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教室にて2


 昼休みの開始を告げるチャイムが鳴り響き、同時に校舎内が喧騒に包まれる。授業で張り詰めた空気が緩和され、生徒たちは待ってましたと言わんばかりに会話に興じる。

 俺はこの喧騒があまり好きではない。休み時間はもっぱらラノベを読み耽っているのだが、近くの生徒の会話が耳に入ってくると集中できないのである。そのうえ、男子は猥談、女子は恋バナ、しゃらくせえ。もっと日本の未来とか政治とかの話しろよ、これだから最近の若いもんは。脳内恋愛の事しかねえのかよ。

 と、まぁ俺はそんなこと考えながらラブコメラノベを読んでいるのだが。面白いからね、仕方ないね。


 「おいおい」


 俺が昼食をとろうと身支度をしていると、前の席に座った男が振り返り、身を乗り出して話しかけてきた。


 「お前朝なんで千曲さんと一緒に教室入ってきたんだよ!しかも手まで繋いで!どういう関係だよ!」


 「あー、あれな、偶然だよ、偶然」


 「偶然で済むか!一体何がどうしてこうなったんだよ!」


 この男は伊那聡。前のクラスから一緒だったやつで、なんだかんだ俺に話しかけてくる鬱陶しくも優しいやつである。ちなみにバスケ部副キャプテン、バスケ部のマネージャーである隣のクラスのマドンナと付き合っている。プロフィールだけで見たらマジでぶっ飛ばしたいタイプの男だ。


 「何がどうしてこうなったか……俺が1番聞きてえよ……」


 「は?何言ってんだよ誤魔化すなって!なぁ教えてくれよ!お前と俺のなかだろ?」


 「言っておくが、俺はお前とそんなに仲良くないぞ」


 そう、俺はコイツとそんなに仲良くない。なぜなら、コイツは結局バスケ部のコミュニティの人間だからである。学校空間という場は強烈な空気が支配している。明示的ではない派閥が空気によって決定されていて、コミュニティ間を易々と移動できるものではないのだ。無論、俺はバスケ部ではないのでそのコミュニティに入ることはできない。あと、そういう運動部特有のザ・ホモソーシャルみたいなコミュニティとはあんまり話が合わない。


 「お前やっぱ変わってるよな、そんなこと普通言わねえよ、てか言えねえ」


 俺が鬱陶しそうに顔をしかめていると、伊那は感心したようにそう言った。


 「仲良くないとか、普通の人間関係だと言ったらタブーだぜ?」


 「バスケ部でも?」


 「当たり前だろ!俺だってバスケ部で苦手な人とかいるけど、友達だよな!って感じで振る舞ってるし、それが普通だろ?」


 「なんか、大変なんだなバスケ部も……」


 「ま、みんな悪い奴じゃないからな、俺が苦手意識があるってだけで、話せばみんな良い奴だよ」


 よ、陽キャだ。この男あまりに陽キャである。この強者にしか出せない余裕、誰も悪者にしないところ、器の差をまざまざと見せつけられている感じだ。俺がおちょこだとしたらバケツくらい器デカい。

 しかしまぁ、コイツに対しては、そんなに仲良くない、なんて正直に言える程度には気を許していると言って良いだろう。


 「あー!そうだ話それてた!千曲さんとどういう関係なんだよ!羨ましい!」


 「お前彼女いるだろ!羨ましいじゃねえよスポーツ陽キャ!」


 俺が伊那を嗜めていると、軽やかな足音が近づいてきて俺の背後でピタッと止まった。


 「何話してるの?」


 「ユナたそ……」


 「は?ユナたそ?千曲さんだろ?」


 ふと振り返ると、そこには俺の理想のヒロインを顕現させたような少女がこちらを覗き込むように立っていた。いかんいかん、うっかり2次元と3次元の区別がつかなくなるところだった。


 「あー間違えた、ど、どうしたの千曲さん」


 「んー?なんか楽しそうだなって思って!なんの話してたの?」


 「別に大した話じゃないよ、自分の社会的地位を担保するために虚構の友情を育むことを選択したバスケ部副キャプテンの葛藤について話してただけ」


 「いやだいぶ大した話っぽいけど!」


 「そう?みんなやってることだろ、大人になるにつれてコミュニケーションの取り方だけ効率化しちゃって、いつのまにか友達を作ることが目的になっちゃって、空っぽな知り合いだけ増えて本当に気の許せる友達は実は1人もいないみたいなやつ。ごくごく一般的な、普通の話でしょ」


 「なんかそこに日本社会への痛烈なアンチテーゼが込められてる気がするのは私の気のせいかな!?」


 こういうことを一般的JKに話すと何言ってんだコイツと一蹴されることが多いのだが、千曲は割とちゃんと返してくる。なんだか妙に千曲とは話が合うような気がしてしまう、いかんいかん。


 「え、2人やっぱめっちゃ仲良いじゃん!千曲さんってコイツとどんな関係なの?」


 俺と千曲のやりとりを見ていた伊那がゴシップを捉えた記者のように興味津々で千曲に尋ねる。今の会話が果たして一般的な仲の良い高校生同士の会話と言えるのかはさておき、確かにテンション感だけでいったら割と距離の近しい会話に見えてもおかしくないだろう。


 「えーと、私が昨日須坂くんに告は……」


 「あー!だからアレだって!元々知り合いなんだよ!ね!ね!」


 マズイ、流石にクラスの人間に俺と千曲の奇妙な関係がバレるわけにはいかない。そもそも、俺は千曲の狙いを暴く必要があるのだ、これ以上不確定要素を足して話をややこしくしたくない。それに、こんな美少女と冴えない俺がただならぬ関係だと明るみになれば、多少嫉妬も買うことになりかねない。それは面倒くさすぎる。


 「……そうだね!知り合いだね!」


 俺の圧に屈したのか、千曲も話を合わせてくれた。というか、なんで最初正直に話そうとしたんだこの子、バレても良いのか?


 「へー!なんだよ早くそう言えよ!いつからの知り合いなんだ?」


 「え!?あー、中学!中学の頃の同級生で!いやー、偶然また同じクラスになるなんてなー!」


 「……そ、そうだね!中学!中学1年の頃同じクラスだったの!ね?」


 「そうなんだよなー、ガハハ」


 なんとか誤魔化そうと無駄にテンションをあげる。ガハハとか人生で初めて言った。


 「おいおい、こんなかわいい女の子と知り合いなんて、案外須坂も隅に置けないとこあんな!」


 『おーい!聡!こっちでメシ食おうぜ!』


 この場をなんとか切り抜けようと四苦八苦していると、廊下から別のクラスのバスケ部陽キャ集団がひょっこりと顔を出し伊那を呼びつける。


 「おーう!じゃあ俺行くわ、後でまた聞かせろよ?」


 「なにをだよ」


 伊那は俺の肩をバシバシ叩くと、エナメルバッグを肩から引っ提げて教室から出ていった。


 「友達いるんじゃん!よかった安心したよ!」


 「なんだそれ、てか俺に友達いないと思ってたの?」


 「だって雄太くん捻くれてるとこあるから、あんまり他人との馴れ合いとかしなさそうだし」


 「普通にクラスメイトと話すくらいするぞ、まぁ、あんまり話合わないから結局1人でいることが多いけどな」


 そう、俺は友達が少ないが、別に作る必要がないという面も大きいのだ。同じ学校空間に偶然集まった話が合わない人間と話すよりも、ネットで同じ趣味の人と話した方が有意義だったりする。昨今の国際分業が進んだ文明社会では、もはや隣人と仲睦まじい必要もないのである。


 「ふーん、じゃあ、これからは2人だね!」


 「は、はぁ?」


 「だって、私が雄太くんと一緒にいるから、1人でいることより2人でいることが多くなるでしょ?」


 「……千曲はそれで良いのか?」


 「なにが?好きな人と2人でいられるのなんて良いに決まってるじゃん!」


 さて、自分の理想のヒロインを3次元に降臨させたような美少女に好きと言われているこの状況、実にやぶさかではない。しかし、昨日会ったばかりの美少女に好きと言われているこの状況、実に奇妙である。

 ふと、昨晩の姉との会話を思い出した。とりあえず付き合ってみて、千曲の真の狙いを探る。果たしてそんな上手くいくのだろうか。ただ、このまま手をこまねいているわけにもいかない。首を傾げてこちらを見つめる千曲を横目に、俺はカバンを持ち上げた。計画開始である。


 「話がある、ちょっと着いてきて欲しい」

 

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