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軽音部1


 俺が教室を後にして、学校の昇降口の下駄箱前の通路を歩いていると、目の前から何やらガヤガヤとした声が聞こえてきた。


 「ちょ、そっちしっかり持って!傾いてる傾いてる!」


 下駄箱の奥の方に目をやると、そこには華やかな雰囲気の女子達が数人、どうやらドラムと思しき楽器を搬入しているようだった。

 

 「え、ちょ、夢さ、これどこまで運べば良いの?」


 「え、軽音部の部室」


 「それどこ?」


 「部室棟の2階」


 「ちょ、これ持って階段登んの!?女子だけじゃ無理じゃないそれ?あーあ、先にそれ言ってくれれば聡とか呼んだのに!」


 「芽衣が昨日グルチャで手伝うって言ったんだから、ちゃんと運んでよ」


 いやはや、やはり美少女JK達の高校生活とは、なんと絵になることだろうか。きっと、ひょんなことからクラスの地味っ子が実は天才ギタリストであることが発覚して、その子とあの子達でバンドを結成して、女子高生バンドとして注目を集めて、最終的にフェスとかに出るんだろうなぁ。そんな青春群像劇を描いたアニメがその期の覇権を取るんだろうなぁ。

 俺はそんな妄想をしながら、今日も今日とてその青春群像劇の背景としての責務を果たさんと、気にしないフリをして下駄箱の下履きに手をかけた。


 「双葉ちゃん、それ1人で持てる?大丈夫?」


 「う、うん、た、多分、大丈夫……うわっ!」


 ガシャンと、楽器が地面に落ちた音がして、俺はビクッとして、彼女らの背景だというのに思わず振り返ってしまった。

 ふと、楽器を落として困り顔を浮かべる、栗色の髪の少女と目が合う。


 「……雄太くん」


 「……ど、どうも」


 俺を見つめるその少女は、その派手で目立つ女子グループの中にあって、なおも一際可憐だった。

 

 「ちょ、双葉ちゃん大丈夫?」


 千曲の様子を見て心配そうに駆け寄ってきたのは、この学校随一の陽キャ1軍女子である塩尻芽衣と、その一派。

 塩尻は目を合わせる俺と千曲を交互に見て、訝しそうに千曲に尋ねた。


 「え、双葉ちゃん、この人知り合い?だれ?」


 すいません、僕つい先日あなたの彼氏からご紹介に預かったものです。そうですよね覚えてないですよねごめんなさい。


 「えっと、クラスメイトの須坂くん!」


 「そうなんだ、こんにちは!」


 「う、うっす……」


 塩尻の太陽のような笑顔に、俺は小さく会釈を返した。やっぱすげぇなこの子、昨今の女子高生でこんなしっかりこんにちはって言える子なかなかいないぞ。明るさと自信がカンストしてるだろ。


 「……え、仲良いの?」


 少し間を置いて、塩尻の一味のショートヘアーの女の子が、千曲に小声で尋ねた。毛先だけをピンクに染めていて、いかにも私サブカルですといった見た目だ。


 「仲良い、かな。私はそうだと良いなって思ってるけど」


 「なにそれ、変なの双葉ちゃん、仲良いで良いじゃん!」


 頬をかきながら照れ笑いを浮かべる千曲に、塩尻は爽やかに笑って、もうっといったように肩を軽く叩いた。


 「え、この人と?双葉ちゃんが仲良いの?……へー」


 毛先をピンクに染めた女子が、少し顔を引き攣らせて俺を一瞥し、納得いかないような反応を見せる。おい、こんな冴えない男がこんな美少女と仲良いわけないだろ、とか思ったなこの女今。

 俺調べになるが、陽キャにも当然性格の良い奴とそうでない奴がいて、どうやら塩尻は前者、ピンク髪は後者らしい。


 「あ、そうだ!えっと、あの……ごめん何君だっけ?」


 「須坂です……」


 「あ、そうそう須坂くん!これ一緒に運んでくんない?」


 塩尻は通路に置かれたドラムセットを指さして、俺にニッと笑いかけた。


 「夢がドラムを譲ってもらったんだけど、学校の入り口までしか運んでもらえなかったらしくてね。んで、私たちで部室まで運ぶの手伝おうって話になったんだけど、来てみたら意外と重くてさ。これ男子必要じゃんってなったわけ。だから、手伝ってくんない?」


 「え、えっと、まぁ、良いですけど……」


 俺が塩尻の承諾前提の態度に気圧されて、歯切れ悪く頼みを受け入れると、塩尻はその場でピョンピョンと跳ねて俺の手を取った。


 「ありがとう!助かる!」


 「ど、どーも……」


 塩尻は俺の手をギュッと握ってブンブン振る。なんでこんなにボディタッチのハードルが低いんだこの人は。存在は覚えてくれないのに。

 ふと、その様子をジトッとした目で睨みつけている千曲に気づいた。頬を膨らませて、不機嫌そうに床を蹴る。


 「さてと!じゃあ須坂くんはテキトーに持てそうな物を持ってきてくれる?2回くらい往復すれば行けるっしょ!」


 塩尻は元気にそう言うと、ピンク髪と2人で床に置かれた物を再び持ち上げて、廊下をえっちらおっちら進んでいった。俺はため息混じりに楽器を持ち上げて、その重さに少しよろけながら後をついて行く。

 ふと、楽器を抱えた千曲が、俺の隣まで近づいてきた。


 「……芽衣ちゃんの頼みだと、すぐ聞くんだ。私の頼みはゴネるのに」


 千曲は目線を俺と合わせずに、不服そうに口を尖らせる。


 「いや、親密じゃない人の頼みって、逆に断りにくい感じあるだろ。気心知れてないからこそ、むしろ強く拒否しにくい、みたいな」


 「し、親密……そっかそっか」


 俺が慌てて弁明すると、なぜか千曲は満更でもなかったようで、少し頬を緩ませた。


 「……けど、もうちょっと私のお願いも、すんなり聞いてくれても良いんじゃないかな?」


 「分かった分かった、前向きに検討する」


 「それやらない時に使う言葉!」


 そんなやり取りをしながら、結局3往復ほどかかって、ドラムセットその他諸々の部室への搬入が完了した。


 「ホント助かった!マジありがとう!えっと、田中くん!」


 「ど、どうも」


 塩尻は部室内で小さく飛び跳ねながら、俺に笑顔でお礼を言った。いや、俺に言ってないかコレ、だって俺田中じゃないもん。てかどこから出てきたんだよ田中、もはや1文字も合ってねえよ。


 「あ、ありがとう……」


 その様子を見て、ピンク髪も若干不服そうに俺に浅く頭を下げた。


 「よっし!これで軽音部も安泰だ!」


 「いや、全然そんなことないけどね、まだ廃部危機なことに変わりはないし」


 「あ、そうなん?じゃあ、私入ろっか軽音部、バスケ部のマネと兼任になっちゃうけど」


 「芽衣ギター弾けんの?」


 「まったく弾けない!」


 俺が2人のやり取りをぼんやりと見つめていると、千曲は話についていけていない俺に気を遣ったのか、隣で補足を入れてくれる。


 「なんか、今この軽音部に人が全然いないらしくて、活動実態が作れなくて廃部になっちゃうかも知れないんだって。ね?夢ちゃん?」


 「……うん、この3月に前の3年生がみんな居なくなっちゃったから、現状私含めて2人しか部員がいなくて、私がドラムでその子がベース弾けるから、ギター弾けて、もっと言うと歌える子いないかな、みたいな状態」


 「今年の新入生は?入らなかったの?」


 「何人か仮入部って形で入ってくれたけど、正直ゴールデンウィーク前には練習にも来てくれなくなっちゃったから、望み薄かなぁ……」


 ピンク髪の少女は、難儀な表情を浮かべて天を仰いだ。廃部寸前の軽音部で、ギターボーカルだけ不在とは、いよいよ本当に軽音モノ美少女アニメの第一話に立ち会っているみたいではないか。来たれ、ぼっちちゃん!

 まぁ、現実的に考えて、そんなアニメみたいな展開ないですよね。風前の灯のこの軽音部は、近日中に同好会に格下げされたのち、現部員の卒業を待って、忘れ去られていくのだろう。そうやって日本中の部活動やらサークルやらが、儚く、しかして詩的と呼ぶにはあまりに無機質に、五万と消えていったに違いない。

 まぁ、俺は帰宅部だからどうでも良いけどね。


 「えっと、いちおう聞くけど、ギター弾ける知り合いとか……」


 俺が創作でしか見たことのない軽音部の部室の風景を見渡していると、ピンク髪が少し引き気味に俺に尋ねてきた。なんだいちおうって、それは俺にギターを弾くような友人がいるようには見えないという意味か、それともそもそも友人がいるようには見えないという意味か。どっちにしろ失礼じゃねえかソレ。


 「……いないですね」


 「……だよね」


 俺が顰めっ面でそう言うと、ピンク髪は嘲笑うようにため息をついた。なんだその反応、いたらどうするんだいたら。


 「ま!なんとかなるでしょ!最悪私と双葉ちゃんが入れば良いし!」


 「え!?私入るの!?ロックとか全然知らないよ私!」


 「大丈夫!私が歌って、双葉ちゃんがギターを弾けば、完璧でしょ!」


 ギターの練習は丸投げかよ。俺は塩尻とは大して親交が無いので、心の中だけでツッコミを入れた。親しく無い人に急にボケたりツッコんだりすると、めっちゃ変な雰囲気になるよな。


 「それよりさ!私お腹すいた!ハンバーガー食べたい!」


 「また?芽衣いっつもそれじゃん」


 「いいじゃん!ね!双葉ちゃんも食べたいよね!」


 「え、私は、なんでも良いけど……」


 「よし決まり!みんなでハンバーガー屋に行こう!」


 女子たちがキャッキャと騒ぎ始めたので、俺はその雰囲気を察して、無言で部室を後にした。これ以上は背景キャラの出る幕ではない、さっさと家に帰って、ゲームに興じるとしよう。

 

 「雄太くん!」


 ふと、声がしたので、俺が半身で振り返ると、千曲が部室からひょこっと顔を出して、何かを言おうとして逡巡した後に、諦めたように微笑んで、こちらに声をかけた。


 「……ありがとう!」


 俺は黙って会釈をすると、歩き慣れない部室棟をキョロキョロと見渡しながら、再び下駄箱へと向かった。


 


 



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