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後日談1


 ゆっくりと、夢の中から意識が現実に戻っていく。重い瞼を開くと、鬱陶しい光が網膜に飛び込んできた。


 「……夢かよ」


 夢の中で爆裂かわいい妹とのドタバタ同居生活を送っていた俺は、不意に現実世界に引き戻された。その難儀で退屈な世界への、あるいは寝ぼけ眼への倦怠感から、俺は深くため息をつく。やっぱ俺妹いねえじゃん、つまんねえの。

 枕元に置かれた時計の短針は、既にてっぺんを回っていて、午後であることを即座に俺に知らせる。PM起床って、いよいよ社会不適合者然としてきたではないか。


 「あ、起きてた」


 寝癖を爆発させて、一昔前のビジュアル系バンドマンみたいなヘアスタイルで目を擦っている俺にそう声をかけたのは、部屋におもむろに入ってきた姉だった。


 「……おはよ」


 「もうそんな時間じゃないでしょ、おそようございます弟くん」


 「良いだろ別に、休日なんだから」


 「休日ねぇ……」


 姉はそう呟くと、壁にかけられたカレンダーをちらと見た。今日はゴールデンウィーク明けの月曜日で、その日付は黒く印字されており、連休が終わったことを示していた。


 「お友達は学校行ってるけどね」


 「行ってねえよ」


 「は?だって今日は平日でしょ?忘れたの?」


 「は?そもそも俺に友達なんていないぞ?忘れたの?」


 「ゴミみたいなトンチきかせなくて良いから!このクソ一休!」


 姉は俺の屁理屈に呆れたように罵声を浴びせた。誰がクソ一休だ。まぁ俺だったら、この橋を渡らないでくださいって書いてある橋は、渡らずに帰るけどな。崩れたら怖いから。


 「んで?私はそろそろ講義行くけど、雄太はこの3日間は家で何すんの?なんか学校から言われてんの?」


 「……反省文書けって、原稿用紙3枚」


 「ふーん、じゃあ今日からそれ書くんだ」


 「そんな早くやらねえよ。最終日の夜に全部書くから、今日明日はずっとゲームしてるつもりだ。はぁ、こんな毎日がずっと続けば良いのに……」


 「縁起でもない。んじゃ、くれぐれもこれ以上は、非行は起こさないようにね、停学くん?」


 「いじってんじゃねえか」


 おどけたようにそう言って、姉が颯爽と部屋を後にしていったのち、俺はまたベッドに腰掛けて、大きなあくびをしてから眠そうにムニュムニュと口を動かした。

 

 俺と立科は自転車での逃避行の後に、警察に補導されて署に連行、事情聴取という名の説教を受けてから、俺は姉に、立科は兄に身柄を引き渡された。

 そんなこんなで、学校にもそのことが通達されて、晴れて俺たちには3日間の停学処分が下されたのである。まさか、不良少年の代名詞である停学を、俺が受けるハメになるとは、人生何が起こるか分かったものではない。俺なんて、いじめられたことはあるけど、いじめたことなんて一度もない善良少年なのにな、とほほ。


 「反省文めんどくせぇ……」


 俺はそう呟くと、寝巻き姿のままゲームのスイッチを入れた。こんな辛い時こそ、現実逃避するに限る。さて、ゴールデンウィークに出来なかった美少女恋愛ゲームの続きでもやるとするか。

 あれから数時間が経ち、俺がゲームに没頭している最中、家のインターホンが鳴る音がした。なんだ?セールスか?それとも鍵をなくした姉か?だとしたらちょっとばかり締め出していても問題ないな。

 俺が気にせずゲームを続行すると、もう一度インターホンが鳴り響く。宅急便などの可能性もあるので、俺がリビングに降りてインターホンを確認すると、そこには美少女の姿があった。インターホンのカメラ越しでもこんなに可愛いのかよ、宗教勧誘だとしてもこんな子なら家にあげちゃうよ。


 「……はい」


 『あ!やっぱりいた!もうちょっと早く出てくれても良いんじゃないかな!』


 そう言ってドアホン越しに膨れっ面を浮かべるのは、千曲双葉。バッグを両手で持って、前屈みにカメラを覗き込む。


 「……なんのご用でしょうか?宗教勧誘でしたら、あいにく僕は無神論者でして」


 『違うよ!宗教勧誘じゃないよ!』


 「では、生保レディの方ですか?あいにく、僕は死後に誰かにお金を残すつもりはサラサラなくて、僕が生きるので精一杯なので、他の人のために保険に加入する余裕などなく……」


 『生保レディでもないよ!どこに学校制服姿の生保レディがいるのかな!』


 「いやぁ、保険営業もついにここまで来たかと、まさかJKコスプレで男性の劣情を煽ろうとは」


 『JKコスプレじゃなくて、本当のJKです私は!』


 「本当のJKがはかりごと無しに俺の家に尋ねてくるわけないだろ。しかもこんな可愛い美少女、詐欺か宗教勧誘か営業に決まってるだろ」


 俺が改めてこの状況の意味のわからなさを口にすると、千曲は何かを言い返そうとして、なぜか言葉に詰まって狼狽したのちに、伏し目がちにカメラを覗いた。


 『それ、インターホン越しじゃなくて、対面で言って欲しいんだけど……』


 「は?なんの話だよ」


 『いいから!とりあえず開けてよ!』


 千曲が照れたようにそう言うので、俺は断るわけにもいかず、玄関の扉を開けた。


 「……なんの用だ?」


 俺が気怠げにそう尋ねると、千曲は俺の姿を見て、訝しいような表情を浮かべた。


 「……もう、夕方の5時だよ?なんでパジャマなの?」


 「休日なんてこんなもんだろ。なんで外に出ないのに着替える必要があるんだ?」


 「……そうだよね、やっぱり落ち込んでるよね。着替えもままならないくらい、気に病んでるんだね」


 俺が首を傾げていると、千曲は何かを察したように、慈悲深い眼差しで俺を見る。


 「停学になって、不安だよね。けど、大丈夫!雄太くんが落ち込んでたら、私がそばにいてあげるし、寂しいなら、抱きしめてあげるよ!もし、今回のことでキャリアが頓挫して、将来が不安なら、私が雄太くんを一生養ってあげるし、私と結婚すれば安泰……」


 「おい待て待て!なんで俺がそんなに気に病んでることになってんだ!」


 「だって、こんな時間なのにパジャマなんて、ありえないもん!きっと、力が出なくて、布団から起き上がれなかったんでしょ!」


 「違う!これは平常運転だ!俺は休日ずっとパジャマで過ごすこともザラにあるんだよ!」


 俺が千曲の勘違いに慌ててそう言うと、千曲はキョトンとした後に、眉を顰めて俺を見た。


 「……だらしなさすぎない?」


 「不要な着替えをキャンセルしているだけだ、合理的と呼べ」


 俺がしたり顔でふんぞりかえると、千曲は呆れたように首を振った。


 「それで?なんの用だよ?前に来た時に忘れ物でもしたのか?」


 「いや、その、心配だったから、大丈夫かなって思って……」


 伏し目がちに顔を赤らめながら、玄関先でモジモジと身を捩る千曲に、俺は扉を大きく開けて、リビングの方へと手で示した。


 「……とりあえず、入れよ」


 「……うん、お邪魔します」


 千曲は少し微笑んで、俺の後ろに付いてくる。リビングに着くと荷物を下ろして、2人はソファに隣り合って座った。


 「……その、大丈夫?」


 束の間の沈黙の後、千曲は遠慮がちに俺に尋ねてくる。心配そうな上目遣いで、俺をじっと見つめた。


 「大丈夫って?」


 「だから、その、停学になっちゃって、気持ちとか、落ち込んじゃってるんじゃないかなって……」


 千曲は俺の様子を伺うように、一言一言声をかけてきた。俺の膝に置かれた手に、そっと手を重ねてくる。


 「いや、別に落ち込んでねえよ。休日が増えて、むしろラッキーまであるな」


 俺は慌てて手を引っ込めて、作り笑いを浮かべた。ちょっと油断したらすぐ手とか繋いでくるのホントやめて欲しい、大好きになっちゃったらどうするんだ。


 「……強がってる?」


 「いやそんなんじゃねえよ。だいたい、俺はゴールデンウィークが補習で3日潰されてるわけだから、むしろ本来あるはずだった休日が停学によって返還されたとすらいえる。これは旧態依然とした学校教育へのレジスタンスであり、勝利だ」


 俺が虚勢を張って胸を突き出すと、千曲はその様子を見てさらに眉を垂れ下げるので、俺は誤魔化すように咳払いをした。


 「……本当に、別に強がってない。これで即留年や中退というわけじゃないんだ、ただ3日間休むだけ、それだけだから、俺は大丈夫だ」


 「……そっか」


 俺がそう言うと、千曲は少しだけ悲しそうに笑ったので、柄にもなく言葉を付け足してしまいたくなった。彼女に少なからずの心配をかけてしまったことへの罪悪感か、あるいは。


 「……ありがとう」


 「……え?」


 「だから、その、心配してくれて、ありがとうな」


 俺が言い慣れないフレーズに思わず照れてしまい、歯切れ悪くそう言うと、千曲はクスッと小さく笑った。


 「本当だよ!私、とってもとっても心配したんだからね!全部1人で背負い込んじゃうんじゃないかって、無理してでも立科さんを助けちゃうんじゃないかって!」


 「……そうだな」


 「というか、結局は全部1人で背負い込んじゃってるし!無理して立科さん助けちゃってるし!」


 「いや、そんな大層なことは……」


 「してるよ!一緒に停学になるとか、意味わからないもん!言葉を選ばずに言うと、アホなんじゃないかな!」


 「へぇ、返す言葉もありません……」


 プンプンと可愛く怒る千曲に、俺は身を縮めながら頭を下げた。うーん、女の子に怒られるのって、悪くないですねぇ。


 「バカ!アホ!そんでもって、アホ!」


 「ちょっと、罵詈雑言のレベルが低くないですか?バリエーションに乏しくないですか?」


 「うるさい!バカ!アホ!バカで、アホだけど……けどね」


 幼児のような罵声を浴びせつつポカポカと俺を小さく叩いたあと、千曲は少しばかり間を置いて、俺をまっすぐに見つめて微笑んだ。


 「雄太くんは、立科さんに、ちゃんと向き合ったんだね。雄太くんは、ちゃんと自分が納得できる選択を、選んでくれたんだね」


 そのまっすぐな視線は、決して逸れることなく、俺の眼をしっかりと捉える。その瞳の奥にある、誠意にも見えるような光に、俺さえ目を逸らすことができなかった。


 「雄太くんが出した答えなら、私はこれ以上何も言わないよ。これで雄太くんが後ろ指を刺されるようなことがあったら、私がその指を、全部へし折ってあげるね」


 「おい、最後ちょっと怖いワード入ってたぞ、そんなみだりに人の指を折るな」


 俺が顔を引き攣らせてそう言うと、千曲は舌を出して、イタズラっぽく笑った。


 「そ、れ、で!ここからは別の話なんだけど!」


 「は、はいなんでしょうかお嬢様!」


 千曲が急に血相を変えて俺に詰め寄って来たので、俺は思わず後ずさって背筋を伸ばした。


 「私、雄太くんの補習終わりにデートする予定だったよね!この埋め合わせは、いつしてくれるのかな!」


 「え、あれまだ有効だったの?」


 「有効だよ!勝手に無効にしないでよ!」


 「え、えっと……まぁ、来月とか、再来月とか……」


 「遠すぎるよ!もっと早く埋め合わせてもらわなきゃ困る!来月再来月に埋め合わせるなら、それまでの繋ぎとしての埋め合わせも用意して!」


 「え、ええ……んなこと言ってもなぁ」


 俺が顔を引き攣らせて苦笑いをすると、千曲はムスッとした表情で、小さく呟く。


 「……おうちデート」


 「はい?」


 「だから!雄太くんが停学になってるこの3日間、私とおうちデートして!そしたら、許してあげる!」


 「え、いや、千曲は学校だろ?」


 「こうやって放課後に来るから!明日も明後日も!」


 「え、ええ……」


 「元はと言えば、雄太くんが私との約束すっぽかして、立科さんとイチャコラしてたのが原因なんだからね!これくらいして貰わなきゃ困るもん!」


 「い、いや、すっぽかしてないだろ、現にコンビニで待ってたわけで……てか、千曲だって俺と遊ぶはずだった日に、学校で軽音部の搬入手伝ってたじゃねえか」


 「あれは、雄太くんがどうせ立科さんのことが心配で、というか鼻の下伸ばしてるんだろうなって思ったからだもん!良かったねあんな可愛くておっぱい大きい女の子のヒーローになれて!」


 「なんで俺が下心ありきで立科に近づいたこと前提で話が進んでんだ!違えよ!」


 「そんなの、なんとでも言えるもん!雄太くんが他の女の子にいやらしい視線を浴びせてるところ見るくらいだったら、軽音部のお手伝いした方が100倍マシだよ!」


 千曲は膨れっ面で、また俺の肩をポカポカと叩いた。


 「俺だって軽音部の搬入手伝ったのに、この言われよう……」


 「いや、それは、ありがとうだけど……」


 俺がわざとらしくしゅんとすると、千曲もそれはバツが悪かったのか、その舌剣を鞘に収めた。


 「……それで、あれから軽音部はどうなったんだ?あのピンク髪、困ってたろ」


 「夢ちゃんね。うーん、まだ部員は見つかってないみたいだよ、もし希望者がいたら、紹介して欲しいって。雄太くんは……ごめんなんでもない」


 「おい、俺に友達がいないことを暗に示唆するな、俺にだって紹介できる友人くらいいるわ」


 咄嗟にそんなことを言ってしまったが、当然人間関係が希薄な俺にそんな友人はいるわけもなく。

 いや、待て。これ、ひょっとしたらひょっとするぞ。


 「……なぁ、次の俺の登校日、軽音部ってやってるか?」


 「え、多分やってるんじゃないかな」


 「そうか、じゃあ、伝えといてくれるか?」


 「何を?」


 俺はポカンとする千曲に、ニヤリと笑って答えた。


 「アンタが侮っていた陰キャくんが、スター性抜群の金髪ギターボーカルを連れて行きますよ、てな」


 俺がそう言うと、千曲は何かに気づいたように目を見開いて、それから、静かな微笑を湛えた。


 「やっぱり優しいね、雄太くん」


 「いや、俺は能力に合わせて的確に人員を配置しているだけだ。むしろ、有能人事と呼べ」


 「雄太くんは組織に馴染めなくて、出世できなさそうなのが玉に瑕だけどね」


 「ほっとけ」


 俺と千曲の小さな笑い声が、暮れなずむ外の明かりで朱色に照らされたリビングに、静かに響いた。


 


 


 

 


 

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