フードコート
俺は、久々に学校近くのショッピングモールにあるフードコートでフライドポテトを貪り食っていた。
ここは、俺が通う野中東高校の生徒の完全なるナワバリであり、明らかに同校の生徒であろう制服やジャージを来た生徒が、むしろこのフードコートにおいて最も巨大な勢力であろうかと言うほど目についた。そんな場所ゆえに、何か本当に欲しいものがあるわけでもない限りは俺は寄り付かなかったのである。余暇の時間は学校のコミュニティからは出来るだけ離れたいというのは、陰キャの同士諸君なら分かってくれるだろう。
「ちょ、なんでもう食べてんの!?アタシが来るまで待てし!」
俺が木の葉隠れの術を使っている忍者の意識で気配を消して俯きながらポテトも貪っていると、トレイを持った立科が小走りで駆け寄ってきた。おいあんま大きい声出すな、伊賀の忍者だったら即破門だぞ。
「てか派手すぎるだろこの金髪くノ一……」
「は?なに?てか、もう半分くらい無くなってんじゃんポテト!雄太ホントサイテー!」
「なんで俺が買ったポテトを俺が食ってサイテー呼ばわりされなきゃいけないんだ」
「普通女の子が来るまで待つし!っとにもー!」
立科はプンプンと怒りながら、俺の向かいの座席に腰掛けて、口を尖らせながらストローをジュースの蓋に突き刺した。
「いただきます!」
不機嫌そうな声でそう言いながら、立科はストローを咥えてジュースを飲んだ。
「ちょ、立科さん、あんまり大きな音を立てないで貰えると嬉しいんですけど……」
「は?なんで?」
「いやだから、あんまり目立ちたくないっていうか、東高の生徒もいっぱいいるから、出来るだけ影を消したいというか……」
「え、別に見られても良くない?別のクラスの連中に見られても、そんな問題ないっしょ?」
「いや、理系クラスの人間が見てたらどうするんだ……」
立科はゴールデンウィークのあと、どういう訳か理系を選択したようで、それによって授業が被るために未だに俺と親交があるのだ。しかして、理系クラスは男子の率がかなり高く、特に物理の授業なんかは立科はもはや紅一点となってしまい、そんな彼女が週2回の授業の度に俺に話しかけてくるので、結構周りの男子から顰蹙を買っているのだ。いや、厳密に言うとそれで悪態をつかれたことこそないものの、視線が痛いというか、立科が俺に話しかけた時の周囲の静まり返りかたが異様な気がするというだけのことなのだが。
「え、別に問題なくない?アタシたちが話してんのなんて、理系クラスの人達はみんな知ってんじゃん」
「いや、授業の前後で話してるのと、放課後にフードコートで一緒にいるのとじゃ全然レベルが違うだろ。もし俺が他の理系クラスの男子だったら、アイツだけ女の子と話しやがって、あまつさえ放課後に2人で勉強会だと!?クソ、今度の実験の時に、事故を装って沸騰したお湯を顔面にぶっかけてやる!などと考えること必至だ」
「そんなこと考えるの雄太だけだし!てか、みんなそんなに気にしてなくない?クラスの子ならアタシも詮索されるのとか嫌だけど、週に数回授業が被るだけの人間が誰と喋ってるかなんて、みんな一々気にしないでしょ」
「そんなもんか?」
「そんなに心配なら、今周りにいる東高の生徒たちを見てみれば?」
立科がストローを人差し指で弾きながらそう言うので、俺は恐る恐る顔を上げて、辺りを見渡した。
女子グループで顔を寄せ合ってインカメラで写真を撮る東高生、膝を叩いてバカ笑いをしているサッカー部の東高生、黙々と1人で勉強をしている東高生など、各々好き勝手に過ごしている様子だった。確かに、立科は一際目を引く容姿をしているので、それをチラチラと見る人も中にはいたが、それは俺たちを見ているというよりも、立科を見ているという表現の方が正しかった。
幸いにも、彼らは添え物には興味が無いようだ。悲しい現実だが、不用意に目立ちたくない俺にとっては、むしろ好都合だった。
「確かに、杞憂だったかもな」
「ね?だいたい、アタシと雄太はお互いの存在が邪魔になるようなコミュニティに属してないんだから、誰に見られても問題ないし」
「まぁ、それもそうだな」
俺はポテトをモソモソ食べながら、頬杖をついて立科を見やった。
「しかし大変だな、立科も」
「え?なにが?」
「だって、俺なんて誰からも見られてないけど、立科は結構目立つし、見られてんぞ。なんなら今も」
俺がそう言うと、立科は少し諦めたように笑って、その金色の長い髪をクルクルと人差し指で巻いた。
「まぁ、こういう髪色だし、こんなド田舎じゃアタシみたいな見た目の子はほぼいないから、仕方ないんじゃない?まぁ、確かにあんま良い気分じゃないけど、かといってそんなことで自分のやりたい髪色に出来ないのは嫌だし」
立科はそう言って、前髪に付けたピンクの髪留めを自慢げにツンツン指し示すと、またストローを咥えた。
「まぁ、髪色もそうだけど、なにもしなくても目立つだろ。立科は可愛いから」
「っわぷー!」
俺がポテトに手をかけながら何の気なしにそう言うと、急に立科はジュースを吹き出して咳き込んだ。
「お、おい!大丈夫か?毒入ってた?アーモンド臭がするなら青酸カリだぞそれ、某推理漫画で読んだ」
俺は慌てて身を乗り出したものの、特に何かを出来るわけでもないのであたふたするばかりだった。それをよそに、立科はポケットからティッシュを取り出して口元を拭い呼吸を整えると、なぜか赤面して顔を手で仰いだ。
「ちょ、マジでなんなの!?それはズルくない!?」
「え?なんで今俺イカサマした奴になってんの?いつのまにかライアーゲーム始まってた?1000万円獲得?」
「はぁ……こういうタイプか雄太、こういうタイプなのかー!」
立科はそう言うと、怒ったような、あるいはどこかニヤけているような表情で、俺の両頬をつねって引き伸ばした。
「ほい!ひゃめろ!ほれのほっへはもひじゃねぇほ!」
「コイツ!いっつも自虐ばっかで消極的な意気地なしの癖に!不意打ちばっかしてきて!こんな屁理屈卑屈ぼっち男に、アタシの方が沼ってたまるかあ!」
「ほい!なんへほんなはひほうほんをうへあはははんほは!」
ダメだ、全然喋りたいこと言えない。俺が暗号みたいな言葉しか話せないでいると、立科は放り投げるように俺の頬から手を離した。俺は両頬を押さえて撫でながら、立科に抗弁する。
「暴力反対!立科は一回インドの歴史を学べ!そんなんじゃガンディーになれないぞ!」
「別にならなくて良いし!バカ!バーカ!」
俺が顰めっ面を浮かべると、立科も膨れっ面で語彙力ゼロの罵声を浴びせてきた。心なしか、頬がいつもより緩んでいる気がする。
「なんで俺は今ほっぺをつねられたんだ……母親からの理不尽な躾を思い出すな、宿題出さなかった時とか、内申点が異常に低いことがバレた時とか、よくつねられてたなぁ」
「それ全然理不尽じゃないし!言っとくけど、今のだって雄太が悪いから!」
「今の一連の流れの中の、どこに俺の過失があったんだよ。裁判だったら勝つ自信あるぞ俺」
「そんなの自分で考えて!この鈍感ヘタレ野郎!ラブコメ主人公気取り!バカ!」
「なんでそんなに罵倒されなきゃいけないんだ俺……」
俺が大袈裟に眉を垂れ下げて悲壮感を漂わせながらポテトを口に運んでいると、立科は横を見た後に、口をつぐんで座りながらモジモジと身を捩り始めた。
「……今のアタシ達ってさ、喧嘩してるように見えたかな?」
「え?どういうことだ?」
「だからさ、あそこのカップルみたいな、あんな感じに見えたかなって思って……」
そう言う立科の目線の先を見ると、東高の制服を着た男女が、身を寄せ合って座っていた。向かい合って座らずに、わざわざ横に座って至近距離でお互いを見つめ合っている。
『……』
『……どうしたのミオ?怒ってる?』
『怒ってない!』
『いや、怒ってんじゃん……』
2人は手を繋いで視線を合わせている。女の子側は甘えたように膨れっ面を浮かべ、男の子側は困ったような笑みを浮かべている。
『……』
『ミオ、なんか言ってよ』
彼氏のその言葉に、彼女は大袈裟に首をブンブン振った。
『……』
『そんな睨まれても……』
『睨んでないもん!』
『でも、怒ってるでしょ?』
『……なんで怒ってると思う?』
彼女のその問いかけに、彼氏は頭をポリポリとかきながら答える。
『……前の集まりに、元カノがいたから?』
彼氏のその言葉に、彼女は視線を逸らして、目の前のジュースの入った紙コップを握った。
『……女の子はいないって言ってた』
『いや、俺もいるとは思わなかったんだよ』
『けど……けど!』
彼女が言葉を詰まらせると、彼氏はさらに身を寄せて、彼女の頭の上に左手を乗せ、ポンポンの優しく撫でた。
『ごめんね、ミオ、寂しい思いさせちゃって。本当ごめん』
『……もー!私、寂しかったんだから!』
彼女はそう言うと、笑顔で彼氏に抱きついた。彼氏は心底安心したような表情で、女の子の背中を撫で付ける。
『ヤマトのバカ!私、すっごくすっごく寂しかったんだよ?』
『ごめんって、俺はミオのことしか見てないから』
『本当?』
『うん、好きだよ、ミオ』
『本当に?ミオのこと好き?』
『うん、好きだよ、大好き』
『……えへへ、ミオもヤマトのこと、好き』
すいません、これ以上見てられません。
なんだこの三文芝居は。絶対コイツら恋愛してるラブラブな自分たちに酔ってるだろ。フードコートでそんなことやる時点で、他人に見せつけてやろうという魂胆が見え透いているのだ。街で発情すんなよみっともない。
恋愛によって分泌されるドーパミンは、どうやら羞恥心すらも人から奪うようで、恥をかくことを極端に恐れる日本人すら、こと恋愛事になるとポエマーになってしまったり、公衆の面前で自己陶酔の下手くそな恋愛演技を披露してしまったりするのだ。
「ちょ、え、立科は、あんな見てらんない恋愛ごっこを、俺たちもやっているように見えた可能性があると言いたいのか?」
「え、いや、あんなふうに夢中になれる恋愛って、普通に良くない?アタシは結構、あんな周りが見えなくなっちゃうくらいの恋愛してみたいなって思うけど……」
「勘弁してくれ……」
首を傾げてそう言う立科に、俺は頭を抱えて項垂れた。
「あんな寒くて恥ずかしい、厚顔無恥な公害を撒き散らすくらいなら、俺は日本男児として切腹するわ」
「え、そんな言う?恋リアとか見たことない?」
「なに?便利屋?」
「恋リア!恋愛リアリティーショー!そこで出来たカップルのラブラブな動画とか見て、良いなぁとか思わない?」
眉を顰めて尋ねてくる立科に、俺は頭を抱えて深いため息をついた後に、改めて向き直って苦笑いを浮かべながら話し始めた。
「あのな、俺は恋愛リアリティーショーとかいう馬鹿げた番組が1番嫌いなんだよ。良いか?本来恋愛ってのは、極めて私的な営みのはずだ。男女が互いに心を通わせて、2人だけの世界と絆を創造する、そういう高尚な精神活動のはずだ」
ポカンとした表情を浮かべる立科をよそに、俺は弁舌を続ける。
「つまり、恋愛においては、他人に評価してもらったり、価値を担保してもらう必要なんてない。むしろ、そんな行為は下劣な愚行とすら言える。恋愛ってのは、当事者だけの聖域であるべきだ。見せるようなもんじゃない」
俺は握り拳を作って、目の前の立科に熱く語った。
「そんな私的活動の極北である恋愛を見せものにするなんて、あまりにも趣味が悪いだろ!その恋愛の価値や評価を他人に委ねてんじゃねえよ!自分たちだけの!自分たちだけによる!自分たちだけのための!素晴らしい恋愛をすれば良いだろ!お前が好きな人は、お前が決めて良いんだよ!」
俺は今にも立ち上がらんばかりの勢いで、革命家の如く嘆いた。やばい、明らかに今トランス状態入ってます俺。気持ちよくなっちゃってます、はい。
「だいたいな!カメラ向けられて本当の恋愛なんて出来るわけねえだろ!明らかに虚飾だろアレ!絶対本人たちだって、見られてること意識してんだろ!そこに本当の恋が!愛が!恋愛が!生まれるわけねえだろ!」
俺は息を切らしながら言い切り、演説を終えて椅子の背もたれに寄りかかった。サンキューオール、頭の中で聴衆からの拍手喝采を受けた俺は、それに応えるように両手を広げた。ご清聴ありがとうございました、この演説を、スペックの見本市と化してしまった現代の下卑た恋愛市場で敗れ去った、全ての同胞に捧げます。R.I.P.
「……雄太、恋愛したことないじゃん」
恍惚とした表情を浮かべている俺に、立科は白けた顔でボソッと言い放った。途端に、鳴り止まない聴衆たちからの拍手喝采の幻影が跡形もなくボロボロと崩れ去る。
おい、それは禁じ手だろ。攻撃力高すぎるから、禁止カードに指定されているはずだぞ。使うなマジで、HP全部持ってかれたぞ今。
「……彼女出来たことないヤツに、色々言われてもね」
「こ、これ以上の追撃はやめろ……死んじゃうから……」
俺が息も絶え絶えにそう言うと、立科は小さくため息をついて、ジュースの底に沈んだ氷をかき混ぜた。
「そんな偉そうに恋リア否定するなら、一回雄太も恋愛してみれば?そうすれば、その変な考え方も変わるんじゃない?」
「おい簡単に言うな。現実的な話、男の方が女の子よりも付き合うのって難しいんだよ。交際の難易度が男女で非対称なの」
「ん?要するに、雄太はモテないから、彼女出来ないって話し?」
「そんな鋭利な要約するな。でもまぁ、そう言うことだ」
俺がポテトに手をかけようとすると、もう全て食べ切ってしまっていたようで、手持ち無沙汰になってしまった右手を、差し当たって備え付けの紙ナプキンでふいた。
「ふーん……彼女作れば良いのに」
「話聞いてた?だからその彼女が出来ないって言ってるだろ」
「彼女作れば良いのに!」
立科はそう言って、膨れっ面で身を乗り出して、俺を睨みつけた。近い近い顔近いよ、あーもうやっぱ可愛いなこの子。
「……まぁ、俺なんかのことを好きになってくれる女の子がいればな。自分で言うのもなんだけど、結構女性からは不評なんだよこの性格。だからまぁ、彼女とかは望み薄かなと」
俺が立科の圧に、張り付いたような愛想笑いを浮かべると、彼女は身を引いて椅子に座り直し、つまらなそうに頬杖をついた。
「……雄太って、バカだよね。頭悪い」
「おい聞き捨てならないぞソレは。俺は知性には割と自信がある方だぞ」
「でも、アタシと一緒で勉強苦手じゃん」
「誰かに強いられるのが気に食わないんだよ。それに、英語以外は結構出来るぞ。特に現代文」
「えー、ホントに?」
「よーし良いだろう。腹ごなしも済んだし、勉強会を始めよう」
俺はカバンから教科書とノートを引っ張り出して、立科にも催促するように机を軽く叩いた。
「あ、過去問も見せてね」
「結局それが目的じゃん……」
「バカ言え、過去問の出題傾向から、期待値を計算して山を張るんだよ。過去問全部暗記するなんて無理だからな。分析して、赤点回避に最適化された丸暗記ノートを作成する」
「頭良いのか悪いのか分かんないし……」
俺が不敵に笑うと、立科は呆れたように微笑した。
こうして俺たちは、ショッピングモールの閉店時間ギリギリまで、あーでもないこーでもないと言い合いながら、勉強会を続けた。




