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後日談3


 暮れなずむ放課後、俺は気怠げに背中を丸めて部室棟の入り口付近に立っていた。入っていく部員の人たちにチラチラと見られて気まずく、余計に背中が丸まって身が縮んでいく。ストローの紙に水垂らした時みたいだな今の俺。


 「……おつ」


 ふと顔を上げると、立科が俺を覗き込んでいた。彼女もここの居心地が悪いらしく、小さく身を捩る。


 「おお、来たか。普通にすっぽかされたと思ったぞ」


 「そんなことしないし、雄太じゃないんだから」


 「立科の中での俺のイメージどうなってんだよ。まぁいいや、行くぞ」


 俺が手招きすると、立科は首を傾げて尋ねてくる。


 「てか、どこに行くの?」


 「大丈夫だ心配ない。立科を違法賭博に関与させるつもりはないから。もちろん、闇バイトの斡旋でもない」


 「そんなこと疑ってないし!部室棟ってことは、部活関係でしょ?でも雄太って帰宅部じゃん?だから、なんでこんなとこ連れてきたのかなって」


 少し訝しい表情をする立科に、俺はコホンと形式ばった咳払いをして、語り始めた。


 「良いか?立科は、紛れもなく劣等生だ」


 「……うざ、説教するようなタイプだった?」


 「まぁ聞け。偉そうにこんなことを言っている俺だが、果たして優等生か劣等生か、どっちだと思う?」


 立科は顎に手を当てて思案したのちに、首を傾げながら答える。


 「えっと、劣等生陰キャ?」


 「いや優等生か劣等生か聞いただけなんだけど、傷つく単語を勝手に追加するな……まぁ良い、その通りだ。それで、なんで俺たちは劣等と断じられると思う?」


 「は?うーん……先生の言うこと聞かないから?」


 「その通り、学校空間で優等か劣等かを決めるのは、成績、並びに教師からの評価だ。むしろ、これしか軸がない狭い世界なんだよ」


 俺は人差し指を立てて、眉を顰める立科に説明を続ける。


 「立科や俺を劣等と断罪している評価軸は、学校空間での評価にすぎない。学校教育で劣等の烙印を押されたら、全てにおいて劣等なのか?そもそも、劣等という言葉の定義からまず話を始めるべきであって……」


 「あー長い長い!つまりどういうこと?」


 俺が気持ちよく喋っていると、立科は我慢ならなかったのか髪をワシワシとかいて、むず痒そうに話を遮った。クソ、人の説法を邪魔しやがって。答えばっかり求めるのは現代人の悪い癖だぞ、まったく。


 「……つまりだ、お前がクソなんじゃない、環境がクソなんだってことだよ」


 「うーん、けどさ、環境のせいにしてグチグチ言ってても、埒が明かなくない?」


 「もちろん。だから、環境を変えろって言ってんだ。さて、説明終わり、行くぞ」


 「え?ちょ、ちょっと待ってよ!」


 俺はカバンを背負い直して、部室棟の扉から中へと入っていく。その後ろを、立科は慌てて追いかけてきた。

 階段を上がって、2階のとある部屋の前。俺はコンコンとノックして、少し錆びついた重い扉をゆっくりと開けた。


 「……っす」


 「ん?……え、なんの用?」


 中に入ると、スティックを構えてドラムセットの前に座った毛先ピンクの少女が顔を上げて、汚いものでも見るような怪訝な表情を浮かべた。そんなに嫌なのかよ、ごめんなさい生きてて。


 「え、えっと、新入部員を探してるって聞いたので……あれ、千曲から何も聞いてないですか?」


 「いや、金髪の女の子が来るって聞いてたから……双葉ってそんな嘘つく子だったんだ……」


 「え、いや、嘘じゃないですよ、ほら」


 俺は慌てて壁際に退くと、扉の前に立つ立科を手で示した。立科は恥ずかしがっているのか、俯きながらモジモジとしている。


 「……え、この子をアンタが連れてきたの?マジ?」


 ピンク髪はそう言って驚きながら、スティックを置いて立科に駆け寄る。なんだよ、俺が連れてきちゃいけないのかよ。


 「え、入部希望?」


 「いや、アタシも、急に連れて来られて、あんま良くわかってないっていうか……」


 立科がそう言うと、ピンク髪は俺のことを睨みつける。どんだけ信用ないんだよ俺。


 「いや、この子ギター弾けるんで、どうかなぁと思って……」


 「え、ウソマジ!?今私たち、ギター弾ける子探してて、どんくらい弾けるの?」


 「まぁ、コードは、一通り……」


 「え、じゃあ結構弾けるじゃん!ね、音楽好きなの?」


 「まぁ、かなり……」


 「そうなんだ!え、どのバンドが好きとかあるの?」


 ピンク髪が手招きするので、立科も遠慮がちに部室に入っていき、年季の入った黒い皮の長椅子に腰を下ろした。


 「え!めっちゃマニアックじゃん!けど、ウチの部のベーシストは、そのバンドの初回限定版持ってるよ」


 「ホント!?アレの初回限定版なんて、普通買わないよ!?人気になってきたのだって最近なのに!」


 「理実はそこのアンテナめっちゃすごいから。今日もあと30分くらいしたら来るかな、多分話合うと思うよ」


 「え、話したい!待ってて良い?」


 「もちろん!てか、名前なんていうの?」


 「アタシは立科乃亜、2年6組!」


 「私は下条夢、2年3組だから、ちょっと遠いね」


 「いや、むしろ遠い方が嬉しい!」


 「え?そうなの?まぁ良いや、よろしく!」


 「うん、よろしく!」


 え、コイツら打ち解けんの早くない?なんでもうそんな笑顔で話してるの?カリフォルニア出身?共通の趣味があれば、立科も学校で友達作れるかもとは思っていたのだが、まさかここまでうまく行くとは、ちょっと寂しいまであるぞおい。


 「てか、めっちゃ楽器あるね」


 「そう、先輩たちが要らないもの全部置いてってくれたから。興味あったら好きに弾いていいよ」


 「え!?良いの!?」


 立科が目を輝かせてピンク髪に詰め寄るので、彼女は面食らったように身を引いた。


 「え、良いけど……」


 「え、てかさ、この部室って楽器弾き放題ってこと!?騒音とかは!?」


 「吹部とかも練習しまくってるから、私たちの演奏の音なんてかき消されちゃうよ。だから弾き放題」


 「マジ!?やっば、天国じゃん!」


 入り口の壁際に立って、少女たちの様子をしばらく傍観していた俺だったが、ふと傾いた夕日に気がついて、ニヒルにため息をつくと、足音を立てずに部室を後にした。

 もはや、俺の出番は無さそうだ。美少女バンド結成秘話に、モブ男の存在など不要である。彼女らの青春群像劇の邪魔をしてしまう前に、とっとと退散するのが俺の美学だ。実際、美少女もので急によく分からん男が出てきたらめっちゃ萎えるからな。アイツになる前に早く逃げよ。

 ふと、スマホに着信が入った。友人関係の希薄な俺に電話をかけてくる人間なんて、限られている。


 「……もしもし?」


 「あー、テステス、マイクテス、あー、テステス……」


 「……用がないなら切るぞ」


 「ちょ、待ってよ!お姉ちゃんの軽快なユーモアを、そんな雑にぶった斬るんじゃありません!そんなんじゃ、ツッコミの達人になれないぞ?」


 「別にならなくて良いわ。そんで?なんの用だよ」


 「んー?なんていうか?学校どうだったかな、みたいな?停学明けだから、ちゃんと行けたかな、みたいな?」


 「……心配してくれたってことか?」


 「そりゃするでしょ!姉弟なんだから!」


 俺はその言葉に、柄にもなく胸があったかくなったような気がした。あるいは、夏が近づいているだけだろうか。あぁ、きっと気温の変化のせいだ、そうに違いない。


 「……なぁ、姉ちゃんって、免許持ってたっけ?」


 「え、いちおう持ってるけど……なに?どっか連れてってほしいのかね?」


 「……神社とかって、興味ある?」


 「ない!」


 「ですよねー……」


 いやはや、兄弟というのは、やはりして、なかなか難儀な関係である。

 

 俺が部室棟の階段を降りて外に出た頃、夕日が山の向こうへと沈んで、紫色の夜空が広がる。その星の瞬きに呼応するように、耳覚えのあるギターの音色が、夜空にこだました。

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