渡り廊下にて
放課後、夕焼けの光が校舎を朱色に染め上げる中、俺は渡り廊下を歩いていた。
昼食の時、イヤホンでアニソンを聴いていたので、昼食終わりのチャイムに気が付かず、授業開始残り3分で時間に気づいて慌てて教室に戻った際に、うっかりその場に財布を置いてきてしまったのである。そして、放課後の今現在、それを回収してきたというわけだ。
よかったー、あったあった。もし無くなってたら、もはや狼狽するしかなかったであろう。無くし物が見つかった時って、別に何もプラスになったわけじゃないのに嬉しいよね。
渡り廊下を昇降口に向かって上機嫌に闊歩していると、普段なら人通りのないような場所に2人の人影があった。
ポケットに手を突っ込んで立っている男子生徒と、ブロック塀を背に苦笑いを浮かべる女子生徒。
「いやぁ、えっと、なんで私?」
「なんでって、そりゃ琴音と付き合いたいからに決まってんじゃん。ね、付き合おうよ」
そう言って女の子に迫る男子は、比較的顔が整っていて、その小麦色の肌からは屋外系の運動部員であることが窺い知れる。要するに、モテそうなスポーツ陽キャって感じのヤツだった。
「俺たち、結構お似合いだと思うんだよね。タクミとかハルカとかも、お前たち付き合ってんの?とか聞いてくるしさ」
「はぁ、そうなんだ」
「ほら、琴音って可愛いし、成績優秀だし、生徒会長で弓道部のエースだし、釣り合ってる男少ないっしょ?だから彼氏いないんでしょ?けど、俺なら結構釣り合ってると思うんだよね」
「いや、釣り合うとか釣り合わないとかじゃなくて……」
「けど、今フリーなんでしょ?じゃあ、俺となら付き合っても良くね?」
ジリジリと詰め寄る男に、その黒髪の艶やかな髪を後ろで束ねたポニーテールの女の子は、引き攣ったような笑みを浮かべる。
「ごめん、私は、その、ここで恋愛する気はないっていうか、むしろ決めてる人がいる感じ、というか……」
「なに?好きなヤツいんの?バスケ部のエース君とか?アイツ、芽衣の彼氏だから無理だよ」
「いや、聡じゃなくて……」
「ねー良いじゃん!アイツ以外で琴音と釣り合ってる男なんて俺しかいなくね?付き合ってよ!」
「えー……」
しゃらくさ。なに見せられてんだコレ。
学校に通っていると、こういう青春ごっこを見せられる機会が多くて弱る。たとえモブキャラの自覚がある俺でも、一々見せつけられると癪に触るものなのだ。
俺は知らぬ存ぜぬで、無視を決め込んで素通りした。この陽キャどもが付き合おうが付き合うまいが、俺の人生には一切関係ない話である。早く帰ってゲームやろ。
「ごめん、私、ヒユウとは付き合えない……」
「は?なんで?」
「なんでってその……ごめん」
よっしゃー。ざまぁみろ。
前言撤回、やっぱコイツらが付き合うか付き合わないかに興味あります。なぜなら、付き合ったらムカつくし、付き合わなかったらカタルシスを得られるからです。
あー、今日はいい日だ。財布も見つかるし、陽キャ男さんは振られるし、サイコーの日だな。あれ?よく考えたら、別に俺は何も得てなくない?なんの進歩もせず、人の不幸を喜んでいるだけでは?
まぁ、それも悪くないよな。世の中、シャーデンフロイデと言うし、グーテンタークとも言うしな。あ、グーテンタークはただの挨拶か。
俺がそんなどうでも良いことを考えながらその場を後にしようとすると、あの陽キャ男子が声を荒げるのが耳に入った。
「いや、それじゃ分かんねえよ!なんで俺じゃダメなんだよ!」
「それは……ごめん」
「ごめんじゃ分かんねえっつってんだよ!」
俺がその雰囲気に慌てて振り返ると、男子生徒は女の子の華奢で白い腕を、乱暴に掴んで引っ張っていた。
おいおい、そんなことしたら益々ソイツに嫌われちゃうだろ。非モテ男子の俺ですら分かることさえ失念してしまうほどに、男子生徒は冷静さを欠いているようだった。
「ちょ、離して!」
「なんで俺じゃダメなのか説明しろ!他に好きな男がいるんだろ!誰なんだよソイツ!」
「落ち着い……痛……痛い……」
女の子の腕を力尽くで引っ張り、顔を近づけて男は恫喝する。
なんでこんな修羅場に俺しか居合わせてねえんだよ。もっと腕っぷしの強い男が居合わせていたら、彼女をあの男から救って、そこから恋が生まれるというのに。ラブコメの神様がもしいるのなら、明らかな人員配置ミスである。
俺はげんなりして、深いため息をついて頭を掻いた。暴力が行われる場所に常に警察がいるわけではないという治安維持の限界への嘆息か。あるいは、軟弱で臆病な割に、コレを見捨てることが出来るほど冷徹なわけでもない、中途半端な俺に対しての落胆か。
はぁ、怖いよぉ、お母さん。
「あのー……すいません」
俺は意を決して、絶賛修羅場展開中のその2人に話しかけた。
「あ?なに?」
「そのー、この辺で財布見ませんでしたか?」
「はぁ?」
俺がオドオドと尋ねると、男はヒトに見られてバツが悪かったのか、女の子から手を離した。
「見てねえけど」
「えー、おかしいなぁ、あれー……あ!あった!ポッケに入ってた!」
俺はおどけたように、ポケットから財布を取り出して、大袈裟にひっくり返った。我ながら、実にコミカルな動きである。
「すいません、お邪魔しちゃって……」
「は?あぁ」
俺はペコペコ頭を下げると、そそくさとその場から退散した。まぁ、アイツも流石にコレで冷静になったろ。男としては、カッコよく止めに入るなどやってみたいところではあったが、俺にそんな度胸と腕力は無かった。無念。
「な、なんだアイツ……あー、なんか邪魔されたわ、もう良いわ」
俺が渡り廊下の曲がり角で2人の様子を窺っていると、男は白けた表情を浮かべて、ポケットに手を突っ込んで女の子に背を向けた。
「ごめん、その……友達として、私はヒユウと仲良くしたい……ダメかな?」
「ま、じゃあそれで良いんじゃね?」
男は捨て台詞のようにそう吐き捨てると、ぶっきらぼうに歩いて行った。
フラれた男は、陽キャも陰キャも関係なく、みな一様にダサいらしい。なんだかそれが嬉しくもありつつ、ああいう恥をかいたことのない俺の人生に、なにか虚しさのようなモノを覚えた。
俺がまた渡り廊下を歩き始めると、後ろから石畳を蹴る足音が近づいてきた。俺はそれに気が付かないフリをして、歩みを進める。
「ねぇ!」
後ろから女の子の声がしたが、俺は歩みを止めない。
「ねぇ!止まりなさいよ!」
「……」
「このっ……止まりなさいって言ってるでしょーが!」
その声と共に、俺の背中に鈍痛が走った。
俺が振り返ると、足を振り上げた、あのポニーテールの少女が立っていた。スラッとした純白の太ももがスカートの中から伸びていて、下着が見えそうな際どい角度である。
「ちょ、後ろから蹴んなよ……」
「アンタが止まらないからでしょ!無視してるんじゃないわよ!」
振り上げた足を下ろすと、少女は仇でも見るかのように俺をキッと睨みつけた。
「なんであんなことしたの?私は別に、アンタにあんなことして貰わなくても、全然平気だったんだけど!」
「あー、そりゃすまん、いらんことしたなら謝る」
俺が平謝りすると、少女は腕を組んで胸を張った。
「ま、まぁ!私も、別に嫌だったわけじゃないって言うか?アレで助けたとか思われるのは癪に触るけど?けど、私のことを守りたかったって言うなら、特別にその、今後も私のこと、気にかけてくれても良い……」
「じゃ、そういうことで」
俺は踵を返して、何故か得意げに話すその少女を置いてまた歩き始めた。
「ちょ!待ちなさいよ!」
「……学校で話してるの見られたら、マズイだろ?」
慌てて引き留める少女に、俺は眉を顰めて怪訝な表情を浮かべながらそう言った。
「そ、それは、そうだけど……けど、アンタは私と話したかったんでしょ?」
「は?」
俺がポカンと口を開けると、少女は腕を組んだまま続ける。
「だから!高校入ってから全然私と喋る機会なくて、寂しかったんでしょ?それが可哀想だから、今日のことに免じて、ちょっとは話してあげても良いって言ってるの!」
「おい待て待て、どうしてそんな解釈になる?」
「だってアンタ、私が告白されてる時に、歩いてきたじゃない?」
「うん」
「てことは、私が男子に連れて行かれるのを見て、つけてきたんでしょ?」
「はい?」
「それで、私が告白されてるのが耐えきれなくて、止めに入ってきたってワケでしょ?」
俺はげんなりして、手をプラーンと垂れ下げて項垂れた。
コイツ、こんなヤツだったっけ?
「……もう説明すんのも面倒くさいから、それで良いわ。じゃあな」
「ちょ、だから待ちなさいよ!一々帰ろうとするんじゃない!」
「いや、もう用は済んだろ、他になにを話すことがあるんだよ」
俺がシラッとそう言うと、彼女はモジモジと身を捩りながら、上目遣いでこちらを見てきた。
美少女だ。パッチリとした目、スッと通った鼻筋、きめ細やかな肌、華奢でしなやかな身体、艶やかなポニーテールの黒髪。
まず間違いなく、美少女だ。美少女なのである。美少女なのだが。
「だから!そんなに私のことが気になるなら!しょうがないから!幼馴染のよしみで、話しかけてくるのを特別に許可するって言ってるの!」
美少女なだけだった。
たとえ可愛い女の子だったとしても、ここまで上から目線で来られると、あまり気持ちのいいモノではないのだ。メスガキにざぁこ♡などと虐められたい欲望がある俺でも、実際にここまで見下されると、存外嫌な気分なのである。
「……そうですか」
「いや、なんていうか?アンタ暗いし、どうせ高校でもモテてなさそうだし?女の子から全然相手にされてなくて可哀想だから、しょうがなく、しょうがなくよ?」
「はぁ」
「このままじゃ、アンタ誰からも相手にされず、一生彼女も出来なさそうだし?アンタと結婚してくれる女の子なんて絶対いないし?だからその、幼馴染の私だけは、しょうがないから、アンタの相手してあげても良いかなって。本当は嫌なのよ!?本当は嫌なんだけど、アンタがどうしてもって頼んでくるなら、考えてあげても良いかなー、とか……」
少女はそう言いながら、後ろで手を組んでモゾモゾと落ち着かない様子だった。
この通り、女というのは、非モテ男と見るや無条件で見下してくるのだ。幼馴染さえ、この様である。辛いことがあった時に、膝枕でヨシヨシしてくれるタイプの母性溢れる幼馴染が欲しかった俺の幻想は、この少女、安曇野琴音によって粉微塵に粉砕されたのだ。
「アンタってホント良いとこ一つもないし?暗くて卑屈でマイナス思考で、絶対女の子から相手にされない性格してるから、このままだと孤独に死んでいくのが確定してるし?私も、アンタのこと拾ってあげるなんて本当は御免なんだけど、あやめさんにはお世話になってるし、その弟であるアンタが一生孤独なのは寝覚めが悪いから、本当にしょうがなくだけど、これからはちょっとだけチャンスをあげても良いかな、とか……」
辟易する俺を横目に、安曇野はだんだん小声になりながらそう言った。
なんで将来の独身をこの少女に確定させられなければならないのだろうか。いくら辛口の占い師だとしても、あなたに婚期は一生来ません、なんて絶望的な占いしないぞ。
はて、統計的に未婚の人が増加している昨今において、婚期が一生来ない人なんて山ほどいるはずなのに、テレビ番組でそんなこと言ってる占い師見たことないな、やっぱインチキじゃんアイツら。
「そうか、ありがとう、それじゃ」
「ちょ、なんでそんなに頑なに帰宅しようとするわけ!?」
「そりゃ帰宅部だからな。アンタだって、部活中に邪魔されたら嫌だろ」
「帰宅部は部活動じゃない!タダの帰宅を私の弓道と一緒にしないで!」
聞き捨てならないなその言葉。俺たち帰宅部は帰宅に命かけてんだよ、忌まわしい学校空間から1秒でも早く解放されるために、誰よりも早く帰宅せんと覇を競ってんだよ。帰宅部の学校嫌いを舐めてもらっちゃ困る。
「部活を中断してるんだから、用があるなら手短に頼む」
「あくまでも帰宅を部活動だと言い張るのね……だから、アンタにチャンスをあげるって言ってるじゃない!」
釈然としない表情でそう言う安曇野に、俺は首を傾げて尋ねる。
「チャンス?」
「そうよ!私ともう一度関われる、チャンスをあげるって言ってんの!」
「え、どういう意味?」
俺がさらに首に角度をつけて訝しむと、安曇野は得意そうに腕を組んだ。
「ふふん、再来週の土日、私たちの地元の神社のお祭りがあるでしょ?」
「知らない」
「なんで知らないの!?」
「なんで知らないのって……普通に生きてたら知らないだろそんなの、どうなってんのアンタのコミュニティ?」
「それはこっちのセリフ!毎年やってるんだから、普通は近所の友達とかに誘われたりするでしょ!」
おい、今の言葉結構攻撃力高かったぞ。普通は近所の友達に誘われるもんなの?じゃあ、誘われてない、というかそもそも近所の友達なんて存在しない俺は、異常ってこと?
俺がその不意打ちに怯んでいると、安曇野は気を取り直して腕を組み直した。
「その祭、地元の育成会と町内会が神社と連携して主宰してるんだけど、今回は私が育成会の学生代表として、出店の1つとステージを取り仕切ることになったの!」
「育成会ね、そんなんあったなそう言えば」
「言っとくけど、町内の高校生以下で毎年お神輿不参加なの、アンタだけだから!ちょっとは近所の活動に参加しなさいよ!」
嫌に決まってんだろ。なんで休日に時間割いて仲良くもない近所の小中学生と一緒になって神輿担いで住宅街を練りあるかにゃならんのだ。あとアレ毎年うるさくてゲームに集中出来なくなるから中止にしろ。
「ふーん、しかし育成会の学生代表なんてやってんのか。生徒会長もやってて、弓道部のエースで、昔からその辺りの人心掌握っていうか、人望すごいよなアンタ」
「そ、そうよ!アンタみたいな根暗と違って、私は中心になること多いから!」
俺の言葉に、安曇野はやたら嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべた。
確かに、彼女は常に輪の中心にいるような女の子だった。それは、女子同士での仁義なきカースト戦争の頂点というよりかは、常に真面目で、優秀で、努力家であるが故に、集団の合意のもとでリーダーを任され、それを拒否せず引き受ける彼女の特性によるものだった。
一時期、俺はこれに酷く、嫉妬に近しい無力感を感じていたのだが、今となっては、信頼という一見尊い詭弁で仕事を押し付けられる彼女の様を見ていると、俺には無理だし、やりたくないなと思うのである。
「……それって大変だよな、やっぱ凄いよ、安曇野は」
俺は同情からか、ついそんな言葉を口走ってしまった。すると安曇野は、顔を真っ赤にして慌てたように目を泳がせる。
「な、なに急に!バカ!バカ!この……バカ!」
「え、なんで今俺はこんなに罵倒されたの?」
「うるさい!バカ!」
安曇野の語彙力皆無の罵倒を、俺が凪の心で受け流していると、彼女は胸を押さえて呼吸を整えて、話を続ける。
「と、とにかく!そんな人望皆無で根暗陰キャのアンタに、チャンスとして、私と一緒に祭りの運営をさせてあげようって言ってんの!」
「……は?」
俺が口をポカンと開けて呆然とすると、安曇野はより高い位置で腕を組んで続ける。
「だから!私が運営を任された祭りのステージと出店の裏方に、アンタも混ぜてあげるって言ってんの!そこなら学校とは関係ないから、しょうがなく私と話すことを許可するわ!まぁ?私は本当は嫌だったんだけど?あやめさんがどうしてもって……」
「嫌です」
俺が安曇野の言葉を切り裂いてそう言うと、短い沈黙が流れ、何事もなかったかのように彼女は再び喋り始めた。
「まぁ?中学の一件からアンタとの関わりは無くなっちゃったけど?そろそろ話してあげても良いかなっていうか?こんな大チャンスあげるんだから、私の優しさに感謝しなさいよね!」
「嫌です」
俺はもう1度そう言って、クルッと振り返って安曇野に背を向けて歩き出した。
「ちょ、ちょっと!嫌ってどういうこと!?せっかく私ともう1度話せるチャンスを与えてあげてるのよ!?」
「いや、それ雑用の頭数揃えるための方便だろ。タダ働きなんて絶対やらない、長野県の最低賃金を調べてから提案してこい」
「なに!?お金が欲しいってこと!?地元のお祭りの運営に、なんでそんな無粋なことを求めるわけ!?」
その言葉に、俺は深く嘆息した。
これぞ日本の悪い部分を煮詰めたような価値観である。ボランティアやインターン、あるいは伝統を言い訳に最低賃金すら支払わないのは、明らかな労働力の搾取であり本来は取り締まるべきである。
学生は、特にその毒牙にかかりやすい。所得がなく、労働者としての自我が発達していない我々は、絆や成長や経歴という、あるのかないのかすら曖昧なモノと労働力を不当に交換させられていることに気が付かず、狡い大人に無賃労働をさせられる例が跡を絶たない。
大学のサークルなんかにはこれが横行していて、最低賃金を確実に割っているインターン、実態はタダの立ち仕事のボランティア、交通費しか出ないお笑いライブのスタッフなど、学生をターゲットにした労働搾取は枚挙にいとまがないのだ。
そして、こういうものに引っかかるのは、得てして目の前の安曇野のような、いわゆる優等生タイプなのである。
「賃金を払うのは義務だ。学生だからって足元見られてるぞソレ、俺は不当な労働搾取には加担しない」
「いや、謝礼なら、いちおう育成会の会費から、手渡しで出るけど……」
「そして、どこで働くかの決定権は、労働者側にある。俺はその報酬が曖昧な労働契約に納得できないので、不成立だ」
「じゃあ、アンタは何すれば祭りの運営に参加すんのよ!何がお望みなワケ!?」
俺は少し振り返って、横目で安曇野を見た。
「俺はそもそも働く気がない。だから、俺と労働契約を結ぶことは、いかなる条件であっても無理だ、以上」
「なによそれ!このニート!」
なんとでも言え。俺は絶対に働かない、かのマルクスも言ってただろ、経営者の労働搾取が蔓延していると。そんな世界で働いてたまるか。労働者よ、団結せよ!
あれ、でもこの場合、俺働いてないから労働者じゃないし、労働者が団結しても意味ないな。じゃあ、無職版のコミンテルンでも作ろうかな。なにそのすぐ崩壊しそうな組織。
俺がそんなことを考えながら颯爽と帰路につこうとすると、俺の背中を睨みつけていた安曇野が、唸り声をあげた後に口を開いた。
「停学、したんだってね」
俺はその言葉に、ピタリと足を止める。
「まさか、アンタがそこまで落ちぶれるなんて思わなかった。昔から不真面目で屁理屈野郎だとは思ってたけど、根暗だし大人しいし、非行に手を染めるようなどうしようもない奴だとは、思わなかった」
俺は少し怯んだが、またスタスタと歩き始めた。その様子が気に食わなかったのか、安曇野はさらに捲し立ててくる。
「ねぇ、なんか事情があるんでしょ!アンタはどうしようもないけど、そんなことするような奴じゃない!私は昔からアンタのことずっと近くで見てきたから分かる!もし、アンタが何か悩んでたり、のっぴきならない事情を抱えてるなら、私が話を聞いてあげるって言ってんの!」
俺はまるで聞いていないかのように、脇目も振らずに早足でその場を去った。後ろから、叫び声のような罵声が聞こえる。
「この……もう知らない!どこへでも行っちゃえ!このバカ雄太!」
俺はその声を背に、曲がり角を曲がった。
彼女と俺は、もはや交わるべきではない。そして、それは彼女にとって、幸せな道のはずだ。俺のこの決断が、間違ってるわけが、ないのだ。




