?」
「いや、これはその、コミュニケーションの齟齬と言いましょうか……」
「雄太来るって言ってたよさっき!」
「ちょ、あのな、日本人は成長するに連れて社交辞令という特殊能力を発現するんだよ」
「来るって言ったもん!」
こと行間や言葉の裏は言質になり得ないが、社交辞令で放った拒否は逆に受諾の言質になり得てしまう。なんてことだ、日本語のハイコンテキストが幼児を前にして完全に裏目に出てしまったではないか。
俺が頭を抱えてこの童をどう言いくるめようか頭を働かせていると、隣の安曇野が何故か少し上機嫌になってふんぞり返った。
「そ、そうなんだ!まぁそうよね!せっかく友達のいない、つまんない毎日を送ってるアンタに手を差し伸べてやってるんだから、感謝して参加して欲しいものね!」
「いや、だから!アンタの弟に言ったのは社交辞令であって!俺は参加するとは……」
「え、来るって言ったじゃん雄太!」
来るとは言ったけど、来るとは言ってない、などという複雑なコンテキストを幼稚園児になんと説明すれば良いやら。自分、お祭り参加しなくていいっすか?いきなり拒否してすみません!許してください!なんでもしますから!(なんでもするとは言ってない)
「……まぁ、参加しても良いんじゃない?」
俺が八方塞がりの中、なんとか行かなくて済むように糸口を探していると、その様子を見た姉がそう言った。
「ちょおい、アンタまでそっち側だともう終わりだぞ」
「けどほら!私も参加するし、こんな歓迎ムードなかなか無いよ!」
「これ歓迎ムードか?雑用集めの詭弁としか思えないんだけど……」
「参加したら楽しいかもしれないじゃん!ね、琴音ちゃん!」
「そ、そうですね!そうよ!家でアニメゲームばっかより、こっちに参加した方がよっぽど健全で有意義よ!」
俺に撮って何が健全で有意義かは俺が決めたいんですけど。3対1、このままでは明らかに押し切られる流れだ。
「どうせ暇なんでしょ!お祭りの時は私がアンタのそばに付いててあげるんだから、感謝しなさいよね!」
「えー、いやー、いちおう俺にも用事が……」
「アンタに用事なんてあるわけないでしょ!」
失敬な、俺にだって用事の1つや2つ……ヤバい、マジで無いかも。
俺は断る大義名分をなんとか捻出しようと、脳内アーカイブをフル出力で検索する。おや、検索の結果、1件ヒットしました、1件かよ少な。
そういえば、立科に過去問を見せてもらった代わりに2人で遊ぶだの誘えだの言われていたのを思い出した。もはやコレしかあるまい、日程をバッティングさせよう。
「えー、実は友達に、遊びに誘われているというか、厳密に言うと誘う予定がございまして……」
「え、雄太友達いたの!?」
「実の弟にその反応はかなり失礼ということはさて置き、ほら、立科と遊ぶ約束してんだよ」
「なーんだそういうことね、けど良かったじゃん!」
俺と姉のそのやり取りを、安曇野は眉を顰めて見ている。
「立科……?アンタ本当に友達いるの?」
「あーコレばっかりは本当だぞ。俺マジで友達いるんだよ、あー忙しい忙しい」
俺がわざとらしくため息をつくと、その様子をフロントミラー越しに見ていた姉が思い付いたとばかりに口を開いた。
「あ!じゃあお祭り誘えば良いじゃん!」
「は?」
「だから、お祭り誘えば、遊ぶ約束もお祭りの参加も両立できて、一石二鳥じゃん!私マジ天才かも!いたずらに舌とか出そうかな!」
「アインシュタインそんなレベル低くねえよ、そんなタダの予定の合体が一般相対性理論と並ぶ功績になるか」
「いーや、甘いなぁ弟よ!お祭りって、浴衣着るんだぜ!」
な、なるほど、お祭りに誘えば立科の浴衣姿が見れるかもしれないということか。確かに、アインシュタインが俺の生活をどれだけ豊かにしたのかはよく知らんけど、この姉の提案は間違いなく目の保養にはなりそうだ。
いやしかし、コレでは結局お祭りに駆り出される流れに戻っているではないか。
「……いや、アイツが浴衣着てくるとは限らないだろ、面倒くさいだろアレ」
「んー、絶対着てくると思うよお姉ちゃんは、それだけは間違いないと思う」
「なんだその自信」
「どうせ遊ぶんでしょ!雄太の休日が潰れるって理論なら、お祭りに誘おうが誘うまいが一緒なんだから、だったら誘おうよ!お姉ちゃんもその方が楽しいし!」
確かに、姉の言うことは正論だった。元々立科と遊ぶ約束があるならば、それがお祭りであれなんであれ、休日に家から出なければならないことに変わりはない。であれば、いっそのことここでソレを消化してしまうのは理にかなっている気もする。
「呼びなよ!絶対そっちの方が良いって!くー!こりゃ面白くなってきましたー!」
「おい、下世話な楽しみ方する気満々じゃねえか。てか、そんなに立科に来て欲しいならアンタが呼んでも良いけどな」
俺がそう言うと、赤信号待ちの姉は左手をハンドルから離して頭をポリポリかいた。
「何言ってんの!それは絶対ダメ!雄太が誘いなさい!この意気地なし!」
「え、そんな言われる?まぁ、じゃあ誘っとくわ……」
「というわけで、琴音ちゃん!雄太も参加することになりましたので!よろしくお願いします!」
俺と姉のやり取りを訝しげに見ていた安曇野は、急に振られて少し慌てながらも答える。
「あ、分かりました!私がコイツの面倒しっかり見ますね!アンタも、誰か友達呼ぶなら恥ずかしくないようにしっかりしなさいよね!」
「お、おう」
結局お祭りとやらに参加する流れになってしまった。まぁ、美少女の浴衣姿が見れる可能性があるならば、それも悪くないかもしれない。
「アンタの友達、ちゃんと私にも紹介しなさいよね!挨拶しなきゃ!」
「要らねえよそんなの、そんな礼節の中で生きてるタイプじゃないしアイツ、むしろ逆まであるぞ」
「要るに決まってるでしょ!アンタと友達やってくれてる人なんて貴重なんだから、私もお礼しなきゃ!アンタが度重なるご迷惑おかけしてすみませんって!」
「なんで俺が何度も迷惑かけてる前提なんだよ」
その言葉に腕を組んでそっぽを向く安曇野に、俺は苦笑いを浮かべつつ、車は青信号と共に発進した。




